閑話――主人公sの休日――
主人公sの休日
Side明久
「ふあ~。よく寝た~」
上半身を起こし、少し伸びをして、明久はベッドから降りた。部屋に日の光を取り入れる為隙間から陽光が差すカーテンを開ける。
「うん。今日も良い天気だ」
彼の言葉通り、窓から見える空は、雲が1割未満しかない。所謂、快晴だ。
「さて、朝ご飯でも食べようかな」
吉井明久という人物を知る人ならこの台詞に違和感を覚えるかもしれない。実際彼は数日前まで朝食どころかその日食べる物にすら苦心していたのだ。だが、今彼は朝食用に食パンを切り分けトースターにセットし、冷蔵庫から紙パックの野菜ジュースを取り出した。
「これも姫路さん達のお蔭だね」
そう。明久が今人並みかそれより少し低い水準の食生活を送れているのは、ひとえにクラスメート、主に姫路瑞希と島田美波そして神崎秀隆のアドバイスのお蔭だった。
「まさかこんなにパンやジュースが安く買えるなんて思わなかったよ」
瑞希と美波は、主に『買い物術』を明久にアドバイスしていた。例えば『スーパーより商店街の方が安い時がある』とか『ジュースやお菓子は薬局で安く買える』などである。実際、明久が今焼いている食パンは商店街のパン屋で一斤買いしたもので、スーパーより2割程安く買えた。ジュースも、スーパーなら一本100円少々のものを薬局で80円で購入したのだ。
――チン――
と、トーストが焼けた合図のベルの音が鳴った。
「お。焼けた、焼けた。さあ食べよう」
こうして明久は細やかな、しかし彼にとっては贅沢な朝食を摂った。
――1時間後――
「うん。バッチリ!」
明久は鏡の前で身だしなみのチェックをしていた。普段は髪型や服装には拘らない明久だが、今日はばかりは特別だ。
「あ、もうこんな時間か。そろそろ行かないと!」
明久はカバンを引っ手繰るようにして取ると、急いで靴を履き、勢いよく玄関から外に出た。
――30分後――
明久は文月学園近くの商店街、その中央に位置する噴水に居た。腕時計と噴水に備え付けられた時計、更には携帯の時計も確認して、待ち合わせ時間に間に合った事を確認した。
「ふう。こうしていられるのも、秀隆とムッツリーニのお蔭だね。軍資金も出来たし」
秀隆は、明久に『資金繰り』についてアドバイスしていた。
「まさか僕が自ら漫画やゲームを手放すなんて」
秀隆は明久に『漫画やゲームを売る事』を提言したのだ。明久も最初は渋ったが、
「やらないゲームや読まない漫画は、例え名作でも持っているだけじゃ『宝の持ち腐れ』だ。それならネットオークションや古本屋に売って欲しい人に手渡した方がいい。何より、お前の部屋にもう置く場所がないだろう?」
秀隆の言う通り、明久の部屋はゲーム、漫画、聖典(エロ本)などで埋め尽くされ、これ以上物が置けない状況だった。それにこれからも欲しいゲームや漫画は次々に出て来る。なので、明久は泣く泣く本当にやらなくなったゲームや読まなくなった漫画を売り払うことにした。何故ネットオークションかと言うと、モノによってはプレミアムがつき市場価格よりも高く売却される可能性があるからだ。
その手のモノに詳しい康太にマージンとして売却価格の1割を支払う契約で仲介してもらったところ、何と明久の予想より遥か高値で取引された。これで明久は当面の食費の他に今日の軍資金も手に入れることができた。
「吉井君! お待たせしました!」
「アキ! ヤッホー!」
明久が携帯で次の新作ゲームの情報を検索していた時、瑞希と美波が現れた。明久は慌てて携帯を隠すと――
「ううん。僕も今来たところだよ」
と男が一度は言ってみたい台詞の一つを笑顔で言った。そう。今日、明久は瑞希と美波の3人で買い物に行くのだ。と言ってもメインは女子2人で明久はその付き添いである。
そうは言っても、本人のスタンスがどうあれ、傍から見たら両手に花のリア充以外の何者でもなかった。実際、明久に向かってモテない野郎共の嫉妬の視線が突き刺さっていた。
「ふふ。吉井君、それ嘘ですね?」
