第23話 竜宮*六
蛇の子供を何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も、産む夢を見る。
痛みの中苦しみの中、床じゅうに広がる蛇の子供たち。産めども産めども尽きない腹の子供。白い蛇。壁から天井から、這い回っている。意識が
夢から覚めたのは、夜が終わる前。
喉が鳴るほど、激しい息をついていた。引き
「……だ、やだ、いやだ、嫌だ!」
「だあから言ったじゃないのよお……」
闇に白く、浮かび上がる影。
ヒヒヒ、と白髪の女が笑う。
「あんたってほんとに空っぽなんだねえ……自分で選ぶことができない……あの主に騙されて子供は嫌だなんて泣いちゃって……警告までしたのにねえ……」
嘲笑に耐え切れず、枕を掴んで投げるが届かない。
「わたし、こんなの、望んでなかった」
「だから、よく考えなって言ったのにねえ。馬ぁ鹿」
「泣き虫ぃ」
「わたし……どうしたらいいの……」
「何言ったって、「うるさい!」だろう?そんな奴に助言なんてできないなあ」
「教えて……」
「タダじゃ教えない」
「分かったから」
「言ったな」
みちは必死で、頷いた。
「子を
期待外れな助言に、みちは
「それができたら、教えてなんて、言わない!」
「ほうらね、あんたを助ける方法を教えてやったのにそれだ」
「そのくらい、わたしにだって分かる!」
「どーせ迷ってるんだろ?腹ん中の子供を殺すのは嫌だが、産むのも嫌ってさ。残念だけどそのどっちかしかないんだ。だから答えは『堕ろせ』だ」
「どうやって、堕ろすの……」
「簡単さ。ここは地上と違うからね。腹の子の死を念じながら、それを口にも出すのさ」
みちは頭を抱える。どん、どん、と心臓が全身を打つ。体内に宿った命を、捻り潰す。自分が恐怖から逃れるために。要するに人殺し。動機は自己防衛。「死ね」と自分が、言われたら?相手が自分を守るために。
「いやだ」
「可哀想な子だねえ」
と口では言いながら、ヒヒヒと笑う。
「んじゃ、教え賃を払ってもらおうかね」
彼女の身体が消えて行く。
「あんた自身が、神となれ。そして、あの空洞男を殺せ」
赤い瞳を見つめる。
「あんた空っぽだから、素質はあるよ」
そう残して、彼女の姿は失せる。
全てが精気を失ったかのような夜
「月神に憑かれたのは。わたしのせいじゃないのに……」
ゆら、と
「蛇の子なんてわたし。望んでないのに……」
手探りで、外に出る。
東の空が、白んでいた。
「神になれなんて、そんなの無理……」
うすぼんやりした光の中、みちは実りの原へ歩く。稲穂を見れば、心が休まると思った。しかし思い通りにはならない。冬へと季節を進めた田の稲は、すっかり刈り取られていた。
「ない……」
冬がくる。そんなこと、分かり切ったことだった。あの桜の里とは違い、ここでは季節が巡る。それが美しいと思ったのに。
「こわい」
爪先のかじかみに、冬の痛みを思い出す。月光の明るさを思い出す。一人冷たい床の上、夜を過ごす。白い光が眩しくて眠れない。だから、頬寄せた月光。
それが自分の首をしめている。
ふわり、肩を包み込む腕がある。
「月神……」
感じる。強い力で、柔らかに、包み込まれる。言葉は無いのに意図が分かる。
これが、諸悪の根源。
これが、離れれば、万々歳だ。
「わたしから離れろ!死神!離れろ!」
言葉で子が堕りるなら、憑き物だって――「浅はかなこと」
唇を、下から撫でる手。
「生まれる前の命とおなじやり方を、神に用いるなんて」
「離れて……わたしから離れてください……お願いします」
神は答えず、ぎゅ、と抱き付き身体の中に染み込む。
朝を始めていた東の空から、太陽の頂がのぞく。光の巨塊が空の闇を襲おうとしている。毎日がこうして始まり、冬が少しずつ目をこじ開ける。いよいよ、月神の支配からは逃れられなくなる。夏の、空を這うような月とは違うのだ。高々と
「いかがいたした」
太陽と同じ方角から、歩み来る男。
「子ができてから、具合が悪そうだが」
表情のないその顔は、面そのものだった。神の手が作り出した、超絶技巧の面。目鼻の配置、彫りの深さ、描き出す曲線の滑らかさ。
嘘、そのものだ。
なぜすぐに、ケネカの言葉を信じられなかったのか。
「お前の暗い顔を見るのが……」
次の言葉を、その薄い唇が発する前に。みちは綺麗な面のこめかみに爪を立てた。
ガコ、と音がし、指が食い込んだ。
爪先から全身に向かって、鳥肌が走る。
残ったのは、霞んだ青空の広がる荒野だった。
ゾラゾラ音がする方を見ると、黒みがかった銀の色に輝く大蛇が、重たい身体を引き摺っている。
「厳しき道を、選んだのだな」
地獄の底から響き渡るような声。大きな真っ黒の瞳に、自分が映っている。生気を失った顔で、怯えるでもなく見上げている。
「好きに、あの男にも、会うがいい。だが、至る場所は
「晴瀬は、まだ、生きてるの」
蛇は答えず、彼女に一礼をし、去っていった。
「……みち?」
振り向いたのは、東。そこに今度は、海の男が立っている。
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