第十問

第十問


「行けっ!」


秀隆は腕輪能力『サテライト・シールド』によって出した盾2枚を優子の召喚獣に向かって飛ばした。自由に操作できるのでファンネルのように飛ばすこともできる。


「こんなもの!」


だがその動きは召喚獣本体よりも格段に単調で、動きも見切れるほど。先程まで激しい戦闘を繰り広げていた優子にとって、この攻撃を躱すことは雑作もなかった。


「だろうな!」


そこは秀隆も想定済み。向かって来る優子に向けて銃弾を数発放つ。


「無駄だって言ってんでしょ!」


もう既に発砲のタイミングを掴んでいた優子はこれも難なく躱す。


「これ、でっ!」


秀隆まで後一歩というところで、優子は突然召喚獣の進路を変更させ、横へ大きく飛び退いた。


――ヒュン――


その直後、今まで優子の召喚獣が立っていた場所、正確にはその頭の位置を何かかが過ぎ去った。その何かは秀隆の召喚獣の足元に突き刺さり、床に焦げ後を残す。


「……跳弾」


ギャラリーのほぼ全員が、何が起こったか分からない中、優子が冷や汗を流しながら呟いた。そう、今通り過ぎたのは先程秀隆が放った弾丸の内の一発であった。


「へえ。アレを避けるか」


避けられると思っていなかった秀隆は感心したような声を出した。


「危なかったわ。戦いに集中しすぎてアンタが相手だってことを忘れてたわ」


優子が額の汗を拭いながらそう言った。


「どういう意味なんです?」


優子の言葉の意味が分からなかったのかリリアが雄二に聞いた。


「ん? そりゃあ、秀隆があの盾を『素直』に使うわけがないってことだろうな」

「そうだね」

「じゃな」

「…………当然」

「「「?」」」


明久達Fクラスメンバーはさも当然の様に答えたが、女子3人はまだ理解していなかった。


「秀隆は奸計が得意だろ? つまりそれは戦局全体を見るのが得意ってことだ」

「そうですね」


奸計を巡らす為には眼の前の状況だけでなく他の戦場の状況や自軍・敵軍の残存戦力、地形などの情報を総合的に捉えなければならない。


「そんな秀隆が、あんな便利な盾を盾だけで使う訳がないだろ?」

「それは何となく分かるけど、じゃあ何に使うのよ?」

「だから、『壁』だよ」

「「「壁?」」」

「そうだ。まあ折角のタイマンなんだ。秀隆も色々と試したいんだろうな」

「どういうこと?」


雄二は今まで秀隆が試したくても試せなかったことがあるかのように言った。


「昨日アイツがぼやいてたんだ。『これじゃあ観察処分者の特性が活かしきれない』ってな」

「特性って、物理干渉?」

「ああ。多分『跳弾』とかがしたかったんだろうな」

「どうしていつもできないんですか?」


リリアが何故普段からしないのかと聞いた。


「跳弾ってのは弾丸を床や壁に反射させて軌道を変化させて相手を攻撃する技術なんだが、秀隆の召喚獣でそれをしたらどうなる?」

「……穴が開くわね」


美波の答えに、雄二は「そうだ」と頷いた。


「俺達の召喚獣でも床を使えばできないこともない。だが秀隆の召喚獣は物理干渉が可能だから床だけじゃなくて壁や天井でもできる。反面できるが故に校舎を破壊してしまう可能性がある。この前の明久みたいにな」

「……」

 

思い出して気まずくなったのか、明久が女子から目を逸らした。


「それだけじゃねえ。秀隆の召喚獣の攻撃は『召喚者』にも有効なんだ」

「あ! それじゃあ……」

「そう。もし軌道がずれれば、召喚者に攻撃が当たってしまう」


物理干渉の対象は何も壁や床に限った事ではない。『人間』も十分その対象範囲ないなのだ。つまり、試召戦争のルールにある『召喚者への攻撃禁止』は、召喚者同士の喧嘩を防ぐだけでなく、観察処分者による召喚者への直接攻撃も禁止しているのだ。