「え?」
「さっき携帯見てたの、見えてたわよ?」
「あちゃ~」
明久は恥ずかしくなって後頭部を掻いた。しまらないのは明久らしいと言えばらしい。
「まあいいわ。行きましょう」
「そうですね」
そういうと、瑞希と美波は明久の腕に自分の腕を絡めた。立ち位置は明久を真ん中にして右が瑞希、左が美波だ。この光景を見て、増々明久への嫉妬の視線が強くなった。
「え? ちょっ!2人とも!?」
明久は二人の突然の行動に目を白黒させた。
「何よ? 文句あるの?」
「な、ないです……」
美波が笑顔ですごむ。明久は「これは逆らえない」と感じ、諦めてそのまま従うことにした。
「ふふ。よろしい。さ、行きましょ」
「はい」
「うん」
3人は目的地であるショッピングモールに向かう為、そのままバス停に歩いて行った。
「くくく。そうはいくかよ。明久、テメエだけ幸せになろうなんて俺が許さねえぞ」
その背後に黒い影が迫っているとも知らずに。
「……雄二、早く行く」
「あだだだ! わ、分かった! 分かったからアイアンクローで引っ張るのはヤメロ!」
「アレはお姉さま……と豚野郎! こうしてはいられませんわ!」
その背後に黒い影が迫っているとも知らずに。
Side秀隆
「ん、あ~」
明久が起床したのとほぼ同時刻、秀隆も起床した。
「……飯食うか」
起床したばかりでまだ眠たい眼を擦りながら、秀隆はもそもそと台所に移動した。
「ふあ~……寝みい」
欠伸をしながら朝食の準備をする秀隆。トースターに食パンをセットし、電気ケトルでお湯を沸かす。その間に冷蔵庫から出来合いのサラダを取り出す。サラダをテーブルに置くと丁度お湯が沸いたのでドリップのコーヒーを入れた。
「いただきます」
手を合わせて朝食を摂る秀隆。メニューは明久とほぼ同じ。違うのはサラダとコーヒーだけである。秀隆が朝食を食べていると――
――ピンポーン――
インターホンのチャイムがなった。
「誰だ? こんな時間に」
時計を確認すると午前8時を少し回ったところ。今日は明久たちと遊ぶ約束はしていないし、宅配便が届く予定もない。
「は~い」
時間が時間とは言え出ないわけにもいかず、秀隆は重い腰をあげる。
「どちらさ……」
「おはよう」
ドアを開けると、そこに優子がいた。
「……何の用だ?」
「あら? 用がないと来ちゃいけないのかしら?」
ジト目で聞く秀隆に、優子は澄ました顔で首を傾げて聞いた。傍から見れば可愛らしい行為であるが、今の秀隆にとっては鬱陶しい以外の感情は芽生えなかった。
「……まあいい。取り敢えず上がれよ」
「そのつもりよ。お邪魔します」
優子は遠慮する素振りも見せず秀隆の部屋に上がった。
「取り敢えずそこに座ってくれ。あとコーヒーと紅茶どっちがいい?」
「じゃあ、紅茶で」
「ん。パックしかないぞ」
「構わなわよ」
秀隆はティーカップにパックの紅茶を淹れると優子に出した。
「ありがとう。あ、朝食まだなら食べてていいわよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
秀隆も椅子に座ると朝食の続きをとった。
「(……にしても、態度変わりすぎだろう)」
秀隆は朝食を食べながらそう思った。
「(この間までお互いにいがみ合ってたっつうのに。あれ以来すっかり前と同じ、いやそれ以上に絡んでくるようになったな)」
小学校の頃はよく秀吉や優子と一緒に遊んでいた秀隆。もちろん、お互いの家に行ったことも何度もある。だが、今日の様に事前に何の連絡もなく突然押しかけて来ることはなかった。
「(……まあ別にいいけどな)」
秀隆もこの状況は満更でもないようで、特に文句も言わずに食べ続けた。
「で、要件は何だ?」
食後のコーヒーを啜りながら秀隆が優子に尋ねた。
「要件?」
「あるんだろう? お前がそんな格好するなんて普段だと考えられないからな」
「アンタの中で私は普段どんな格好で過ごしてんのよ?」
