世界の終わりは貴女と共に
小鳥遊アズマ
第1話
赤色の絵の具で塗りつぶされたような空。雲も、太陽も、月も、すべてがなくなった空を私は誰も居ない教室で見ていた。
_もうすぐで世界が終わるんだって。
ふと、そんなセリフが脳内をよぎった。これは誰が言っていた言葉だっけ。大切な人とか? そもそも私に大切な人なんていたのだろうか。
世界の終わりの日、私は教室で友人と駄弁っていた。その時の私は社会人で、友人は学生のままだった。どうせ世界が終わるなら楽しかった時代の空気を味わいながら終わりたいと思ったから、私は誰も居ない母校の、かつて所属していた部活の教室でぼぉっとしてた時に友人が現れたのだ。
友人の顔は……正直思い出せないし、何を喋っていたのかも忘れている。そもそもなぜ私は教室に居るのかすらも判らない。世界は終わったはずだ。なのに私の意識は残っている。
赤い、赤い空。
皆を焼いてしまった赤い空。
なぜ私を仲間外れにしたのですか。
誰か教えてください。
私はいったい、誰なのですか。
・
「ねぇ、もうすぐで世界が終わるんだって」
部活中、友人のマドカはそう耳打ちしてきた。その日はとても蒸し暑く、エアコンのない旧校舎に文句を言いながら扇風機の前を陣取っていたのを覚えている。
私の入っているオカルト調査部は計五人の生徒が所属しているが、ほとんどの生徒は幽霊部員となり実質私とマドカだけの部活となっていた。マドカはうわさ話が好きで、よくこんな突拍子もないうわさを教えに来るため、世界が滅ぶなんて話を聞いたときは「あぁ、また根拠のないうわさ話を持ってきたな」とあきれたものだ。
「どうやって終わるの?」
読んでいた本を閉じて彼女の顔を見る。人見知りの彼女は人と目が合うだけでしどろもどろになる。今も、視線を右往左往して「えー」とか「あー」と言葉を探しているようだった。幼いころから一緒に居る私相手でさえこうなのだ、彼女の将来が心配になる。
「ちょっと待って!
「失礼な。私はただマドカの将来を心配しているだけだよ」
「そうだとしても時と場合があるでしょ! 絶対私の話を終わらせたいから目を合わせてたでしょ! 本江のイジワル!」
ほっぺたを膨らませて私を睨むマドカ。目じりに涙をためているのを見て「やりすぎた」と思った私はマドカの持ってきたうわさ話を真面目に聞くことにした。
「それで、世界が終わるってどういうこと?」
「えっとね、今ネットでうわさになってるんだよ。空が塗りつぶされたように赤くなった時、空は人類を焼き尽くしてしまうらしいの!」
「誰かの創作じゃないの、それ?」
ずいぶん突拍子のないうわさ話だな。否、まぁうわさなんて大体が突拍子のないものだから、今回のもそうなのだろう。しかし、世界の終わりか……私個人の考えとして、終わりは突然やってくるものだ。だから世界の終わりも、空が赤く染まるとかそんなわかりやすいものじゃなくて突然終わってしまうのだろうな。
「ねね、本江はどう思う? このうわさ!」
「正直面白いとは思うけど、これを本気にする人が居たらインターネットをやめろと言いたくなるな」
「わ、私は本気で信じてるわけじゃないからね!?」
「弁解するってことは本気で信じてたってことだな? インターネットの情報はいったん疑ったほうが良いぞ」
「えっなんで!?」
インターネットが普及した今の時代にこんなに情弱な女子高生が居ただろうか。
「マドカさ……情報の授業真面目に聞いてる?」
「もちろんだよ! 本江も私のテストの点数知ってるでしょ? 百点満点パーフェクト女子高生こと轟マドカとはこの私のことだよ!」
「言い方がなんかバカっぽいんだよな~……」
でも言っていることに嘘はない。彼女は小学校のころからずっとテストで満点を取り続けているし授業態度も悪くない、模範的な良い子なのだ、私の幼馴染は。
「ちなみに、マドカは世界の終わりについてどう考えてるの?」
「私? う~ん……」
マドカは自分の考えをまとめているようだ。人差し指を頬にあて、首をかしげている。何か考えているときの彼女の癖だ。
「やっぱり、私自身が死んじゃうのかな。だって、世界が続いていても私が死んじゃったらそれ以降の世界を楽しめないじゃん」
「そっか」
「本江は?」
まっすぐな瞳で私を見るマドカ。その目をしっかりと見ながら私は嘘を吐く。
「マドカと同じだよ」
・
マドカは死んだ。蒸し暑い夏の日に、交通事故にあって死んだ。私はそれを目の前で見ていた。飛び散る身体。鼻に突き刺さるような異臭。
私の世界はあの日終わってしまった。
マドカの居ない世界なんて滅んだも同然だ。
それからの私は屍のように日々を過ごした。
何をしていたのか覚えていない。気づけば私は社会人になった。空虚な日々。そんな中で私は1つの噂があることを知った。
明日、世界が滅ぶ。
一部に流れているうわさ話じゃない。この話は世界中の人間が知っていて、皆それを本当のことだと認識していた。
「世界が滅ぶ」
夜、ベッドとクローゼットしかない自室で独り言ちる。マドカとの会話を思い出した。マドカは世界が滅ぶと教えてくれた。実際、それはその通りになった。……世界が滅んだら、彼女に会えるのだろうか。
「そもそもなんで私は死ななかったんだろう」
私の世界はあの夏の日に終わった。終わったのなら、私は死ぬべきだった。なのにずるずると生きて気づけば25だ。
「……本当に世界が滅ぶのだったら」
私は、あの教室で過ごしたい。
