第十一問

第十一問


53点対97点。FクラスとAクラスの戦争は、今戦争最大の大差で幕を下ろした。この結果に込み上げて来るものは、


「雄二いーー!!!」


怒り以外の何物でもない。Fクラスの面々は正に鬼の形相で雄二の元になだれ込んだ。


「……雄二、私の勝ち」

「……殺せ」

「いい覚悟だ! 望み通り殺してやる! 歯を食いしばれ!」

「よ、吉井君落ち着いてください!」

「よしなさい、アキ!」


雄二に殴りかかろうとする明久を、瑞希と美波が止めた。


「離して、姫路さん! 美波! このバカには喉笛を引き裂くという体罰が必要なんだ!」

「「それは体罰じゃなくて処刑です(よ)!」」


明久達がもめる中、秀隆は静かに雄二に近づいた。


「やっぱり、こうなったか」

「お前、こうなると予想していたのか?」

「まあな。お前はこの作戦にかなりの自信を持ってたみたいだが、肝心のお前が不安要素だったからな」

「なら何故アドバイスの一つ寄越さない?」

「時間がなかったしな。まあ、小学生レベルの日本史と言えど覚える項目は山ほどあるんだ。仮に俺がアドバイスしたところで、それを数時間程度で完璧にするのはブランクのあるお前じゃ到底無理な話だ」


睨みつける雄二に、秀隆は肩をすくめて答えた。雄二は秀隆の返答を聞いて「なるほどな」と納得した。


「どっちみち、俺が翔子に勝つ可能性は限りなく0に近かったってわけか」

「ああ。だからお前に回るまで、あわよくば姫路で勝ちを決めときたかったが、中々上手くいかないものだな」

「だな」


雄二と秀隆は「ははは」と笑い合い、秀隆が雄二に手を差し伸べた。


「ん? ああ。悪いな」

「気にするな」


雄二が秀隆の手を取った瞬間――


「……何て言うと思ったか?」

「え?」


秀隆は雄二の腕を捻じり、雄二の身体を床に叩き付けた。


「あだだだ! て、テメエ何しやがる!」

「ふざけるなよこの馬鹿が。大体負けはある程度予想していたが、あの点数は何だ?」

「……如何にも、俺の実力だ」

「この阿呆が!」

「ぎゃあああ!」


秀隆による雄二への制裁が始まった。


「はあ……秀隆、その辺にしときなさい」

「止めるな優子。コイツにはこの世に生を受けた事を後悔する位の体罰が必要なんだ」

「それはもう私刑よ。というか、坂本君がいないと戦後交渉ができないじゃない」

「ちっ。仕方ねえ。雄二、命拾いしたな」


戦後対談のため、秀隆は雄二を解放した。


「結果は4対3でAクラスの勝利です。それでは代表のお二人は戦後交渉をお願いします」


高橋教諭が淡々と事後処理に入る。


「……賭けは私の勝ち」

「分かってる。何でも言え」


覚悟を決めたのか、雄二は大人しくなっていた。


「…………!!」

「ちょっとムッツリーニまだ早いよ!」


そして康太は物凄い勢いでカメラのレンズを磨いていた。


「……雄二、私と付き合って」

『『『……はい?』』』


霧島の突然の告白に、その場に居た生徒全員の目が点になり、開いた口が塞がらなくなった。


「やっぱり、まだ諦めていなかったか」


雄二は霧島の告白が予想できていたのか溜め息を吐いた。

雄二の言い方だと雄二は以前にも霧島に告白されたことがあるようだ。しかも一度や二度ではないらしい。


「ふ~ん。やっぱりこうなったか」

「なに? アンタ代表が賭けに勝ったら告白することしってたの?」

「まあ何となく予想はしていた」

「ふ~ん。で、アンタと代表はどういう関係なの?」


優子が不機嫌な声で秀隆に聞いてきた。


「ん? 赤の他人。友達でもなければ顔なじみでもないぞ。一回会った事はあるが」

「何時よ?」

「去年の秋頃だったか? 霧島がチンピラに絡まれていたんだ」

「それをアンタが助けた、と」

「ああ。そん時に霧島が言ってたんだ。『助けてくれてありがとう。けど、雄二の格好よさには及ばない』ってな。そん時はなんのことやらさっぱりだったけど。まあ本人がその事を覚えているかどうかは別だがな」


