第24話 神殺し*四

 燃えるような緑の瞳は、光もはらまず朝日を見据えた。

 赤金色の槍を構える。光がじわじわと集まって人の形を作ろうとするそれに、鋭い切っ先を繰り出す。

 ガキン!と火花が散る。

 無言で何ごうか打ち合う。マキの瞳は、余裕の笑みを浮かべる涼葉を睨んでいた。切っ先の動きをとらえきり、腕がもげそうになる衝撃をいなし、隙に入り込み一歩踏み出し、光の切っ先を彼女の眼球へ、

「甘い!」

 白銀は赤金を薙ぎ払い、丸腰になった彼女の腹を鈍い音と共に貫いた。


 発火したように熱くなり、全身を沸騰ふっとうした血液が駆け巡る。抜き取られて膝を突くと、痛みは視界を奪うほど激しくなる。マキはうめいて、地面を殴りつけ、やり過ごした。

「強くなったけど、あんたには一番大事なものが欠けてる!」

「……いい加減教えろ。わたしに欠けているものが、何か」

 もう、何十回と経てきたやりとりだった。

 次の言葉は決まってこうだ。

「もっと、ぐわっていうやつだよ!」

 まともな答えを提示しない。怒りと共に女に突きかかる。すると決まって、涼葉は満足気に笑うのだった。


 闘った数と敗戦の数は、相変わらず同量だ。しかし確実に、一回の勝負が長くなっている。前よりも、朝日を貫く瞬間を、鮮明に思い浮かべられるようになっていた。

 しかしその日も打ち負かされ通しで、夜を迎えた。


 いら立たしさをぶつけるように、現れた葉来を睨む。

「八つ当たりをするくらいなら、いい加減自らの沖で術を使ってみろ」

 マキは未だ、沖を読みそれを操る鍛錬を続けていた。複雑さもいくぶん鮮明に捉えられるようになり、前の大蛇も半分は難なく消せるようになった。しかしそこから先は焦りと共に、なんとか対処することになる。そして最後まで消すことができずに、蛇は再び全身を取り戻し、襲い来る。三日に一度は、かわし切れずに全身を焼いた。百度の槍と一度に食らった方がいくぶんマシだろう、という痛みだった。

 それでも彼女は頑なだ。

「使わん」

「……それができんわけではないから、無理強いはしない。しかしそれができんと神は殺せない」

「それならどうやったら神を殺せるのだ」

「術を使う」

「どのように」

「俺に言えるのはそれだけだ」


 マキも、理解してはいた。足りないのは、涼葉の言う「一番大事なもの」だけなのだ。それに少しでも近づくには、涼葉の相手を続けているばかりではならないとマキは思っていた。情報を得なければ、考えもロクな方へは走らない。葉来に直接聞いたところで答えないのなら、別な方向から攻めてみるしかない。

「ここは、どこなんだ」

「最初に説明しただろう。余計なことを気にする暇が……」

「神の居場所は神聖であるはずだ。このように荒涼こうりょうとしているわけがない」

 鋭い声を挟む。

「わたしは神に、それ相応の沖があることを知っている。ここにはそれがない。欠けている」

 マキは、夕陽のような瞳を睨んだ。夕陽は淵を、睨むともなく睨む。淵は闇の中にもあり続けるものだったが、夕陽はいずれ没する性質を持つものだった。


 彼は瞳を閉じ、重々しく口を開く。

「……ここは、てられた神のいきつく場所だ」

「それならお前らは、神の眷属けんぞくをかたる化物なのか」

「沈んだ後の太陽を崇めていた昔が、あった。お前は知っているか」

 葉来の声が、厳かな響きを含む。

「知らない」

「神とは、天地の霊力ある沖に人々が願いを投影することで、形成される存在だ。人々は神を崇高なものだと崇め、信仰する。それこそが、神の存在を強固にする。要するに、天地と人間の沖が交感することによって初めて、成立するものなのだ。だから人々に願いの対象とされなくなれば、力を失い地上の居場所を失くす。しかし神は消滅できない。始源と歴史は、葬り去ることができないからな」

「棄てられた神、というのは、信仰を失った神ということか」

「そうだ。折を見て地上に顔を出す神もいるが、それは己の性質と結びつく対象を有する神にこそ、可能なことだ。没した太陽の神は依代がないからそれが叶わない。ここが居場所と言い換えてもいいだろう。だから最初、お前には神の居場所だと説明した。偽りはあるまい」

「嘘ではないが虚勢ではあるな」

 マキは口端に嘲笑を浮かべる。葉来はゆっくりと目を開いた。

「反論はしない……言いたいことはそれだけか」

 彼女が頷くと、その日も同じように、炎の大蛇を消すための夜が始まる。マキには、自身に足りない大事なものが何なのか、掴めそうな気がしていた。

 それでも、思考を並走させて敵う相手ではない。焼き殺されるのは御免だった。端緒たんしょは一度凍結させ、胸の奥に沈めた。

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