「ルール違反は当然だが、最悪の場合、怪我じゃ済まなくなる。混戦になりやすい試召戦争ならなおさらな」

「だから今までできなかったんですね」


雄二の説明で3人も納得が言った。


「……まああの『盾』の機能はそれだけじゃなさそうだがな」


雄二はそう呟くと戦場に視線を戻した。


「「はぁ……はぁ……」」


雄二達が話している間も二人の戦闘は激しく続き、今は互いに距離を取っている状況だった。


「(まずいわね)」


優子は秀隆のサテライト・シールドの前に攻めあぐねていた。


「(もう種は分かっているのに、攻略の糸口が掴めない)」


優子は自然と流れてきた汗を服の袖で拭った。


「(破壊するのは簡単だけど、『アレ』を使うと隙が大きいし、それにアンナに盾を入れ替えられ……ん? 入れ替え?)」


優子は何かに気付いたようだ。秀隆の召喚獣の周りを回っている盾を凝縮する。


「(もしかして……)行け!」


優子はおもむろに召喚獣を秀隆に向かって突進させた。端からみたら、ヤケクソになって突撃をしかけたよう見える。


「ちっ!」


秀隆は銃で応戦しようとしたが、優子が召喚獣を小刻みにステップさせていたので狙いを定められず、仕方なく盾で進路を限定させようと盾を操作した。


「(今だ!) 翔雨滅砕槍!!」


優子の召喚獣に盾が近づいて来たその時、優子は『

盾』に向かって攻撃を仕掛けた。連続突きからの石突と刺突部による連続攻撃が盾2枚の内の1つを襲う。


「しまった!」


秀隆が優子の意図に気づき叫んだと同時――


――バアン――


盾が破裂音と共に砕け散った。


「やっぱり、限度があったのね」

「くそっ!」


いきなりの出来事に全員が唖然とする中、優子がしたり顔で言い、秀隆が悪態を吐いた。


「……まさか、気づくとはな」

「あんだけ盾を入れ替えてたら流石に気づくわよ」


苦虫を噛み潰したように呻る秀隆に、優子は呆れ気味に答えた。


「おかしいと思ったのよ。跳弾のためとはいえ大きい盾を1枚出すんじゃなくて小さい盾を3枚も出すなんて」

「そうかよ!」


優子の独白の間も、秀隆は攻撃の手を休めない。しかしそれは優子の召喚獣の強固な守りによってあっさりと防がれる。


「アンタの盾を見てその理由が分かったわ。その盾にもダメージは蓄積されるんでしょう? 分かりにくいけど、少しヒビが入ってたわよ」


秀隆が舌打ちをする。彼女のいう通り、秀隆の盾には耐久度がある。それをひた隠しにするため、秀隆は盾に


「まあそんな事より、残りの盾もとっとと壊すから」

「んなことできるのか?」


秀隆は先程の教訓から残りの盾を優子の攻撃範囲外に設置し、近接防御用の盾も召喚獣から離した。


「ええ。できるわよ」


当然のことのように宣言する優子。優子の召喚獣は槍を右手一本で持ち、構えた。


『槍投げ?』


誰かがそう呟いた。優子の召喚獣は右足を一歩分後ろに引き、腰を落とす。槍を逆手で持った右手は弓を引く様に構え、左手を使って狙いを定めた。誰がどう見ても槍投げの構えである。


「……何が狙いだ?」


秀隆もその異様さに警戒する。いくら召喚獣のパワーとはいえ、この距離で槍を投擲しても当たる確率は極めて低い。


「言ったでしょう? その面倒くさい盾をぶっ壊すって……『貫け!』」


優子が叫ぶと同時に、召喚獣の腕輪が赤く輝き、召喚獣がランスを投げた。狙いは――


「そうくるよな!」


盾に注目させておいて本体を狙う。優子の言葉がブラフだと予期していた秀隆は、召喚獣をランスの軌道から外した。だが、


「んな!?」


優子の投じたランスは、移動した秀隆の召喚獣に向かって軌道を変えた。


「くそったれが!」


秀隆は召喚獣と盾を必死に操作し、盾を割り込ませた。


――バアン――


ランスの穂先が盾に触れた途端、盾が砕け散った。ランスは盾が破裂した衝撃でクルクルと宙を舞い、そのまま優子の召喚獣(持ち主)の手に収まった。


「……腕輪能力か」


投擲前に優子の腕輪が光った。つまりそういう能力というわけだ。


「ええ。私の腕輪の能力は『グングニル』。効果はさっき見た通り『必中必殺』よ」

「必中必殺ねえ。まさにグングニル(神の槍)だな」


グングニルとは元々北欧神話の最高神『オーディン』の所有する槍の名で、決して敵を射損なうことはなかったとされ、敵を貫いた後は持ち主の元へ自動的に帰還すると言われている。また、槍を向けた軍勢には必ず勝利するとも言われている。