秀隆がそう言うのも無理はない。普段の優子の服装は基本的にTシャツとジーンズ。もしくはジャージ、酷い時は下着姿なんてこともある。まだ二人が不仲だった頃に、秀隆が秀吉に強引に木下邸に招かれた時、そんな優子に何度も遭遇しては言い争っていた。実はこれも秀吉が二人の縒りを戻そうした為だったのだが、この頃は完全に裏目に出ていた。
「まあ深く聞かないことにするわ」
「そうか。で?」
「買い物に付き合ってほしいのよ」
優子の要件は買い物の付き添いだった。
「何で俺が? 工藤とか霧島はどうした?」
「その愛子と郊外のショッピングモールに行く予定だったのよ。けど今朝になって部活の練習を忘れてたって電話があったの。因みに代表は坂本君とデートだって」
優子は「ヤレヤレ」と首を振った。
「事情は分かった。けど他の奴は? 佐藤とか?」
「美穂は今日塾の模試だそうよ」
「Aクラスの他の女子」
「皆既に予定あり」
「姫路や島田」
「二人とも吉井君とデートだってアンタも知ってんでしょ」
「リリア」
「ご両親と温泉に行くそうよ。トレイズ君が一緒に行くって言ってたわ」
「……秀吉」
「何が悲しくて弟とこんな格好して買い物に行かなきゃなんないのよ。それに秀吉は今日は部活よ」
「……」
万策尽きたとはこのことである。
「はあ~」
秀隆は溜め息を吐くと、改めて優子の格好を観察した。薄いライムグリーンのワンピースが爽やかな印象を与える。鮮やかなオレンジ色のポッシェットとのコントラストが中々いい風合いになっている。
「(工藤からドタキャンされたのは……着替えた後、いや家を出て少ししてからか。そんで手あたり次第に電話して残ったのが俺だったってとこか)」
優子の話と優子が来た時間から秀隆はそう推測した。
「……何よ? 人の事ジロジロ見て」
「ん? ああ。悪い」
どうやら考えごとに耽って優子を凝視していたようだ。見つめられていた優子は顔を少し赤らめて抗議した。秀隆はそんな優子の様子に気づいてはいなかったが。
「それで、行くの? 行かないの?」
「行くって言うまで居座る気だろ。お前結構頑固だからな」
「分かってるならさっさと準備しなさい」
「へいへい」
優子に催促され、秀隆は着替えるために自室に入った。
Side明久
「吉井君、これどうですか?」
「うん。似合ってるよ」
「アキ、これ見て見て!」
「へえ。いいんじゃない?」
明久達3人はショッピングモールにある洋服店に来ていた。洋服と言っても女性物の専門店なので明久は2人が次々に持ってくる服の感想を言うだけだった。
「もう! アキったらさっきから同じ感想ばっかりじゃない!」
「そ、そう言われても……」
明久は基本的ファッションに疎く、それも女子の流行にはてんで興味がなかったので在り来りな感想しか出てこなかった。その上、只でさえレベルの高い2人なので、明久は何を着ても似合うとしか思えなかった。
「まあまあ美波ちゃん。次のお店に行ってみましょう?」
「そうね。アキ、次はちゃんと感想を言いなさいよ!」
「わ、分かったよ……」
3人の買い物は続く。
Side秀隆
「あら。これ結構良いじゃない」
「ええ。良くお似合いですよ」
「あの、優子さん?」
「ああ、こっちも捨てがたいわね~」
「でしたらこちらなんて如何でしょう?」
「もしも~し」
ショッピングモールに来て約1時間。秀隆は優子の着せ替え人形になっていた。最初は優子の服などを見ていたのだが、何故か途中から秀隆のファッションの話になり、優子が
「私がコーディネートしてあげる」
といきなり秀隆の服を物色し始め、最終的に店員を巻き込んで(ただしこの店員ノリノリである)、今に至る。
「ほら、アンタはどう思う?」
「別に俺はどうでも……」
「あらいけませんよ。最近は男性もファッションに気を配る時代ですから。多少の知識と興味は持ち合わせていませんと」
「……」
女性2人のテンポとテンションに、秀隆はついていけなかった。
「……取り敢えずこれで」
最初のうちは買うことを渋っていた秀隆も、優子達の勢いに押されて服を一着購入するはめになった。
