眠れないのは誰のせい 第4話

 あの後、夜中に起きた時に飲めるようにとウォータポットをベッドサイドに置いておいた。明け方にもう一度訪れた時にウォーターポットの中身は減った様子がなかったので、起きることなくぐっすり眠れたのだろう。


穏やかに眠るお嬢様の寝顔を確認して一度部屋を後にする。せわしなく進む朝の支度に戻って仕事をしていると時間はあっという間に過ぎた。


 お嬢様の支度にお部屋に行くと、すでに目を覚ましていた。ソファーから立ち上がったお嬢様はこちらに近づいてくる。


「マリー、昨日はいろいろ面倒なことさせてごめんなさい」


 しおらしく言うお嬢様は、昨日のことを申し訳なさそうに謝ってきた。


「は~」私は思わずため息をついた。


 全然わかっていない。体調を崩したお嬢様のお世話をすることを私が面倒だと思っているというの?

甘えてくれていることがうれしいのに。そういう風に思われているなんてと、お嬢様に苛立ちを覚えた。


確かに必要以上に呼び出されることに良い顔をしない使用人もいるだろう。

それでも、私はただ仕事としてお嬢様の侍女でいたつもりはない。昨日夜に私がお嬢様を診ていたのは私がそうしたかったからだ。


「面倒なんて思いません。体調の悪い時は早く教えてください。隠したりしないで。隠される方が困ります・・・。それで・・・お嬢様お加減はどうですか?」


「よく眠ったらよくなったわ。大丈夫よ、いろいろありがとう」


「そうですか、よかった」


私はニコッと笑ってみる。お嬢様の表情も心なしか明るくなった。


「では支度いたしましょう」


 昨日までの緊張感はなくて、今日は安心した気持ちでいる。


 お嬢様がなぜあんなことをするのか、次にどんな行動をするか、そんな怖さから緊張していた。


 けれど体調を崩したりするなんて。お嬢様はたぶん、いきなりキスしたり抱きついたりしたことを後悔しているんだと思う。お嬢様にされたことは多少強引だったが、不器用で少し思い余っただけだろう。

お嬢様がこれほど私を必要としていることに私はうれしいと思った。甘え方が下手なだけなのかもしれない。


 


 お嬢様の家庭教師の指導の時間。専任の教育係にお嬢様は学んでいる。その時間はなにかしら他の仕事をこなしているわけだが、今日は奥さまからお使いをお願いされた。

ちょうど従者のアーロンも同じ方面に用事があるというので、一緒に行くことになった。


 アーロンは従者の中でも、年齢が近く話しやすかったので道中退屈しないでいられる。嫌味なところがなく毎日の使用人の仕事も一生懸命にしていて好感の持てる青年だ。


 あまり興味がないだろうと思ったこの辺りの季節の花の名前や美しさをアーロンに話していると興味を持って聞いてくれて、道中話を返してくれる。

日々のなかでも話しているのが誰であっても分け隔てがなく、彼はみんなから好かれている。


 今日は長い距離を歩いてお屋敷まで戻ってきたが、彼のおかげかそれも心地よい疲れだと感じていた。


 お屋敷に戻ると夕食前のお嬢様のお召し替えに間に合って、お嬢様のお部屋に訪れる。

お召し替えの準備をしていると、お嬢様に話しかけられる。


「今日はずっといなかったのね」


「はい、奥さまからお願いを受け出ておりましたので」


「そう」


どことなく不機嫌な様子のお嬢様は、それだけ言って会話を終わった。


 私も何も気に留めず、少し間沈黙した。沈黙したのを私は少しも気にならない間としか思っていなかった。


どれくらいの間だったかはわからない。


「ねぇ、マリーそれだけ?」



「えっ?」


 それだけとは?なんのことを聞きたいのだろう。特段なにかお嬢様が面白いと思うような話を持ち帰って来てはいない。


「アーロンと行ったのでしょう?楽しかった?」


「・・・楽しかったというか、疲れましたが、アーロンと話していると退屈しなくてよかったかもしれません」


「アーロンは好青年だものね」


「ええ、それはもうアーロンは・・・」


「もういい!」


 私が今日の道中を思い出しクスリと笑って、話を続けようとすると突然遮られた。


 私は、お嬢様に聞かれたことに答えようとしたのに突然強くお嬢様が言ったので驚いて動きを止めた。


お嬢様を見ると悲しそうな顔をしている。


「お嬢様・・・?」


「その話は聞きたくないわ」

お嬢様から聞かれたから答えたのだけれど・・・



「あなたは?アーロンのことどう思ってるの?」


お嬢様が尋ねてくる。


「どうと言いますと?・・・誰からも好まれる青年ですよ。お嬢様もよくご存知でしょう。仕事熱心で、困ったことがあれば快く手助けしてくれて・・・」


「・・・うれしそうに話すのね」


 お嬢様は、静かにそう言ってまた沈黙した。


「・・・お嬢様?」


「支度は終わったのよね?」

「はい、あとは片付けるだけです」

お嬢様は立ち上がって、こちらに振り返る。


「ねぇ、もしマリーがアーロンにハグされたら・・・いいえ、キスされたらどう思うの?」

「・・・⁉︎」

驚きのあまりお嬢様の顔を見つめたまま固まってしまう。

「なっ、なっ・・・な、なにを言い出すんですか」

もはやそちらのことには触れられない気でいた。あの夜のことをぶり返すようなことに突然触れられて動揺する。

にじり寄ってくるお嬢様に、私は片付けに専念するふりをして、離れる。


もう言及してこないと思っていたのに、そんな質問をするなんて。キ、キスなんてこの間のが初めてだったんだから・・・考えていたら思い出して顔が熱くなっていく。


顔が見られないように体の角度を動かした。


今日は安心して1日が終わると思ったのにそれは間違いだったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る