【番外編③】 さよなら直哉さん (完)

【達也サイト】


?「よん、じゅう…いっ…さい?」

優・三里亜「ママよんじゅういっさ~い!」

三月「…ぷぷっ」

沙織「…なによ、パパ」


伊香保のこじんまりとした温泉宿。


三月さん夫婦に「お若くてお子さまを授かられたんですね~」とにこやか営業スマイルを振り撒いていた女将さんが、速見先輩のチェックインカードの記載を見て固まっている。

(画像 女将さんっ!)

https://kakuyomu.jp/users/kansou001/news/16818093081368324745


香緒里「まあ、見慣れた光景だよね…速見先輩の天然年齢詐称。あたしたちには今でもなんだ…って感じだけど」

「あの人俺らが入社したての頃でも、馴染みの飲食店員さん以外だと『社会人になっても未成年はお酒駄目ですよ』とかしょっちゅう言われてブンむくれていたよな」

香緒里「何か個人情報隠したオリジナルの運転免許証入れを振り回しながら店員さんに食ってかかってたよね…速見先輩お酒大好きだわ強いわだからなおさら」


女将「パパとか…パパ活?」

さすがの営業力で甦った女将さんが、にこやかに俺たちをお部屋に案内してくれる。いや、なんかぶつぶつ言ってるから完全復活じゃないな。

居間+和室+洋室(ツイン)の大きな部屋。

俺と香緒里夫婦が洋室、三月さん達親子が和室、今回は同部屋宿泊としてみた。


三月「噂ではご家族に色々あられたようですが、おくびにも出さない、さすがの接客ですね。…失礼極まりない話ですが。」


お茶を用意してくれる女将さんに三月さんが話しかけた。


女将「いえいえ(汗)もう何年も経ってますし、お客様にも暖かく支えていただいてますし~」

三月「新しい旦那さんにも暖かく支えてもらっているし?」

女将「え~そんなことまで最近のSNSは出てるんですか?」

三月「女将さん、人気者だから(笑)」


三月さん…こういうこと仕掛けるの本当に上手い…ありがたいんだけど、何だろう…速見先輩のあたりから部屋の温度が下がっていくような…


女将「…でも、そうですね…旦那には感謝してますね。私…このお宿畳む積もりだったんですよ。でも、今思うと…畳んでいたら…私死んじゃっていたかも」


「……」


女将「あの時の旦那には結構酷いこと言われたんですよ『君とこのお宿を慕って来る人の為に死んだ気で働け!』とか。」


女将「それで私切れちゃって『そんなの一人じゃ出来ない!』って、そしたらあの人『一人じゃないだろ!なに言ってるんだ。ここにいるみんなが君を心配している。それで足りないって言うなら、俺がやってやる!』って」


女将「最初はね、従業員のみんな『素人が突然出来るわけない』ってあの人のこと、冷ややかに見てたんですよ、それがいつの間にかみんなの中心。今じゃ銀行交渉までやってくれてます」


女将「なんでここまでやってくれるの!?って聞いたんですよ。そしたら『俺もここに来る前に死んでたから死ぬ気でやった』って笑ってました」


そして女将さんは俺たちを見回して…


女将「だからあの人は返しませんよ(笑)…香緒里さん!」


花のような笑顔を見せたんた。



まあ、いくら田仲が頑張りを見せたにせよ、周りからみたら田仲はまごうことなき不審者で女将さんの周りを飛ぶ悪い虫。

女将さんを守るべく、かなり早い時点で田仲の正体は常連客手配の興信所のレポートで女将さんの手元に届いていたらしい。


その中には、元妻の香緒里が重度のうつ病だったことも入っていたらしく


女将「香緒里さん、回復して本当に良かったですね」


女将さんはにっこりと笑った。


三月「なんだ田仲、完全に杞憂じゃん」


でも…と女将さん、香緒里を寝取りにいった俺のことは絶対許さないそうな(汗)。


とりあえず、俺たちの正体は、チェックインカード記載の時点で、女将さんには完全にバレておりました。


ちなみに田仲との馴れ初めは、やっぱり女将さんからで『やってやるって言ったんだから責任持って一生やってよ!』だったらしい。


田仲…相変わらず決まんないのな…



沙織「達也、お疲れ~」

「あれ?香緒里はどうしたんですか?」


宿到着後、男女二手に別れての入泉。

優くんと三里亜ちゃんは、俺たちと男風呂に。


三月さん親子を置いて部屋に戻ると居間には速見先輩が一人で本を読んでいた。

湯上がりの浴衣姿がちょっと艶めかしくて、目のやりどころに困る。

(参考画像 沙織浴衣姿)

https://kakuyomu.jp/users/kansou001/news/16818093081336025191


沙織「パパは?」

「あの人もお子さんもお風呂長いです。置いてきました」

沙織「それは激しく同意。あ~香緒里はね、女将さんと一緒にお風呂入ってる」


…へ?