No Side
「「「「「あ」」」」」
ショッピングモールのレストラン街。そろそろ昼時で誰もが食事を摂ろうとしている。そんな時、秀隆達5人は鉢合わせした。
「お前らも来てたのか」
「秀隆達だって」
「瑞希達が言ってたショッピングモールってここだったの」
「まあね。この辺じゃあここが一番大きいからね」
「優子ちゃんも神崎君とお買い物ですか?」
5人は話し合った結果、一緒に食事をすることになった。
――レストラン――
明久達は取り敢えず近くにあったファミリーレストランに入った。席についてそれぞれメニューを見て食べるものを決めている。
「私は『春野菜のサラダスパ』にしますね」
「あ、ウチもそれにする!」
「私は『クラムチャウダーのパンセット』にするわ」
「僕は『和風おろしハンバーグ』で。秀隆は?」
「『オムライス』」
秀隆の注文に、明久達の目が点になった。
「……何だよ?」
「いえ、その……」
「意外と子供っぽいもの頼むのね」
「そうか?」
「うん。何か、こうもっと大人っぽい『フィレステーキセット』とか頼むのかと思ったよ」
と明久は普段秀隆達にからかわれているので意趣返しを試みた。
「ステーキのどこが大人っぽいんだ?」
「え、えーと……」
秀隆の質問に詰まる明久。意趣返しはアッサリと打ち砕かれた。
「ほら。吉井君をからかわないの。決まったんなら店員を呼ぶわよ?」
明久を弄る秀隆を優子が諌め、店員を呼ぶために呼び鈴を押した。
「ご注文をお伺いします」
直ぐに店員が来たので、5人は先程決めたメニューを注文した。
「ではごゆっくりどうぞ」
暫くして、5人の前に注文した料理がならんだ。
『いただきま!!』
食事の前に手を合わせて、5人は食べ始めた。
「……いまいちだな」
食べ始めた直後、秀隆が呟いた。
「そうですか?」
「おいしいわよ?」
瑞希と美波が首を傾げる。彼女たちは味に文句はないようだ。
「チキンライスの鶏肉はパサパサだしケチャップも酸味が強すぎる。卵が半熟なのは及第点だが、あまりフワトロってかんじじゃないな。62点ってとこか」
秀隆の口から次々にダメ出しが出て来る。明久達は作った人が可哀そうに思えてきた。
「そ、そんなに言わなくても」
「お前のも一口もらうぞ」
「あ!」
秀隆は明久の了承も得ず、明久のハンバーグを一口分取り口に運んだ。
「……んぐ。やっぱり。ハンバーグもパティがパサパサ。和風と言いながらソースは市販品のポン酢。56点だな」
「タカがファミレスの料理なんだから、そんなにレベル高いもの期待しても無駄でしょ?」
厳しい点数をつける秀隆に、優子は呆れ気味に言った。
「何を言う。最近は一般人も舌が肥えてきているんだ。ファミレスも顧客のニーズに応えていかないと直ぐに潰れるぞ?」
「アンタさっきと大違いね」
メンズファッション店でのことを思い出して、優子は溜め息を吐いた。
「ま、まあまあ。折角皆で食事してるんだから楽しく食べようよ!」
「そ、そうですよ!」
「神崎も優子ももっと笑って!」
明久達に言われて、秀隆と優子は互いの顔を見合った。
「……そうだな。スマンな」
「そうね。ゴメンなさい」
場の雰囲気を乱していたことに気づいて、2人は謝った。
「いいよ。さ、早く食べちゃおう」
「ああ」
それから、秀隆達は他愛ない雑談をしながら食事を続けた。
――数時間後――
「ああ! 楽しかった!」
「そうですね」
「ホントね」
「私も結構楽しめたわ」
「まあ、悪くはなかったな」
明久達はショッピングモールからの帰りのバスから降りて口々そう言った。乗り気でなかった秀隆も何だかんだ言って結構楽しんでいた。
『『『ほう。それは何よりだな』』』
「「!?」」
と後ろから来た聞き覚えのある声に、明久と秀隆は振り返った。そこには――
「「FFF団!?」」
覆面を被り各々鎌やら斧やら武器を構えた異様な集団がいた。その異様さに、周囲の人々も不審がって近寄りもしない。通報されていないのが不思議なほどだ。
