水辺で
水辺で 第7話
これから、何をされても、私がきっぱりとNOと言えばいい。私を困らせることとはしないと言っていた、それは確かだと思う。何か強引なことや誰かを困らせることをするところを見たことがない、お嬢様はそういう方だ。
私の気持ちは悟られないようにしなければ。侍女としてお嬢様を止める立場でいなければいけない。
どうにかして、お嬢様の感情を冷めさせればいい。私が思っているより意外と簡単に冷めてしまうものかもしれない。
そう考えると、心臓のあたりがきりきりと絞められるような感覚がする。お嬢様に気持ちを向けられて遠ざけなければと思いつつ、実際そうなったことを想像すると悲しくなる。
面倒なこんな感情なくなってしまえばいいのに、マリーは深いため息を吐いた。私が本当にお嬢様のことをなんとも思っていなければ私はもっと毅然と突き放すだろうか・・・お嬢様の傷付いた顔が想像されて頭を振って考えるのをやめた。
旦那様と奥さまは隣の土地の領主のところへ出掛けて行かれた。旦那様方は領地の話など、奥様方は散策にと隣の領主のお庭を巡るという。それで朝から従者など数人と出かけて行った。
今日は天気も良く、清々しい風が時折抜けている。こんな日は、散策するにはもってこいだ。
お嬢様が「今日は私たちも外を散策してみましょう」というので、昼食をバスケットに詰めてお庭を巡って少し離れた湖まで散策に行くことになった。
他にも同行する使用人もいるかと思ったが、いなかった。
旦那様方が留守なので、今日のお屋敷の仕事が減ったため半休を貰えた者は他にしたいことをするようだ。
このタイミングで2人になる時間が増えるのは緊張する。
お嬢様から借りていた読み終えた本を返したばかりだ。それもあってなおさら、気を張っている。
でもいつの間にか道中お嬢様がとりとめのない話をずっと楽しそうに話してくださったことで緊張はほぐれていった。
時々私の手を引いて駆けだしていくお嬢様に、お嬢様がもっと小さかったころを思い出した。その無邪気さに純粋に微笑まずにはいられなかった。
湖のほとりに着くころにはちょうどお腹もすいていて、木陰に腰を下ろしてバスケットを広げた。
ほどよい疲れと、お腹を満たされたことで少し眠気がやってくる。少しだけ目を閉じて風を感じていると、お嬢様が身を寄せてすぐ隣に座った。
「マリー。はい、今日は私が膝枕してあげるわ」
お嬢様は太もも部分を軽く叩いて示した。
「いいえ、さすがにそれは・・・」
「いいから」
お嬢様の手が伸びて引き寄せられる。私は抵抗するのはやめてすんなり横になった。
お嬢様の手がゆっくり降りて私の両目をふさぐ。
「少し眠ったらいいわ」
お嬢様の手のひらと太ももの温かさに心地よさを感じる。それと同時にトクン心臓が跳ねたのは気付かれなかっただろうか。
少しだけ時間が経って、お嬢様の掌が避けられる。ふわっと明るさを感じて目を開ける。
「マリー寝てなかったの・・・」
少し不貞腐れてお嬢様が言う。
「いいえ、少し眠ってました」
少しうとうとしそうになったのは本当。でも、お嬢様の掌が瞼に当たっているのを気にせずにいられなかった。
「マリーの寝顔見ようと思ったのに」
それで膝枕したのか・・・私の寝顔なんて面白くもないのに。
「もうっ!」
とお嬢様はわざとむくれた顔をして頬を膨らませているようだ。だってお嬢様の目は楽しそうに笑っているように見えるから。
私はお嬢様を見上げた後、体を起こそうとする。けれどお嬢様の手が肩に置かれて戻される。
またお嬢様を見上げるような体制になって、見つめあってしまう。
そよ風すら止んでしまったようだ。周りの音がどこかへ行ってしまった。
そんなはずはないのに。
「マリーキスしてもいい?」
お嬢様が突然そんなことを言うせいだ。
私は目を見開いて、その問いかけに動揺する。
