第8話 夢
よく晴れた空が、広がっていた。
きん、と澄んだ空は冬の色。
白い息を吐いて、手にしたほうきで参道を掃き清めるその手は、しもやけで真っ赤だ。寒さは日ごとに厳しくなり、身を
全部掃き終わってしまうと、ほうきをしまって奥の神社へと山を登る。鬱蒼とした木々の下に、こじんまりとした拝殿がある。戸を開けると、
きっと、悪い知らせ。
それも、決定的に。
目を開ける。戸の方を向いて座り、神主を待つ。
「ケネカ」
緊張に満ちた声。予感が正しいことを確信した。
『どうぞ』
戸が開いた音。少しばかり明るい外を背景に黒く映える神主の顔は、うまく見えない。
「明日、
突然、神主が消える。鬱蒼とした木々も消え、視界が開ける。
夜。
空で光線を放つ月の光の強さ。シンシンと肌を突き刺す白。
向こうから、その人が歩いてくる。ああ、待っていた。満ち足りた月にも負けぬ強い光が、胸の内から零れ落ちる。
「ケネカ!」
声が、身体に響いて、凍っていた足が溶け出す。縋るように走り、その温もりを抱きしめた。
「待たせて悪かった」
『寒いわ……』
その鼓動で、何もかもが救われるような気さえする。互いの温もりを確かめ合い、手と手を握り合って向かい合う。
『あのね……やっぱり、行かなきゃいけないって』
愛しい顔が悲痛に歪む。そんな顔、見たくなかった。鏡のように、彼の表情を映す。
「どうしても、なのか」
『ええ……逆らえる相手じゃないの。逆らってどうにかなる相手でもない』
「そう、だよな」
握る手の力が、強くなる。
「俺も行きたいが……」
『わたしだって、共に来てほしい。あなたと一緒にいたい……ずっと、ずっと』
愛しい人は、返事をしない。じっと、口を
握る手の力が、そ、っと弱くなり、やがて彼は離れてしまう。どうして?視線を向けると、彼は懐から細長い物を取り出す。
「これで……」
「俺たち、ずっと、離れないだろ」
震えたその肩は、寒さのためではないだろう。それを愛おしく思う。そっと、震えに手を置いて、その胸に頬を寄せた。
『そうね……。永遠は、死でないと、叶えられないもの』
彼の向こう、満月を見上げる。
白い面。強烈な光を放っておきながら、
「お前、血が」
『今から死ぬのに、そんなことで動揺してちゃダメでしょ』
「ああ……」
鉄の冷たさをなぞり、その両手に触れる。手はまるで、死人のように凍えている。血で粘る指先で、彼の手から短剣をそっと奪う。
「お前が、やってくれないか。俺には、もう……お前の血が触れただけで……」
彼は芯から震えている。
『怖いの?』
「お、前に殺されるのなら」
す、っと息を吸う。彼の胸が大きく膨らむ。
「お前と、しね……」
う、と短い声が漏れる。
脇腹を刺したそれを、そっと離す。
『わたしはまだ、死ぬわけにはいかないの』
身を離し、信じられないという顔で目を見開く彼の、心臓を一突きにする。全身に吹きかかる血は、火傷しそうに熱かった。
月下に倒れた彼を見下ろしていると、どうも、月光に突き殺されたように見えてくる。
『ごめんね』
しゃがんで、月を映すその瞳を覗き込む。
『次はうまくやるから』
目を閉じてやり、口をそっと閉じて、その唇に………………
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