「これは僥倖。吉井に制裁を加えるつもりが、まさか神崎までもが我らの血の掟に反していようとは」
リーダー格と思わしき覆面の一人が低く嗤う。声からして須川あたりだろう。
「な、何でFFF団がここに? バレないように必死に隠していたのに!?」
「さk……コホン。とある筋から匿名のタレコミがあってのだ。『吉井が裏切った』とな」
「今『坂本』って言いかけたろ」
「雄二め。何の恨みがあって」
明久と秀隆がFFF団の対処に悩んでいると、
「お姉様!」
「げえ! 三春!?」
FFF団とは反対の方向からおめかしした清水三春が美波に向かった突撃してきた。
「お姉様! そんな薄汚い豚なんかといないで美晴と一緒に[[rb:楽園 > エデン]]に向かいましょう!」
「嫌よ! ウチは普通に男の子が好きなのよ!」
「違います! お姉様は美晴の事を愛している筈です!」
「違わないわよ!」
今度は美波と美晴の追いかけっこが始まった。
「くそ! これじゃ埒があかねえ!」
「秀隆、どうするの?」
「明久君! 学園に行くのはどうですか?」
瑞希が文月学園に行くことを提案した。
「学園?」
「そうか! 姫路ナイスだ!」
「早速行きましょう! 美波!」
「学園ね、分かったわ!」
「逃がすな! 追え!」
「お姉様! お待ちになって!」
明久達は学園に向けて走り出し、FFF団と清水もそれを追って行った。
――文月学園――
「すみません西村先生。今日は非番でしたのに……」
「なに、気にしないでください。忘れ物取りに来たついでですよ」
学園の廊下を、西村教諭と高橋教諭が段ボール箱を抱えながら歩いていた。ただしその量は高橋教諭が一個に対し西村教諭は十個も持っている。どれだけ筋力が凄いんだこの生活指導教員は。
「先生!」
「あれは……吉井君達?」
段ボール箱を運んでいると、前方からこちらに向かってくる一団が。高橋教諭が目を凝らすと、それは明久達だった。
「はあ、はあ……」
「どうしたお前ら? そんなに息を切らして」
西村教諭が段ボール箱を脇に置いて聞いた。秀隆以外は皆息を切らしていて、瑞希に至っては今にも倒れそうなくらいだ。
「先生。模擬試召戦争の召喚許可を下さい。相手は――アイツ等で」
秀隆が指さす方向には、清水を筆頭に土埃を巻き上げながら向かって来るFFF団の姿があった。
「はあ。全くお前達は……休日だと言うのにトラブルを持ち込みおって……」
「俺だってできればtoLoveるの方が――」
「ふざけないの。先生、お願いします!」
「まあ、いいだろう。時には戦って分かり合うのも青春だ」
「しかし、あの人数ですとフィールドの範囲が……」
流石に教師1人であの人数を一度に収容する範囲のフィールドを張ることは不可能だ。
「なら同じ科目でフィールドを張ったらどうでしょう?」
「ふむ。確かにそれなら可能だな」
「では教科は何にしますか?」
召喚を許可し高橋先生が強化を尋ねる。秀隆、優子、瑞希この3人がいるので選択する教科は当然、
「化学で」
一択である。
「分かりました」
高橋先生が頷いた時、FFF団+清水が追いついた。
「Fクラス神崎秀隆」
「Fクラス吉井明久」
「Fクラス姫路瑞希」
「Fクラス島田美波」
「Aクラス木下優子」
「「「「「FFF団と清水美晴に化学勝負を申込む(((みます)))!」」」」」
「「承認(します)!」」
2人分の化学フィールドが展開され、秀隆達5人の召喚獣が召喚された。
『な、コイツ等召喚しやがった!?』
「ええい、怯むな! 相手はたった5人だぞ!」
「お姉様! 三春と共にXanadu(理想郷 )へ!」
清水達も召喚し、模擬試召戦争が始まった。
Fクラス 神崎秀隆 化学 469点
Fクラス 吉井明久 化学 57点
Fクラス 姫路瑞希 化学 372点
Fクラス 島田美波 化学 65点
Aクラス 木下優子 化学 421点
VS
FFF団&清水三春 化学 平均59点
「かかれー!」
『『『おおー!!』』』
須川の号令でFFF団が突撃する。