「まったく、折角の『イージス』も形無しだな」

「イージス?」

「盾の名前だよ」


イージスとは、ギリシャ神話の最高神『ゼウス』が娘の女神『アテナ』に送った盾の名前である。ありとあらゆる災厄や邪悪を祓う魔よけの効果があると言われている。

つまりこの二人の能力戦は、奇しくも『男アテナ』と『女オーディン』の戦いだった。そして能力戦はオーディンに軍配が上がった。


「じゃあ、残りの盾ももらうわね」

「どうぞ。どうせソイツからは逃れそうにないからな」

「ありがとう……『貫け』」


優子の二度目の投擲で、秀隆の盾は全て破壊された。ただし、優子も二回腕輪能力を使用したので、その代償は安くはなかった。


「(……さて)」


圧倒的不利な状況。向こうも消費点数が激しいとはいえ、優子は確実に倒せる術があるのに対し、秀隆にはそれがない。敗北はもう秒読みに入っていた。


「(……そんな顔すんなよ)」


チラリと後ろを振り返る秀隆。そこには秀隆を心配そうに見守るFクラスの顔が見える。秀隆をジッと見つめる眼差し。ほとんどのクラスメイトは敗色濃厚な状況に絶望しているが、明久や雄二は、目に不安の色こそあれ、諦めは一切感じられなかった。


「(……やるしかねえよな)」


前を向き、秀隆は覚悟を決めた。


「……先生」

「何ですか?」


眼鏡を掛け直しながら、高橋教諭が聞いた。


「これから何が起きても、決着がつくまで試合を止めないで下さい」

「それはどういう――」

「私からもお願いします」

「木下さんまで……」


高橋教諭が答える前に、優子も申し出た。


「試合前にも言いましたが、コイツとは本気で決着をつけないといけないんです」

「お願いします」

「……分かりました。本気でぶつかって分かり合うのも学生時代のいい経験でしょう」


二人の真剣な態度に、高橋先生も折れた。


「「ありがとうございます」」


高橋教諭にお礼を言って、2人とも構えた。


「感謝してるぜ、優子」

「何が?」


顔の前で拳を握る秀隆。その動きに合わせて、召喚獣も動く。その顔は清々しいまでも、獰猛な笑みだった。


「こいつは止められても文句も言い訳もできないからなあ!」


力の限り腕を振りぬく秀隆と召喚獣。そして、召喚獣が青白いオーラに包まれる。


「秀隆!」


明久が叫ぶ。秀隆はもう一度後ろを振り返るとFクラス、明久に向かってニヤリと笑ってみせた。心配するな、と言いたいのだろう。明久もそれを感じて奥歯をぐっと噛み締める。