動揺で次の瞬間勢いよく起き上がると
「痛っ」と言う声が聞こえる。
私の肩がお嬢様の鼻に当たってしまったようだ。
お嬢様は両手で顔を押さえている。
「ごめんなさい・・・」とお嬢様が顔を押さえている手をとって顔を覗き込もうとする。
少し涙目になったお嬢様に申し訳なさがこみ上げる。
「大丈夫よ」
お嬢様が言って、私は鼻のぶつかったあたりをなでようとする。
手を掴み返され
「マリー、ダメ?」
とお嬢様は聞いてくる。
顔を覗き込んだままの近さに、体を引こうとするがお嬢様は反対の手を私の頬に添えて引こうとした分追いかけてくる。
「・・・ダメ・・・です」
かすれた声が出た。私の心音はうるさいくらい耳の中で鳴っている。
「ダメっていうのは嫌ってこと?」
そんな残念で悲しそうな顔・・・
「・・・」
私は黙ってしまった。
嫌か嫌じゃないか、その質問は困る。目を伏せて見られないようにする。
『嫌です』そうすぐに答えてしまわなければいけないのに。
「嫌なことはしない。前にそう言ったから、マリーが嫌ならしない。」
「・・・」
良いと言うのも、嫌というのも言葉にするのに意気地がない。唇がどう答えようかまごまごと落ち着くことができない。
「誰にも見られてないわ、真面目なマリー・・・」
続けて言われた言葉に、煽られているのはわかっている。こんなことを聞いてくるなんて、お嬢様はいじわるだと思う。
じりじりと近づいてくる唇を避けないでいることに私の気持ちはもうバレているんだろうか。
「い・・・」
「マリー・・・お願い・・・」
答えようとした唇に柔らかい感触がして、すぐに離れた。
まだ答えていないのに・・・
フライングしたお嬢様が私の言葉を遮った。そのせいで、私がなんと言おうとしたのか受けとり損ねたお嬢様は、気を落としている。
一瞬触れた唇の感触と頬に添えられた手が、時折撫でられる耳が、顔が熱い。
お嬢様を確認しようとして見ると強い瞳に熱を感じて胸が焼けるような気がした。
お嬢様のキスで途切れた言葉をもう一度紡ぐ勇気がない。
「イヤ・・・」
私の口からそう出た。
耐えきれない。
掠れた声がさらに枯れて、ゴクリと一度唾をのむ。
お嬢様は目を瞑って、額を私の額にゆっくり寄せてきた。額と額、鼻先と鼻先を合わせて、頬に添えた手の親指だけで頬をなでられる。
「そう・・・」
名残り惜しそうにそれらは離れて行こうとする。最後に親指が一度だけ私の唇をなぞった。
「–––––––じゃない・・・」
枯れた声がやっと出て、瞑られたお嬢様の瞳が開いた。
「・・・」
お嬢様は私の言った言葉が本当か確かめるように私の目を見つめて
「マリー」と呼んだ。
お嬢様の顔はゆっくり顔を傾けながら近づいて来て、私はそれに倣うようにゆっくりと反対に傾ける。
お嬢様がゆっくり目を閉じれば私も閉じた。
触れた優しい感触を私もお嬢様もしばらく感じたままで、瞑った目の裏では木の葉の影が時折揺れていた。
湖の細やかなきらめきは遮られて。代わりに私の感覚は目の前にあるはずの輪郭をはっきりと感じようとした。
どちらともなく離された唇に、早く打つ鼓動とどうしようもなく湧き上がる感情はそのままに、なぜか不思議なほど心が凪いでいた。
だって、お嬢様の指先は震えていてゆっくりと息を吐き出した姿に緊張していたんだなと気づいたから。
それでももう一度、近づいてきた唇は先ほどより強く思わず後ろに体を逸らしてしまう。体制を直すように、両腕で抱きしめられ引き寄せられる。
先ほどよりも欲を押し付けるようなキスを何度か受けた、私は高揚したお嬢様の顔と、息切れとにどうしようもなく煽られてしまった。
凪いでいた心が波立っていく。
そのときにはもうお嬢様の角度を変えるキスに応えるキスを返していた。
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