「面倒臭え! 『展開』!」
秀隆が腕輪を発動させ盾が現れる。
「明久、乗れ!」
「OK!」
明久の召喚獣が秀隆の盾にウェイクボードの様に飛び乗った。
「GO!」
そして秀隆は明久を乗せたまま盾を操作し、突撃してきたFFF団の上空に移動させた。
「しくじるなよ、」
「任せて!」
明久を乗せた盾が突撃部隊の中心目掛けて急降下する。
「飛天翔s「明久流星!」ってちょっとお!」
『『『「ぎゃあああ!!!」』』』
秀隆は明久ごと盾をぶつけて何人かを戦死させた。
「戦死者は補習! と言いたいが状況が状況だ。なので、今回戦死した者は週末の補習時間を倍にする!」
戦死者に更なる地獄が予告された。
「まったく。少しはスマートにできないの?」
「吉井君、大丈夫ですか?」
戦死を逃れた輩を、優子と瑞希が次々と斬り伏せていく。因みに美波は――
「オネエサマー!!」
「ひい! こっちこないでよ!」
清水と鬼ごっこ(バイオハザード)を繰り広げていた。
「仕方ねえな。明久!」
「ふえっ!?」
秀隆はノビていた明久の召喚獣を盾で器用に掬い上げた。
「お姫様の危機だ。ちょっくらお助けして来な!」
「え、ちょっ、うわあっ!」
そして、そのまま明久の召喚獣を美波と清水の召喚獣に割り込ませた。
「アキ!」
「豚野郎! また三春の邪魔をする気ですか!?」
「いてて……。こうなったらやってやるよ!」
明久は清水と戦闘を開始した。
「吉井君! 美波ちゃん!」
「瑞希! 気持ちは分かるけど今はこっちに集中して!」
「けど……」
「吉井君なら大丈夫だから」
「心配ねえよ」
明久達の元に向かおうとした瑞希を、優子と秀隆が止めた。
「明久が心配なのは分かるさ。けどアイツは佐藤と互角以上の勝負をしたんだ。そう簡単には戦死しやしないさ。いや、今のアイツなら清水ごときに遅れはとらねえよ」
「……分かりました。早く終わらせましょう!」
「その意気よ」
秀隆の言葉で、瑞希は前をキッと睨み敵の殲滅に集中した。
「このっ! 豚野郎! 早く補習室(地獄)に堕ちなさい!」
「嫌だよ!」
「アキ、加勢するわ!」
明久は美波と共に2人掛かりで清水に挑む。
「お、お姉様!? 何故豚野郎なんかの味方に!?」
「アキを豚扱いする奴の味方なんかになるわけないでしょう!」
「お姉様はソイツに騙されているだけです!」
「ウチのこの気持ちは本物よ!」
「……あれ? これ僕空気?」
助けに来たつもりが、いつの間にか繰り広げられていた女同士の闘いに、明久は空気と化していた。
「ったく。締まらないな」
「まあ吉井君らしいんじゃない?」
「そうだな」
『な、何でコイツ等話しながら戦えてるんだよ!?』
『化け物か!?』
「「失礼な!」」
FFF団が驚くのも無理はない。秀隆と優子は話しながらどころか、たまに召喚獣すら見ずに戦っているのだ。FFF団の言う通り、もはや化け物の域である。
「さすがに数が面倒臭えな。優子!」
「――OK!」
秀隆の意図を察した優子は、秀隆の合図に、召喚獣に投擲の構えを取らせる。
「風牙絶咬! 噛み砕け!」
秀隆の召喚獣が敵の間を縫うようにして高速で移動しながら敵を貫いていく。
「『貫け』!」
タイミングを見計らって優子がランスを投げた。しかしその標的は――
『馬鹿め! 仲間割れしやがった!』
秀隆だった。ランスが徐々に秀隆の召喚獣の背中に迫る。
「そう思うよな?」
『は?』
秀隆の召喚獣が方向転換する。当然それを追ってランスも軌道を変える。
『え、ちょっ――』
――ザシュ――
ランスの軌道上に居たFFF団の召喚獣が貫かれる。だが、本当の恐怖はここからだった。
『ちょっと待て! 何でまだ追いかけてるんだ!?』
優子の召喚獣が放ったランスは手元に戻ることはなく、そのまま秀隆を追い続けた。当然、その間にも射線上にいた召喚獣は貫かれ、ドンドン戦死者は増えていく。
「優子ちゃんの槍って当たったら戻ってくるんじゃないんですか?」