そういや、あん時も無表情だったな、と秀隆は当時を振り返る。


「……ふ~ん」


秀隆の説明を聞いて、優子は増々不機嫌になった。


「どうした?」

「べつに~」

「?」


秀隆は優子が不機嫌になった理由が一切理解できなかった。


「――は、放せ! やっぱりこの約束はなかったこ――」


――ピシャリ――


優子と秀隆が話をしている内に、雄二は霧島にアイアンクローで連行(拉致)されてしまった。恋する乙女とはパワフルなものである。


「さて、Fクラスの諸君。お遊びの時間は終わりだ」


Fクラスが唖然と雄二を見送っていると、そこに突然西村教諭がやって来た。


「あれ 西村先生。僕らに何かようですか?」

「ああ。今から我がFクラスの補習について説明しようと思ってな」

「ああなるほ――我がFクラス?」


西村教諭の言葉に、秀隆は嫌な汗が滝の様に噴き出した。


「神崎の予想通りだ。……おめでとう。明日から福原先生に代わって俺がFクラスの担任を引き受けることになった。理由は、言わなくても分かってるな?」


理由は当然Fクラスが敗北したためである。


「これから一年死に物狂いで勉強ができるぞ」

『『『な、何いーー!!!』』』


Fクラスの悲痛な悲鳴。これにはAクラスの生徒達も同情と憐みの視線を送った。


「確かにお前らはこれまで良くやった。けどな、『学力が全てではない』とは言え、人生を渡って行くなかで重要な武器の一つである学力を蔑ろにしてはいけないな」


西村教諭の言い分は正論なので誰も文句のつけようがなかった。


「特に吉井、神崎、坂本の三人は徹底的に扱いてやる。なにせ、我が学園始まって以来の観察処分者2人とA級戦犯だからな」

「そうはいきませんよ! 何としても監視の目を掻い潜って今まで通りの学園生活をエンジョイしてみせる!」

「だが断る!」

「お前らには『悔い改める』や『受け入れる』という考えはないのか?」


そんなものがあるのなら、今頃明久たちは観察処分者などにはなっていない。


「まあいい。取り敢えず、明日の放課後から補習の時間を2時間設けるからそのつもりでいろ」

「なっ!」


明久は心から嫌そうな顔をしたが、実は心中では多少なりともやる気は出ていた。理由は当然打倒Aクラス。今回の一騎打ちで明久の操作技術もAクラスに十分対抗しうることが証明された。これは明久も点数を取れば複数人のAクラス生徒と渡り合える事を意味しており、明久の自信にもなった。何より、明久が密かに目標としている秀隆に一歩近づいたことになるのだ。明久はそれが嬉しかった。


