眠れないのは誰のせい 第6話

 時間があるときにお嬢様から借りた本を読み進めていた。


 読み終えた本は、正直に言うと何度も読み返したいほど好きなタイプのストーリーだった。きっとこのお話を私が気にいることをお嬢様はわかっていただろう。私の好きなお話があればいつもお嬢様に話していたから。お嬢様は私の趣味をよく知っている。


 「はー」とため息をつくと本の表紙に手を置いて恨みがましく見つめる。


「あなたに罪はないもの」


本を睨んだってしょうがない。


 貴族のお嬢様と若い従者の男のお話。お嬢様と従者はこっそりと愛をはぐくむ、決して結ばれることはない関係性、そう分かっていても・・・。その2人の心の内の葛藤を読むほどに胸が締め付けられて、ページをめくる手が止まらなかった。


雑念さえなければ、もっと素直に楽しめただろう。


お嬢さまの顔が浮かんでくる。あの夜、終わりの3ページを読んでいるときの時のお嬢様の顔。何を考えてお嬢様はこの本を読み進めたのか、お嬢様がどう考えたのかをなぞりたいと、読んでいる間どこか気持ちが行ってしまっていた。お嬢様の心の内はわからない。


「マリーが次読んだらいいわ。貸してあげるから読み終わるまで待っていて」


あの夜の言葉は、純粋に私を喜ばせたくてそう言ったところが大きかったのだろうか。


「今日の仕事が終わったら本は取りに来て。でなければ持っていくから」


その一方で、有無を言わせない強引さで言われた言葉に、お嬢様の執着があったのだろうか?

この本のストーリーは私に、お嬢様の気持ちを気付かせようという意図を感じずにはいられなかった。一方で、従者なら私ではない、アーロンのことかもしれない。あれだけアーロンの話をするんだから、お嬢様はアーロンとの仲をとりもって欲しいと思っているんだよ、などと考えが浮かんだ。

お嬢様の行動はアーロンのほうを向いて・・・いるわけがない・・・ゆっくりとくちづけられる頬の感触が思い出された。

私はどこか侍女としての意識を保てる言い訳を探し出したかった。


「は〜」

壮大なため息を吐いて使いすぎた頭を降って天を仰いだ。


 月夜の夜いままでにない強引さで距離を詰めてきておいて、その後体調を崩して弱気になるのを見てしまった。


そしてまた距離を詰めてきて、この間のあれをただのあいさつ程度のほっぺにキスで済ませられるわけがない。

私がどれだけ動揺させられているかお嬢様はわかっているのだろうか。

 


 何も考えなくていいなら、純粋にこの本の感想を誰かと話したいとも思う。


しかし内容が内容だけに感想を話し合うにしても口に出しにくい。人によっては共感を得られる内容ではないだろうから。 


お嬢様と話したいと思ってしまう。思ってしまうが、お嬢様とこの話をするのは良くない感情を刺激されそうで避けたいとも思っている。


読み切ったことをお嬢様に伝えたい気持ちはあるが、先延ばしにしてまだ読み切っていないことにしようか。


読み切ったことを伝えれば、絶対に感想を尋ねられる。最近のお嬢様の行動を助長させてしまうのも心配だ。

 あくまでも本の中の登場人物のこととして伝えられるだろうか。


 自分の気づくべきでない感情に、お嬢様が私を動揺させるたびに喜んでしまう自分に、出口を探して迷っている。


浮かび上がってくる感情を表に出してお嬢様に向けていいものではない。


満たされたい気持ちがあるのはわかっていても、社会的にどうとか、お嬢様の幸せとか、そういう頭に浮かんでくるものすべてテーブルの上に並べれば、答えは分かり切っている。

良くない感情だ。

良くない・・・。そう良くないんだよ・・・。


 お嬢様も私も好きという感情が向かう先はもっとほかの誰かであるべきだ。その方が何の不安もなく幸せになれることは間違いない。


 どうしようもないという虚しさに、心が渇いていくようだ。この先のNOという答えをお嬢様に伝えなければいけないということに、気分が沈む。迷いは見せてはダメだ。


 誰か、どうお嬢様と向き合ったらいいのか教えてほしい。

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