「そうよ。私のグングニルの能力はね、正確には『対象を貫くまで追い続ける』能力なの」
「じゃあ神崎君との時は?」
「確かに俺のサテライト・シールド、正確にはその盾のイージスだな、の能力は『どんな攻撃でも耐久値までは完全に防ぐ』だ。けどあの時は優子が意図的に盾を狙ったからな」
「あっ! それで盾を壊したから戻ってきたんですね」
「そういうこと」
つまりは元々の『標的』が違うのだ。実際に戦っていた秀隆は優子の能力に気がつけたが、観戦していた他のメンバーは瑞希を含めその能力を勘違いしていた。それゆえに、この戦略も通用している。
「どのみち、私のグングニルはイージスかそれと同等以上の防具でしか防げず」
「俺のイージスはグングニルと同等以上の攻撃でしか一撃で破壊できない。だから――」
「「テメエ等(あなた達)の召喚獣を貫くことは雑作でもないんだよ(のよ)」」
互いの能力を知り尽くした。2人ならではの作戦だった。
「そこです!」
「きゃあ!」
美波の召喚獣から剣が弾かれる。今回も得点差から清水の方が勝っていたようだ。
「お姉様! これで――」
「終わるのは君だよ! 邪霊一閃!」
清水が美波に止めを刺そうとした時、その隙を狙って明久が清水の召喚獣を飛び込み斬りから右に斬り抜けた。それまでのダメージもあって、清水の召喚獣は明久の手で戦死した。
「お、殺ったか。明久」
「字がおかしいわよ」
「こっちも終わりましたね」
それと同時に、秀隆達もFFF団を殲滅した。
「そ、そんな……私が、豚野郎なんかに……こうなったら!」
「し、清水さん!?」
清水が両手一杯にナイフとフォークを握って明久に襲い掛かろうとしたが、
「そこまでだ」
「くひぃ!」
フィールドを閉じた西村教諭が清水の首筋にチョップを喰らわせて気絶させた。
「おお。首筋当て身。見事に決まったな」
「そこって感心するとこなの?」
秀隆は、西村教諭の格闘の技量の高さに改めて感心していた。
「まったく。俺は清水を保健室に連れていくから。お前達はもう帰りなさい」
「では私もご一緒します」
西村教諭は清水を抱え(ただし荷物の様に肩に)保健室へ行き、高橋教諭もそれについて行った。
「じゃあ、帰るか」
「そうだね」
「はい。そうしましょう」
「ウチ、何かドッと疲れたわ」
「ご愁傷様」
秀隆達は西村先生の言いつけ通り学園を後にし、帰路に着いた。
Side明久
「あ、2人ともちょっと待って」
秀隆、優子と別れてから暫くして、明久が瑞希と美波を呼び止めた。
「何よ?」
「何ですか?」
明久の呼び掛けに2人が振り向く。
「うん。2人に渡したいものがあるんだ」
そう言って、明久は2人に其々1つずつ小袋を手渡した。
「これは?」
「開けてみてよ」
明久に促され、2人は小袋を開けた。
「わあ!」
「きれい……」
そこに入っていたのは、瑞希のはアクアマリンの、美波は翡翠の天然石で出来たストラップだった。
それは秀隆達と合流する少し――
『あ、2人ともちょっと待ってて』
『どこへ行くんですか?』
『ついて行く?』
『いいよ。直ぐ済むからそこで待ってて!』
と明久が2人で内緒に買ったものだった。
「2人の誕生石を選んでみたんだ。あ、一応僕のも買ったよ」
と明久は自分の携帯を見せた。そこには、ローズクォーツのストラップが付いていた。
「「吉井君(アキ)……」」
「本当はブレスレットとかが良かったんだけど、鉄人に見つかったら厄介だからねって2人ともどうしたの?」
瑞希と美波は、顔を俯けながら貰ったストラップをギュッと握りしめていた。
「も、もしかして気に入らなかった?」
不評だったかと不安になった明久は恐る恐る聞いた。
――ギュギュ――
「ひ、姫路さん!? 美波!?」
瑞希と美波はいきなり無言で明久を抱きしめた。
「「吉井君(アキ)。ありがとう! 一生大事にします(するね)!」」
「ど、どういたしまして……」
夕焼けの中、いきなり訪れた天国に、明久は呆けたようにそう言った。
Side秀隆
明久達と別れた後、秀隆と優子は夕時の道を歩いていた。