「それじゃあアキ。今日は補習もないみたいだから、今からクレープを食べに行きましょう♪」

「え?」


美波が明久をデートに誘った。自分の胸を明久の右腕に押しつけるように抱きつき、周りにアピールしてみせる。


「だ、ダメです! 吉井君は今から私と映画に行くんです!」

「ええ!」


そして瑞希も明久をデートに誘う。美波とは反対側、左腕に抱きつきながら美波に抵抗した。

明久は余りにも予想外の展開に思考が追いついておらず、目を白黒させるばかり。


「ま、まって二人とも! 今僕にそんなお金は――」

「ほれ」


資金不足のせいで千載一遇のチャンスを泣く泣く手放そうとした明久に、秀隆が数枚の紙を差し出した。


「これ今やってる映画の割引券。学割とも併用できるやつな。んでこっちは喫茶店のドリンク無料券。今朝の新聞についてた。お前にやるよ」

「いいの?」

「おう。存分に青春を謳歌してこい」


二カっと笑う秀隆。因みにFFF団は襲い掛かろうとした直後に西村教諭によって鎮圧された。


「あ、ありがとう! 今僕には秀隆が神様に見えるよ!」

「吉井君、その眼は早々に病院で治療した方がいいわね。私には悪魔に見えるわ」

「ヒデエなおい」


涙を流しながら秀隆に感謝する明久。そして秀隆の隣で優子が爽やかに毒を吐いた。


「……で、本音は?」


明久達が教室を後にした直後、優子が秀隆にジト目で聞いてきた。


「今から尾行して明久達の行動を観察する」

「……いい趣味してるわね、ホント」

「褒めても何もでないぞ?」

「褒めてないわよ!」


優子が大声で怒鳴りつけた。


「まあいいわ。じゃあ行きましょう」

「あん? 何処へ?」

「決まってんでしょ。私たちも映画見てクレープ食べるのよ」

「はあ!?」


優子の申し出に、秀隆は心の底から驚愕した。


「何で? 俺とお前が?」

「あら?『賭けに勝った方の言う事を何でも聞く』じゃなかったかしら?」

「それはさっき……てまさか!」

「ええ。アンタは私との勝負に負けて、FクラスもAクラスに負けた。ならアンタは私の言う事を『2つ』聞く義務があるわ」

「んだそれ! 無茶苦茶な屁理屈だぞ!?」

「姉上、いくらなんでもそれは――」


これには秀吉も抗議するが、


「あら秀吉。そう言えば、アンタCクラスの小山さんに私のフリをして挑発したそうね?」

「姉上は秀隆とのデートを存分に楽しんでくるとよいぞい」

「おい秀吉テメエ!」


あっさりと秀隆を売った。


「嫌なら嫌でいいわよ。その代わり、西村先生と病院デートを楽しむのね」

「ぐぬぬ……」


ある意味究極の選択。この窮地に秀隆は――


「お供いたします、優子様」


優子を選んだ。


「ん。よろしい。じゃあ行くわよ」

「へいへい」


その後、西村教諭の了承を得て、二人は黄昏近づく街へ繰り出した。


――映画館――


「あれ? 秀隆達も来たんだ」

「少し違う。拉致られたんだ」


秀隆は心底ウンザリした声を出した。そんな秀隆を尻目に、優子は瑞希と美波の女子3人でガールズトークに花を咲かせていた。


「まあいいか」

「よかねえよ」

「おいお前ら助けろ」


とそこにいつの間にかいた雄二が話しかけた。


「明久の知り合いか?」

「いいや。秀隆のじゃない?」

「いや、俺の知り合いに首輪つけられた赤毛ゴリラなんてないぞ」


雄二を前にして酷い内容の会話だがそう言われても仕方ない。何故なら、雄二は今まさに首輪で繋がれている状態なのだ。勿論、首輪のリード(鎖)を握っているのは他ならぬ霧島だ。霧島も瑞希達のガールズトークに参加していた。

雄二もそれは不本意ながら理解しているのか、怒りで身体を震わせながらも何とか我慢した。


「……まあいい。それよりお前ら、知恵を貸してくれ」

「どうした急に? そんなに霧島の映画が嫌か?」

「それもあるが、問題は映画の内容だ」

「内容?」

「ああ。アイツは上映時間が6時間超のホラー映画を見る気だ。それも2回」


雄二の話を聞いて、明久達は半歩引いた。


「しかもあいつは『つまらないなら寝てていい』と言ってスタンガンを構えやがった。下手をしたら目を覚ますたびに惨殺シーンを拝むことになりかねん」

「そ、それは勘弁したいね」


霧島の映画デートは雄二にとって拷問だった。


「まあそれは大丈夫なんじゃないか? ほら」


と言って秀隆が女子組を指さすと、瑞希達が男子組に合流した。


「……雄二。優子たちと一緒の映画を見る」

「ほ、本当か?」

「……うん。本当は二人っきりがいいけど、こういうトリプルデートもやってみたかった」

「そ、そうか。それは何よりだな」


デートの単語に引っ掛かりを覚えたが、最悪の事態は回避できたので雄二はツッコまないことにした。


「ナイス優子」

「まったくね。代表の見る予定の映画を聞いたときは流石に坂本君が可哀そうになったわ」


霧島は優子の説得で見る映画を変更したようだ。


「んじゃ。とっとと飲み物とポップコーン買って見に行くか」

「当然、アンタの奢りでしょうね?」

「……まあそん位なら出してやるよ。丁度バイト代も入った事だし」

「やったー!」

「ただし明久、テメエはダメだ」

「ガーン」

「よ、吉井君の分は私達で払いますから」

「ははは! 女に奢られるとは情けないな明久!」

「……大丈夫。雄二の老後は私が面倒をみる」

「テメエに老後の心配をされる必要はねえ!」


明久達は映画と、その後にクレープを堪能した後、家路についた。


Fクラス VS Aクラス

勝者 Aクラス

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