「行くぞ!」


秀隆の召喚獣が優子の召喚獣に向かって突進する。今までとは比べ物にならない程のスピードで。


「なんだか知らないけど、これで終わりよ! 『貫け!』」


優子も最後の一撃を放つ。ランスが秀隆の召喚獣に向かって翔ける。


「はあああ!」


――ブン――


「え!?」


ランスが当たる直前、秀隆の召喚獣がブレた。次の瞬間には、秀隆の召喚獣は、優子の召喚獣の眼前にいた。


「くっ!」


ランスを投擲した優子は、攻撃に備えて盾を構えた。だが――


「幻影刃!」


秀隆の召喚獣は、すり抜けざまに優子の召喚獣を斬り裂き、背後に回った。


「ヴァリアブルトリガー!」


そして背後に回ると同時に振り返った秀隆の召喚獣は、瞬時に双剣を双銃に切り替えて発砲した。


「やあああ!」


優子はそれを紙一重で回避。掠った弾丸が優子の召喚獣の顔に二本の紅い線を描いた。


「これで――」


そして――


「私の勝ちよ!」


――ザシュ――


飛来した優子のランスが、秀隆の召喚獣の土手っ腹を貫いた。


「……そうだな」


――ブシャ――


秀隆の呟きと同時に、優子の召喚獣の頭から鮮血が飛ぶ。


「えっ!?」


ギャラリーも優子も、何が起こったか分からず倒れ込む召喚獣を見て呆然としていた。躱したはずなのに、当たっていたのだろうか。

致命傷を同時に受けた2人の召喚獣は共に塵と化した。


『引き分け』


誰もがそう思った。


「勝者、Aクラス木下優子!」


だが高橋教諭が宣言したのは優子の勝利だった。


『『『ええ!?』』』


驚愕の大絶叫がA・Fクラス、いや、秀隆と高橋教諭を除いた全員から上がった。


「何でですか?」


優子が抗議の声を上げる。彼女は勝った。しかしそれは高橋教諭が宣言したからであって、こんな決着は彼女も不本意なのだろう。


「神崎君はルール違反を行いました」

「ルール違反?」

「はい。『召喚者を攻撃してはならない』。彼はこれに違反しました」

「召喚者って、私は何も……」


優子は自分は攻撃を受けていないし、怪我もしていないと言う。


「いいえ。彼は『彼自身』を攻撃しました」


そう言って秀隆を厳しく睨む高橋教諭。秀隆はそんな視線を、涼しげに受け止めた。


「証拠は?」

「とぼけても無駄です。その袖に隠した『モノ』を出してください」

「へいへいっと」


秀隆は制服の袖からあるモノを取り出した。それは、


「木刀?」

「の柄だけどな」


秀隆が取り出したのは、根本から折れた木刀の柄だった。


「……まさか!」

「そうです。彼は貴女の召喚獣に攻撃するフリをして自分自身を攻撃したんです。そして、木刀で銃弾を弾き、貴女の召喚獣を攻撃した。つまり、彼は彼自身を跳弾の壁にしたのです」