エアコンがなくてじめじめしてて古臭くて誰も来ないようなあの教室で、最期を迎えたい。
私は立ち上がると私服に着替え、あの時読んでいた本を持って母校へと向かう。母校はもう廃校になっているから忍び込むのは容易だろう。実際、難なく旧校舎の部室についた。
机と椅子は後ろに纏められており、床には穴が開いている。旧校舎は木造建築だから老朽化も早いのだろう。私は2つの机と椅子を真ん中に移動させると本を読み始めた。
「ねぇ、もうすぐで世界が終わるんだって?」
5ページ目を過ぎた時、ふとそんな言葉が隣から聞こえた。隣を見るとマドカがこちらを見ていた。腰まである茶髪に、赤いリボン。あの時の彼女そのままだ。違うところと言えば、瞳がひどく濁っていることくらいか。
「そうらしいね」
「本江はどうしてここに来たの?」
「なんでだろうね」
「ちょっと~テキトウに返事してない?」
うりうりと頬をつつくマドカ。ちゃんと感覚がある。これは幻覚じゃない。本当にマドカが居る。
「マドカ、本物なの?」
「なんとビックリ、ホンモノです。本江がここに来てから話したいな~話したいな~って思ってたらできちゃった」
「……マドカはずっとここに居たの?」
「うん。だってここだけが私の安らぎの場だったから」
両手を胸のあたりに添えてほほ笑む。ここだけが、と彼女は言った。……両親と不仲なようには見えなかったのだけれど、彼女は自身へ向けられた期待を重荷に感じていたのだろうか。
「あっ別に本江が思うようなことは何もないよ。期待も……少し重いな~って思うときはあったけど、だからこそ頑張れたんだし。私は君と二人きりで居られたこの場所が忘れられなかったの。ただそれだけ」
「……そっか」
思えば、高校生になってから彼女と二人きりで過ごした時間の大半はこの教室でだったな。彼女は人気者で友人もたくさんいた。その中で私と過ごす時間が何よりの安らぎだと、そう思ってくれていたことが嬉しい。だがそれと同時に、彼女との別れがあんなに呆気ないものだったことが辛い。
「それよりさ! 私が死んだあとのこと教えてよ! 本江、ちゃんとご飯食べてた? 友達は? 高校生の頃は知ってるけど、それ以降のことは知らないから教えて!」
「マドカが想像してたほど良いものじゃないよ。私はアンタが死んでからずっと、死人のように過ごしてきたんだから」
「死人のようにって、どういうこと? 教えて!」
「文字通りの意味だよ。自分で道を開拓することはせずに、他人が作った道を歩いてきた。……否、よく考えたら、それはマドカが生きてた頃も同じかも」
幼いころからずっと私はマドカの歩む道を歩いていたことを思い出す。高校も、本当は文芸部に入りたかったけれど、マドカがオカルト調査部に入部したいと言うから私はオカルト調査部に入部したんだった。なんでそれを忘れていたのだろうか。
「え~! 私、もしかして本江に無理させてた!? ごめんね? ……あっ、もしかして私いないほうが」
「そんなわけないから!」
つい大声を出してしまった。彼女のオレンジ色の瞳がまん丸になる。高校の時のような輝きは失せ、死人のように濁っているその目をしっかりと見た私は少し……否、だいぶ悲しい気持ちになった。
「ごめん、大声出して……」
「ううん! 私が変なこと言っちゃったせいだから! 気にしないで! ……あっ、ねぇ本江、外見て」
「外?」
マドカの言うとおりに外を見ると、空が赤色に染まっていた。絵の具で均等に塗られたかのように現実味のない空を見て、私は「あぁ、世界が終わるのだ」と察した。
「ね、本江、手を繋いで窓の近くに行こうよ」
「……うん」
差し出された手を掴み、私たちは窓の近くに行く。だんだんと熱くなっていく中で彼女だけは冷たかった。世界が燃えている。空を見るとでかい隕石のようなものがだんだんと近づいてくるのが見えた。ずいぶん、派手だ。
「マドカ。……え」
隣を見る。彼女は居ない。まるで最初からいなかったかのように……やっぱりあれは幻覚だったのだろうか。
流した涙が蒸発する。身体も、意識も、溶けてゆく。
こうして世界は終わった。
・
思い出した。
私は……私は、マドカと一緒にあの旧校舎で世界を終えた。
じゃあマドカがここに居るかもしれない。
「マドカ」
教室全体を見渡す。誰も居ない。ロッカーを開く。さすがに居なかった。しばらく教室内を歩き回り、ふと、教室の扉を見た。
そういえば、教室の外はどうなっているのだろう。
教室の扉に手をかける。扉は難なく開いた。赤色が視界いっぱいに広がる。
教室の外は何もない。
ただ赤色が広がっているだけ。
「どうしよう」
口元に手を当てて考える。外に出てみようかと考え、腕を外に出す。
「熱っ」
反射で腕を引っ込めるが、腕がない。燃えてしまったのだろうか。肘から下がきれいさっぱりなくなっている。私はまた考えた。そして、思い付いた。
ここから出る_つまり死ぬには、教室の外に出れば良いのだ。
マドカはここに居ない。それはもう判った。ならどうすれば会えるのか。私が死ぬほかない。
「……」
深呼吸をして息を整える。マドカが死んだからいつ死んでもかまわないと思いながら生きてきたが、いざ自殺をするとなると緊張してしまう。大丈夫、大丈夫と思いながら扉を見る。
「行こう」
そうつぶやくと、私は一歩足を踏み出した。
世界の終わりは貴女と共に 小鳥遊アズマ @Azuma_Takanasi
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