第二章―清涼祭編―

第十二問

第十二問


Side Yuji


朝の陽射しが心地よく頬を照らす並木道。少年少女らが学生の義務である学業のため登校する時間帯。一組のカップルが歩いていた。


「……ねえ雄二」


後ろを歩いていた少女、霧島翔子が前を歩いている少年、坂本雄二に話しかける


「あ? 何だ?」


雄二は少々、いや、かなり面倒臭そうな声色で聞き返した。理由は単純明快。彼女が雄二に話しかけた時は、大抵碌でもない話題だと経験で分かっているからだ。


「……『如月ハイランド』って知ってる?」


ほらみろ、と雄二は表情にも声にも出さずに舌打ちした。如月ハイランドとは、大手企業である『如月グループ』が現在郊外に建設中の大型テーマパークである。大手企業が経営主と言うだけあり、雑誌やテレビで連日取りざたされている。当然雄二も如月ハイランドのことは知っているが、


「如月ハイランド?」


知らぬフリをした。、厄介事だと分かっているなら関わらないことが吉だ。


「……雄二?」

「あ、ああ! 思い出した。確かもう直ぐプレオープンだってお袋が言ってたな!」


だが後ろから迫る鬼気に、雄二の目論見はあえ無く撃沈した。流石は幼馴染み。雄二の目論見などお見通しと言うわけだ。


「……凄く怖いお化け屋敷があるらしい」

「廃病院を改造したらしいな。中々面白そうだな」

「……日本一の観覧車とか、世界で三番目に速いジェットコースターも」

「考えるだけでワクワクしてくるな」

「……他にも面白いものが沢山ある」

「それは凄いな。きっと楽しいぞ」


翔子のアトラクション紹介に相槌を合わせる雄二。だがその言い方は心から楽しそうではなく、淡々としている。それは翔子も気づいているが、本当に言いたいことを言う為ぐっと堪えた。


「……それで、今度そこがオープンしたら私と――」

「ああ。お前の言いたいことは良く分かった……」


翔子が全て言い終わる前に、雄二が質問に答える。


「友達と行って来いよ☆」


 いい笑顔で。サムズアップで。


「……握力には自信がある」

「ぎゃあああああああっ!!!」


雄二の満面の回答に、翔子の顔が一瞬で般若と化し雄二の頭をリンゴの様に握り潰しにかかる。


「……今度私と一緒に行く」

「オープン直後はかなり混み合っているから嫌っぐぎゃああああ!!」


こうなるから嫌だったんだ、雄二は内心で悪態を吐いた。とは言っても、翔子が勇気を出して誘ったのに、あんな答え方をしたのだから怒られて当然だが、今の雄二にそんな事を考える余裕が毛ほどもあるはずもない。


「……それじゃあ、プレオープンチケットがあったら一緒に行ってくれる?」


翔子がアプローチを変えてきた。雄二が『オープン直後は混んでいるから嫌だ』と言った。プレオープン時なら入場者数も限られているので混んでいない。ならば雄二も一緒に行ってくれる。翔子の算段はこうだ。


「プレオープンチケット? あ、アレは数が少なくて入手が相当困難らしいぞ?」


痛む頭に目に涙を溜めながら雄二が言う。如月ハイランドは話題性の高さから、プレオープンチケットはプレミア値が付くほどになっていた。一介の女子高生がそうそう簡単に入手できるものではない。