高橋教諭の説明に、秀隆はゆっくりと頷いた。


「流石は高橋先生。よくお気づきで。バレてない自信はあったんですがね」

「あまり教師を舐めないことです」

「肝に銘じておきますよ」

「あ、待ちなさい!」


そう言い残すと、秀隆は優子の制止も聞かずFクラスに帰っていった。


「悪い。負けちまった」

「まったくだ。しかも勝負に負けたんじゃなくて、反則負けとはな」

「…………らしくない」


秀隆の敗北に口々に文句を言うFクラスメンバーしかしその中の2人は別の事を心配していた。


「本当に大丈夫なの? こんな短期間に『アレ』を二回も使って」

「ん? まあ大丈夫だろ」

「そう……ならいいけど……」


大丈夫と言う秀隆に、明久はそれ以上何も言わなかった。


「秀隆、お主本当にこれでよかったのか?」

「何が?」

「何がって……姉上との決着に決まっておろう」

「ああ。結果は結果だ。それ以外ねえよ」

「秀隆……」


秀隆は秀吉の真剣な問いかけに手を振りながら軽く答えた。


「それより、不本意ながらお膳立てはしてやったんだ。絶対勝てよ」

「お前が勝ってればそんなことはなかったんだがな。まあ、見てな。絶対にFクラスにシステムデスクを持ち帰ってやるよ」


秀隆の問いに、雄二は笑って答えた。


「ならいい。俺はちいとトイレに行ってくる」

「早くしないと決着がついちまうぞ?」

「はは。そうだな」


秀隆は一人Aクラスから外に出た。


「ぐうっ!」


Aクラスの教室から出た途端、秀隆は頭を押さえて壁に寄り掛かった。


「ちょっと……無理しすぎたか……」


秀隆はなんとかAクラスから離れるが、そのままズルズルと崩れ落ち、意識を失った。


――数十分後――


「――はっ!」


数十分後、目を覚ました秀隆は保健室のベッドで寝ていた。


「ここは……保健室か」

「やっと目が覚めたのね」


おもむろに間仕切りのカーテンが開かれ、姿を現したのは、


「優子……」


先ほどまでの対戦相手、木下優子だった。


「まったく。何か様子が変だと思って廊下に出てみたら、どっかのオリジナル聖なる焔みたいに廊下で倒れているんだもの。ビックリしたわよ。おまけに意識はないし」


呆れ顔で言う優子。その何とも言えない例えに、秀隆は苦笑するしかなかった。


「まさか、お前が俺を運んだのか?」

「んなわけないでしょ。偶々通りかかった西村先生が運んでくれたのよ」

「……マジで?」


優子の発言で、秀隆の顔から血の気が引いた。


「マジで。ああそれと、西村先生から伝言。『放課後に病院に行くから覚悟しておくように』って」

「ああそう」


もはや絶望しか秀隆は感じていなかった。


「それで、何であんなになるまで無理したのよ?」

「んなもん。お前に勝つために決まってんだろ」

「アンタならもっと他にも手はあったでしょう?」


優子の問いに、秀隆は真剣な顔になって、


「……本気で勝ちたかったんだよ」

「え?」

「本気で、全力を出し切って、お前に勝ちたかった。最後のアレは最悪速攻で中止される可能性があったから、先生の言質を取るまで使えなかったけど」


シーツの裾を強く握りしめながら悔しそうに秀隆は語った。俯いたその表情は、優子には分からなかった。


「ま、反則負けしたんじゃ何の意味もないけどな」


顔を上げた時、秀隆の表情は、いつもの飄々とした顔だった。


「……そう」


秀隆の話を聞いて。優子はもう何も言うまい、と思った。


「んで、どうすんだ?」

「何が?」


秀隆の問いに、優子はキョトンとした。


「何がって、賭けだよ賭け。お前の勝ちなんだから何でも言えよ」

「ああ。それか」

「それかってお前な……」


すっかり賭けを忘れていた優子に、今度は秀隆が呆れた。


「し、しかたないじゃない! ……あんなのただの口実なんだから(ボソ)」

「何か言ったか」

「何でもないわよ!」

「がふっ!」


優子は顔を赤らめて秀隆をどついた。どつかれた秀隆は当然その理由が理解できなかったが。


「コホン。そうね……」

「それよりどついた謝罪はないのかよ?」

「……よし、決めた!」


涙目で訴える秀隆をスルーして、優子は決めた。今まで言えなかった『一言』を言う覚悟を。


「私と仲直りしなさい」

「……はい?」


秀隆の両目が見事に点になった。


「仲直りって……まさかお前、この為に」

「いいから! するの? しないの?」

 

宣言してから、優子は恥ずかしさ顔を耳まで真っ赤にして怒鳴った。


「分かったよ。どうで敗者に選択権はないしな。ん」


秀隆は優子に手を差し出した。


「ん。素直でよろしい」


優子は秀隆の手を取ってしっかりと握りしめた。小学校5年生の途中から始まった二人の因縁は、漸く収まった。


「んじゃ、教室に戻るか。もう勝負もついた頃だろう」

「そうね」


2人は連れ立ってAクラスに戻るため廊下に出た。


「そう言えば、坂本君の作戦って具体的になんなの?」

「ああ。それはな――」


既に隠す意味もなくなっているので、秀隆は優子に作戦の内容を教えた。


「代表の予想通りね」

「やっぱり予測されてたか」


優子の言葉にも、秀隆は驚かった。


「分かってたの?」

「ああ。雄二が霧島の弱点を知ってるってことは、向こうも雄二の攻め方を知っているようなもんだからな。流石は幼馴染みと言ったところだな」

「本当ね。代表もそれが分かっていて何で受けたのかしら?」

「ああ。多分それはウチが負けるからだな」

「え?」


秀隆の敗北宣言に、優子は驚いた。


「何でそう思うの?」

「考えてもみろ。雄二の作戦は『雄二が満点、最低でも95点以上取る』のが前提条件だぞ?」

「そうね」

「毎日喧嘩ばっかで中学時代は碌に勉強していなかった雄二が、小学生レベルとはいえ、今更一夜漬けで点が取れると思うか?」


会話の途中だったが、Aクラスに着いたので秀隆はドアを開けた。


「答えは……『ノー』だ」



Fクラス 坂本雄二 日本史 53点

VS

Aクラス 霧島翔子 日本史  97点

 


Fクラスの設備が、『畳と卓袱台』から『茣蓙とミカン箱』にランクダウンした。

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