「そんなのありなんですか~!?」

沙織「こじんまりとした温泉宿だし良いんじゃないの?女将さん休憩時間だって言ってたし」

達也「で、でも!二人っきりで、置いてきちゃったんですか~?」

沙織「大丈夫じゃない?思ったよりも和気あいあいとしてたし」


…この人、仕事以外だとほんと大雑把…



沙織「国見様、粗茶でございます」

「そんな、先輩手ずからのお茶なんて」

沙織「珍しくもないでしょ?昔は3時に会社にいたら、女子社員で手分けして出していたわよ」

「そんな時代でしたね。懐かしいな」


沙織「ね~達也?」


突然だ。先輩の雰囲気が変わった。


「な、なんですか?その物言い…嫌な予感しかしないんですが」

沙織「あんたさ~、入社直後しばらくは、私のこと好きだったでしょ?」

「…な!(汗)」


沙織「…私のこと好きだったでしょ?(に~~っ)」


もう!


「はいはい、分かりました!昔の話ですが、確かにあなたに惚れてました!」

沙織「やっぱり~(笑)」

「ったく、若気の至りだ!」


沙織「はは!…ねえ~達也?」

「も~なんです?」


沙織「あの頃さ~、私あんたのこと、結構気に入ってたよ?」


「…な!」


沙織「本当だよ?」


そう言って浴衣姿に艶やかな黒髪の速見先輩は、「鶴姫」と言われた無二の清楚さに今は人妻の妖艶さも醸し出していて…


沙織「…本当だよ?」

「…」

沙織「達也が入社した頃は、私、支店の同期と付き合っていたけど、飲み会の後ホテルに連れ込まれそうになって引っばたいて別れたから、その後パパに会うまではフリーだったし…あんたが本気で口説いてきてたら墜ちてたんじゃないかな~」


そう言って先輩は楽しそうに笑う。くそ~負けっぱなしはやだな~。


俺は精一杯の反撃を試みる。


「先輩、俺が会社辞めようと思った直接の原因はね?」


沙織「うん?」


「先輩の転勤後の流産事件を聞いたからなんですよ」


沙織「…あ」


「あれで会社に失望しましてね。当事者の処遇が甘いようなら俺の手で直接潰してやろうかと」


沙織「…達也」


「でも、三月さんがあっさり証拠の録音を録ってきてくれて…動き易かった」


沙織「ん~、そのあたり、パパに任せちゃったから良くわからないんだよね~。私、あの時半分鬱だったから」

「…」


沙織「落ち込んでるあたしをパパがハワイに誘ってくれて…何もかもが新鮮で…気持ちがどんどん落ち着いていった。パパ、あたしも自分も無職になっても構わないって覚悟を決めていたみたいでさ」

「…」


沙織「…背負ってくれる旦那って良いよね」


「…で、女将さんも田仲に惚れたと」

沙織「香緒里もだよ、カッコ良かったんじゃない?あんた」

「そうなら良いんですけどね、、、」



沙織「(ところでさ~あんた気がついてる?)」

速見先輩から、いきなりのブロックサインだ!


俺と速見先輩は、結構長い間ツーマンセルで仕事していた。その交渉ごと用のブロックサインは、かなり複雑なことを伝えられる。


「(なんかみんなで出歯亀やってますね?)」

沙織「(いやだな~あたしたち、なんか疑われてるのかな?)」

「(面白がってるだけじゃないですか?)」

沙織「(腹立つな~、あの二人のほうがよっぽど疑惑のカップルなんだけど)」

「(まあ、昔ですが、やることやってる二人ですからね)」

沙織「…(ごめん、あれはお膳立てした、あたしが悪かった)」

「(しかしこのまま声掛けるだけじゃつまんないですね)」

沙織「(ちょ~っと、演技入れちゃおうか(笑))」


「速見先輩、俺、今でもあなたが好きです!」

沙織「達也…」


(ガラッ!)、


三里亜「きゃ~」

優「カッコいい~」

三月「達也、てめ~ふざけん…な?」

香緒里「た!たっちゃん!今更な…に、言って?」


俺と速見先輩は冷ややかなジト目を浴びせた。


達也「いつから出歯亀やってるんすか(呆)」

沙織「パパ!?(怒)」


三月・香緒里「すみませんっした!(汗)」

優・三里亜「…でした~」



「で?女将さんとの話は?」

香緒里「うん!良かった!本当に良かったよ。もうこれで帰っても良いな!」

沙織「田仲とは話さなくて良いの?」

香緒里「女将さんも気にしてくれたんだけど、無理に話さなくても、このままで良いかな~と」

三月「そっか」

香緒里「女将さんにお願いして手紙だけ渡して貰った」


達也「そうか」

香緒里「うんっ!」



【香緒里サイト】


翌朝、私たちのチェックアウトを見送る女将さんの横には、直哉さんの姿もあった。


田仲「お元気で」

女将「またいらしてください」



香緒里「元気でね!」

田仲「君もな!」


最後に、最後に一言だけ…でも万感の思いを込めて。

そして私たちの恋は終わったんだ。

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