「優子」
「何よ?」
前を歩いていた秀隆が、唐突に優子の名前を呼んだ。
「……やるよ」
「え? ちょっとと……」
徐に後ろの優子に向かって前を向いたまま肩越しに包みを投げた。
驚いた優子は戸惑いながら、辛うじてその包みをキャッチした。
「もう! いきなり何よ?」
「悪い悪い。いいから開けてみろよ」
優子の方を見もしないで謝る。秀隆に言われて、優子はまだブツブツ言いながら包みを開けた。
「コレ……髪飾り?」
そこには、燕やら鴎やらペンギンやら、数種類の鳥の飾りが付いた髪飾りが入っていた。
「こんなもの、いつ買ったのよ?」
「お前がトイレにいった時。トイレの前のアクセサリーの屋台にあったのをな」
「ああ。あの時ね」
優子はいつどこで秀隆が髪飾りを購入したのか直ぐに理解した。
「何で髪飾り?」
「お前よく秀吉と間違われるだろ?」
「ええ。もの凄く不本意ながらね」
その容姿のせいで、優子は今までかなりの頻度で秀吉に間違われていた。
それは秀吉も同じことで、その勘違いにより秀吉何度も『男子』から告白を受けていた。間違いと知りガッカリする男子の姿も何度も見てきた。その度に、優子は何とも言いようのない、やるせない気持ちになっていた。
「それ着けとけば間違われる回数も減るだろうよ。髪飾りなら、ぱっと見ですぐに分かるしな」
「鳥の理由は?」
「Aクラスだと何かと気を張るだろ? 『模範的生徒』とか言って」
「まあ、そうね」
Aクラスは学年の頂点。なので、必然的にそのような目で見られるし、無意識にでも学年の規律となる模範的な振る舞いが求められる。当然優子もこの例に漏れず普段は優等生として行動していた。
「だからよ。たまには羽目を外して自由になってもいいんじゃないか? 空を飛ぶ鳥みたいに、さ」
振り返った秀隆は、悪戯っ子の様に無邪気な笑顔を見せた。
「……ぷ。何よ、『鳥みたいに、さ』って。気障っぽい。それにペンギンは飛べないでしょ?」
「そりゃあ悪ぅござんした。それと、ペンギンは海を飛ぶように泳ぐからいいんだよ」
自覚はあったのか、大げさに手を広げて嘆いてみせる。その仕草が妙に子供っぽくて、優子は自然と微笑みをこぼした。
「ま、折角だし貰っといてあげるわ。感謝しなさい」
「そりゃどうも」
「「……」」
「くくく」
「ふふふ」
黄昏の空に、2人の笑い声が静かに響いた。
――翌日――
「よう、雄二」
「秀隆か。うっす」
次の日、学園の玄関で秀隆は雄二に会った。
「ところで雄二。昨日須川達に会ったか ?」
「須川? いや。会わないが?」
「そうか。いやな。昨日『明久』達と偶然出くわしてな」
「そ、そうか。そんな日もあるんだなー」
明久の名前を聞いた途端、雄二の額から冷や汗が一筋流れた。
「ああ。でな、その後FFF団と清水に襲われたんだ」
「ああ。そりゃあ災難だったな」
平静を装ってはいるが、雄二の流れる汗の量が増えた。
「その時須川が言ってたんだ。『タレコミがあった』ってな」
「おっと秀隆! そろそろ教室に行かないと遅刻するぞ!」
明らかな話題転換。既に犯人は雄二だと確信していたが、これで決定的になった。
「まあ焦るな。まだお前に言いたいことを言ってないんだ」
「……何だ?」
青ざめる雄二に、秀隆は『いい笑顔』で告げた。
「Go to Hell」
「サラバだ!」
「……待って、雄二」
「あだだだだだだ!」
その場を離脱しようとした雄二を、翔子の全力アイアンクローが襲った。
「し、翔子! いきなり何しやがる!」
「……さっき神崎に聞いた。これから雄二が船越先生にプロポーズするって」
「はあ!? 俺はそんなことする気は――」
「……浮気は許さない。みっちりじっくりねっとりその罪を身体に教えてあげる」
「ま、待て! 誤解だ翔子! 話せばわか――」
雄二は最後まで台詞を言うことなく翔子に連行され闇に消えた。
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