第17話 神殺し*一

「ねえ、まだ目を覚まさないのかな」

「いつかは覚ます」

「いつかいつかって、そう言ってもう何日もたったじゃない!待ちくたびれた!」

 耳にさわる甲高い声に、マキは身を起こした。


「やった!やっとだ!」

 と顔を輝かせた娘が、手にした白銀の棒を振るい打ちかかってくる。マキは慌てて避けようとするが回り込まれて徒労に終わる。

 満面に笑みを弾けさせた彼女はその棒を振り下ろそうとしたが、突然後ろに倒れた。

「痛!邪魔しないでよ葉来ようらい!」

「起きざまに打ちかかるお前が悪い」


 細面の男も、娘と同じ棒を手にしていた。それを乾いた地面に突き立て、マキを見下ろす。

「俺の名は葉来。こっちは涼葉すずはという。娘、お前は」

 その瞳は日没の色をしていた。人間の形をしてはいるが、人を超えた存在なのだろう。おそれが顔を覗かせるがスキを見せてはならない。彼女は押し殺したような声で答える。

「マキ」

「マキ。ここがどこだか分かるか」

「知らない」

「覚えてないのー?自分で勝手にここに来たくせに!」

 涼葉の声は、その身体からだ同様弾力があり、いちいち鼓膜を跳ねる。


「ここは海の底!沈んだ太陽の神が住まう場所!そこをあんたは侵したから、今から私たちが退治しようってところだよ」

「話をややこしくするな」

 対照的に、痩せた男が涼葉を制する。

「ここは、太陽の休息する神聖な場所だ。そこを不当に侵され、神は大層お怒りだ」

 神聖な場所?マキは淵色の目を辺りに走らせる。枯れ果てた野と、霞がかった空が広がるばかりで、厳かな空気など微塵も感じられなかった。


「神は、手ずからお前を処分することを所望しておられる」

 しかし、と葉来は言葉を切る。

「ただの人間がここに至ることはまずもって不可能だ。その事情を斟酌しんしゃくし、この葉来と涼葉が、お前に神を殺す技を伝授する」

「あんたたちは、神の眷属けんぞく?」

「そうだ」

 マキは片頬で笑った。

「その眷属けんぞくが、本当に神を殺す力を与えるのかしら」

「うん、あげたりはしないよ。あなたが頑張って、身につけるんだ」

 涼葉が白銀の棒を振るった。

 マキは鼻からめちゃくちゃに砕けてふっとばされる。激烈な痛みに絶叫した。意識が次第に遠のき消えるかに思えたが、どういうわけか徐々に明瞭になっていく。それと共に、顔から痛みがひいていった。


 恐る恐る顔を触る。何事もなかったように、きちんと形を保っている。

「何」

「ね、そういうことなんだ。ほら、そこの武器をとりな」

 目の前に、赤金の棒が転がっている。

「私は武術を叩き込んであげる。あんたはなんとなく、槍って感じの顔してるから、槍術そうじゅつね」

 彼女の持つ棒の先端が変形し、鋭い刃を形作る。赤金の棒も同様に、立派な槍となった。

「さあ早く」

 彼女は朝日のような瞳をギラつかせ、新たな玩具を目の前にした子供のような顔をしていた。


 槍など、触ったこともない。また打ちかかってこられて一方的にやられて終わるのだろう。顔面に走った痛みは忘れられない。

「槍なんてやったことない」

「だから、これから教えるんでしょ?さあ!」

 と涼葉が駆け込んでくる。マキは仕方なく槍を取ったが、まるでお荷物だった。

 鋭く繰り出される白い光線を、受けとめることなど到底できない。彼女から走って逃げようとするが、背を向けた途端、あっさり背後から心臓を突かれる。痛みよりも熱が勝つ。赤々とけた鉄を刺し込まれたようだった。叫び声はおろか、息すらもできない。ガッ、と刃を抜かれ、倒れ込む。ほとぼりが冷めたと思えば、ギシギシと痛みが心臓を襲う。容易に去らない鈍痛に、のたうち回って苦しんだ。


 痛みが薄れ、やっと息をついた。

「こ、んなことをして、何のつもりなの!」

「言ってるじゃん。神を殺す術を教えるって」

「わたしをいたぶってるだけじゃない!」

「でもほら、すぐ治るし、血で汚れることだってないよ」

 ハッとして身体を見る。真っ赤に染まっているはずなのに、服は綺麗なままだった。

「教えるったって、手取り足取りやんないよ。私できないからそんなこと。次は狙う箇所くらいは教えてあげるから、避けるなり防ぐなりしてみてよ」

 喜色満面に、「足!」と叫び突進してくる。マキは、もうあんな苦痛は二度と御免だと焦るが、彼女の動きは早く、また恐怖に足がもつれ、呆気なく転ぶ。

「教えてやったのに、情けない」

 虚空に、三度目の絶叫がこだました。

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