嫌な夢と秘密 第20話
目の前に背を向けて立っているお嬢様がいる。
「お嬢様」
呼びかけるが返事はない。聞こえていないはずはないのだけれど。
私は振り向いて貰おうと手を伸ばした。
服の裾をつまんで引く。
やっと振り向いてくれたお嬢様。
けれどその表情は厳しく、まるで私の知っているお嬢様ではなかった。
私を一瞥したお嬢様はすぐにまた、あちらの方を向いてしまう。なにを見ているんだろうかわからないが、その瞳に私を写すことはないと悟ってひどく胸が重くなる。
もう一度手を伸ばしてお嬢様を振り向かすが煩しげに、なに?という表情で冷たく私を見ただけだった。
ひどく焦りを感じた。
私に触れる時の暖かさも、切れ長の目が私に向けられる時の優しさも、特別な響を感じるように静かに名前を呼ぶ感覚も無くなってしまうんだ。それがわかった。焦りを拭いたくて、私は必死にお嬢様の頬に両手を伸ばして、こちらを向かせ少し踵を浮かせて背伸びする。
そしてその唇にキスをする・・・思えば私からするなんてことはじめてのことだ。
唇の柔らかさを感じて、胸が熱くなるがお嬢様からは何の反応も返ってこない。
そうしてお嬢様の心に私はいないのだと痛感した。
お嬢様の視線を追う。
ようやくお嬢様の視線の先がわかる・・・
「・・・アンナ」
ガバリとベッドから上体を起こす。
---夢だ
夢ばっかりは操ることができない。不安ははっきり夢になった。無意識の意識はそうやって私に見たくないものを目の前に持ってくる。
最近お嬢様とアンナの距離が近い
夢……
夢の中でアイリス様の意識がアンナに向いていた、不安が見せた夢だ。
覚めてしまえば夢は現実ではないと薄れていくが嫌な感覚はずしりと残っている。もう考えないようにして ベッドから起き上がる。
少し早いが着替えて支度をする。
ただじっとしていることが嫌で部屋を出た。体を動かしている方が気が紛れる。
良くない方に想像してしてしまっている。そちらに意識が引っ張られてはだめだと分かっている。早く部屋を出てきたというのに、あまり気は紛れそうにない。
使用人の集まるホールでアンナを見つける。くよくよ考えてはダメと奮い立たせて、思い切ってこの間のことを聞いてみる。
「アンナ、おはよう」
「マリー、おはようございます」
アンナは屈託のない笑顔で挨拶を返してくれた。私はそんな笑顔で話しかけられそうにないが、なるべくの笑顔を作った。
「ねぇ、この間アイリスお嬢様がマーガレット様のところに出かける時、お嬢様と何を話していたの?」
「え?私と、お嬢様と?そんなことありましたか?」
アンナは本当に覚えていないのか、とぼけているのかわからない素振りをしている。
「ええ、お嬢様がなんだか様子がおかしかったように見えたわ。恥ずかしそうっていうか、そんな感じ」
「ああ、あの時ですね。確かに話はしていましたけれど、別に何も気にするようなことではないですよ」
アンナが少し焦った顔をしている。その顔を見て余計に気になった。
「話せないこと?」
「んん…。それはすみません。私からは何とも言えません。お嬢様が話していいと思ったら、話してくださるかも」
「そう…」
「聞かない方がいいと思いますよ、マリーに知られたくはないと思います。聞くのならそれなりの覚悟をして聞いてくださいね。私が言えるのはそのくらいです」
少しづつ心が冷たくなっていくようだ。アイリス様が何か隠していることはアンナとアイリス様だけの秘密で、私には知られたくないこと……
これからアイリス様のお部屋に行かなければいけないのに、気が重い。
それでも行かなければいけないと、アンナと別れて体を引きづるように足を向かわせた。
「おはようマリー」
「おはようございます」
アイリス様のお部屋を訪れると先に声をかけられた。
その言葉に会釈をしてかえす。
アイリス様に聞きたい。アンナとのことをアンナの言っていた秘密のことを。
アイリス様の顔をじっと見る。
いつもと同じアイリス様なのに、夢のアイリス様の顔がチラつく。
「どうしたの?」
動きの止まっていた私にお嬢様の声がかかる。
「いえ、支度いたしますね」
「マリー?」
「少し考え事をしてしまっていました」
「大丈夫?心配事?」
「・・・大丈夫です」
いらないことを考えないよう、止まっていた手を忙しなく動かす。
髪もまとめ終わって、支度を終えたお嬢様が姿見の前に立って全体をチェックしている。
こめかみのそば、おくれ毛を直そうと私が手を伸ばすと、お嬢様はその手をとってくるりとこちらに身を反転する。
「マリーそんな顔して大丈夫と言われても説得力がないわ」
そんな顔をしているだろうか?それでも心配してくれているお嬢様に少しうれしくなる。
私は「本当に大丈夫ですよ」と笑顔をつくって見せた。
「ずっと難しい顔してるわよ」
「そんなことはないです。」
お嬢様はそれには無言で見つめるだけだった。
「ところでマリー・・・今日の午後は出かける予定だったわね」
「はい、ドレスを合わせの予定になっております」
お嬢様は私の顔を観察するようによく見た。
「その予定だけれど。あなたに無理はさせたくないわ。今日あなたに同行してもらうのはやめましょう。」
アイリス様はこんな時でも優しい。
そう思ったのもつかの間……
「他に変わってもらうよう私からお願いするから安心して。代わりにアンナが行けるか聞いてみるわ。」
……そんな……
「イヤです!」
グッと首元を絞められたかのような苦しさを感じ咄嗟にそう答えていた。
「えっ?どうしたのマリー?」
アイリス様はとても驚いた表情をしている。
アイリス様の気遣いと優しさに沈んだ心が、ふわりと浮かぶ心地がしたのに、最後にお嬢様がアンナの名前をあげたことで浮かび上がった心は地の底に落とされた。
ここ数日のお嬢様がアンナと一緒にいる時間が気になってあんな夢を見せているというのに、アンナからアイリス様と2人だけの秘密があると知ってしまったのに、追い打ちのような言葉だった。
「マリー?」
「いえ、あのそんなに強く言うつまりはなかったんです・・・」
私は下を向いて続けた。
「体調が悪いわけではないです。今日は私がお供いたします」
「そう?わかったわ」
まだお嬢様は不思議そうな顔している。
「本当にどうしたのマリー?」
首だけ振り向いていたお嬢様は体ごと私の方に向き直る。
私は自分の手を握ってみたり、うろうろと歩いてみたりと落ち着かない。どう切りだしたらいいか。
私に聞かせたくない秘密、覚悟してきかなければいけない秘密……
ずっとアイリス様を見てきた、私は自分の気持ちに振り回されているせいで、私はアイリス様のことを信じられなくなってしまうの?そんなの、私は見て来たじゃない。アイリス様がどんなお方なのか……アイリス様の口から話されること聞いてみないと本当のことは分からない。考えるのはそれからにしよう。
私は深呼吸して、アイリス様をよく見て勇気を出す。
「マリー?何か話したいことでもあるの」
お嬢様は本当に分からないといった表情をして言葉を続ける。
「マリーが何にを心配しているかわからないけれど、言ってみて」
「アイリス様……聞きたいことがあります」
「うん、なんのこと?」
「……」
決心したのにそれでもなかなか言い出せない。
「私何かしたかしら?」
「アイリス様、私に……秘密にしていることがありますよね?」
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