「……行ってくれる?」


翔子が念を押す様にもう一度聞く。雄二は顎に手を当て軽く考えると、


「んーそうだなー手に入ったらなー」


と軽く答えた。考えていたのはパフォーマンスで、本当は手に入るはずがないと高をくくっていたのだ。


「……本当?」

「あー。本当だ」

「……それなら約束。もし破ったら――」

「大丈夫だって。俺が約束を破るわけ――」

「――この婚姻届けに捺印してもらう」

「命に代えても約束を守ろう」


雄二は未だ知らない。この時の軽はずみな行為が、後の自分の運命を大きく左右するとは……。


Side Hidetaka


雄二が翔子からアイアンクローを喰らっていたのとほぼ同時刻。別の一組の少年少女が学園への道を歩いていた。


「ねえ、秀隆」

「んあ?」


突然優子に呼ばれ、秀隆は欠伸の態勢のまま首だけ振り向いた。


「如月ハイランドって知ってる?」


どうやら、こちらも話題の種は如月ハイランドのようだ。


「如月ハイランド? ああ。例の大型テーマパークか」

「そう。何か凄く楽しいアトラクションがあるんですって」


違いは、秀隆は素直に知っていると言ったことと――


「かなり怖いお化け屋敷」

「廃病院を改造したってやつか。どっかにも似たようなコンセプトのヤツがあったな。何か呪いとか起きそうだな」

「日本一の観覧車や世界で三番目に速いジェットコースターとか」

「何が日本一なんだ? 高さか? それともゴンドラの数? てか世界で三番目って凄いけど微妙だな」

「……」


感想が捻くれていることだ。


「まったく。アンタときたら……」


もはや溜め息すら出ない優子であった。


「てかお前がそういう風に言うのって珍しいな」


今までも優子との間にこの手の話題で話したことは秀隆にも当然ある。だが優子がここまで興味を持って話すのは(一部を除いて)あまりなかった。


「昨日愛子が楽しそうに話してたのよ。そしたら私も、ね」

「ふーん。まあ、口コミはマーケティングの基本だな」


秀隆は自分から聞いたのに対して興味はないようだ。


「で、行きたいのか?」

「え? そりゃ、まあ」


あれだけ言っといて行きたくないわけがない。優子は期待と不安の入り交ざった表情で秀隆(の背中)を見つめる。


「今パズル雑誌にハマっててな。その景品にプレオープンチケットがあるんだ。勿論、普通のチケットもな」

「へ、へえ。そうなんだ」


秀隆の台詞に期待が膨らみ、優子の声が思わず声が少し上擦ってしまっていた。


「まあ望み薄だが、もし当たったら――」

「う、うん……」


思わず生唾を飲み込む優子。彼女の期待はもう最高値まで膨らみ――


「愛子と行って来いよ☆」


一気に沈んだ。優子の胸が、今度は怒りで沸々と満たされていく。


「そんなに話してたってことは愛子も行きたがってたってことだしな。丁度いいだろう?」


そんな事は露知らず。秀隆は暢気に話し続ける。


「それにどうせ行くんなら、お前の愛子のうが気兼ねなくはしゃげるだろ。だから……」


ここで秀隆は振り返り、口を閉じた。その眼に見えたのは、『凄くいい笑顔』をした優子。


「あ、あの、優子さん?」

「ん? なあに?」


首を傾げて聞き返す優子。第三者の目線から見れば、思わず奇声を上げたくなるような笑顔なのだが、秀隆には全く別のモノに見える。


「何故そんなに怒ってるんでせうか?」

「あら? 私が起こっているように見えるの? 変な秀隆ねえ」


優子が一歩近づく。秀隆が一歩引く。


「では何で右手を握りしめているのでせうか?」

「別に大したことはないわよ?」


言いながら、優子が右手を引く。


「何でもないわ――」

「ふん!」

「ごぼああ!」


優子の見事なスクリューアッパーが、秀隆の鳩尾に突き刺さった。秀隆は殴られた衝撃で宙を舞い、そのまま重力に従い地に堕ちた。


「……馬鹿」


優子の呟きは、痛みに耐える秀隆に届くことはなかった。


「痛てて。殴ることはないだろう?」

「アンタが無神経すぎるからよ!」

「???」


優子の怒りの理由を、秀隆は理解していない。


「まあ、いいわ。『一緒に如月ハイランドに行く』って言うなら許してあげる」

「は? 俺が何でそんなk――」

「行くの? 行かないの?」

「行きます。行かさせて頂きます!」


鬼の形相で迫る優子に、秀隆は頷くしかなかった。

秀隆はまだ知らない。これが、後の波瀾へのプレリュードだということを……

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