第五問

第五問


『いたぞ! Bクラスだ!』

『高橋先生を連れているぞ!』


明久らFクラスが渡り廊下に到着した時、丁度Bクラスも到着した。

Bクラスは比較的文系が得意な生徒が多いので、Fクラスは理数系で勝負しようと考えていたが、そこはBクラス、学年主任の高橋教諭に頼み、総合科目で一気に決着をつけてしまおうというわけだ。


『Fクラスだ!生かして帰すな!』

『『『おおーーー!!』』』


Bクラスからそんな優等生らしからぬ物騒な掛け声が上がった。

今回のFクラス前線は戦力の大半(人数にして約3分の2)を当てていたが、対してBクラスは10数人程度。数ではFクラスに利があるが、一人一人の点数はB当然クラスの方が圧倒的に上である。現に--


Fクラス 佐々義文 総合科目 746点

VS 

Bクラス 馬場利樹 総合科目 1943点


Fクラス 成田裕輔 数学 69点

VS 

Bクラス 竹井宏平 数学  159点


Fクラス 榊原卓哉 物理 77点

VS 

Bクラス 植草一 物理  152点


圧倒的な点差により、あっと言う間にFクラスの何人かが指導室(地獄)送りにされてしまった。しかもこちらが有利に進めようとしていた理数系の科目ですら約2倍以上の差がでてしまっている始末である。


「くっ! 皆、1対1はこっちが不利だ! なるべく2、3人で囲んで仲間をフォローしあうんだ!」

『『『おう!!』』』


このままではジリ貧になると判断した明久が指示をだす。何故明久なのか。


「お、遅れ……まし……た。す、すみま…せん……」

「悪い。遅れた」


司令役の2人が戦場にいなかったからだ。瑞希は体力がないので他の生徒について戦線まで走っていくことができなかった。実際、Fクラスから渡り廊下まではそんなに距離はないのに既に息切れで、肩で呼吸をしている有様であった。秀隆は常人以上の運動神経を持っているが、走るのが面倒だったので、瑞希に便乗するかたちでやってきたのだ。瑞希の護衛という建前で。


「秀隆はサボってただけでしょ。姫路さん、来たばっかりで申し訳ないけど……」

「あ、はい。わかりました。行って、きますぅ」


瑞希は戦況を打破するため、フラフラとよろめきながらも戦闘に参加しに赴いた。


「姫路の奴、頑張るなあ」

「秀隆も、遅れた分だけ働いてよね」

「ええー」

「『ええー』じゃないよ!」

「わーったよ。ああ面倒臭い」


秀隆も、悪態を吐きながらも自分の仕事をするため戦場に赴いた。


『来たぞ! 姫路瑞希だ!』


流石に先日のDクラス戦でFクラスに姫路瑞希がいることが知れ渡っていた。


「Bクラス岩下です。Fクラス姫路さんに数学勝負を申し込みます!!」

「律子、私も手伝う」


瑞希を野放しにはできないので、Bクラスは二人掛りで瑞希に挑むようだ。


「さて、俺も行きますか。相手は……アンタらでいいや。五十嵐先生、お願いします」

『Fクラス風情が舐めるなよ!』

『一気に畳んじまえ!』


 秀隆は、相手の戦力と戦意を削るために、自らBクラス二人相手に勝負を挑んだ。


『『『『『『試獣召喚サモン!!』』』』』』


Fクラス 姫路瑞希 数学 412点

VS 

Bクラス 岩下律子&菊山真由美 数学 189点&151点


Fクラス 神崎秀隆 化学 469点

VS 

Bクラス 本田忠&徳永義信 化学 163点&157点


呼びかけに応じ、6体の試獣が召喚された。秀隆は前回と同じ黒いガンマンスタイルに二丁銃剣。今回は納刀状態だった。瑞希は豪華な装飾の入った騎士鎧に試獣の2倍以上の大きさはあろう大剣。対するBクラス勢は、岩下と菊山が西洋鎧に両刃の剣、本田と徳永が武者鎧に大槌と槍であった。

Bクラスの4人の点数は 同クラスでも上位にあたる。「普通の」Fクラス相手には申し分なさ過ぎるくらいの人材である。ただ、今回は相手が悪すぎた。


「あれ? 二人の召喚獣、アクセサリーなんてしてるんだね」

「あ、はい。数学は結構解けたので」

「俺はまあ、それなりだな」


明久が二人の試獣が金色の腕輪を填めているのに気づいた。これも試験召喚システムの一環である。


「そ、それって!」

「そんなの、私たちで勝てるわけ、ないじゃない!」

「聞いてねえぞ、そんなの!」

「卑怯だ!」


腕輪の「意味」を知るBクラスの四人は戦慄した。


「じゃ、いきますね」


瑞希が胸の前で祈るように右手を握ると、それに合わせて、前に突き出した試獣の右手が輝きだした。


「んじゃ、俺もいきますか」


秀隆が腰を落とすと、試獣も腰を落とし、いつでも飛びだせる体勢を取った。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

「律子! とにかく避けないと!!」

「逃げるぞ!」

「ああ! 一旦体勢を整えよう!」


 四人は態勢を整えようと距離をとるが、


「遅えよ! 抜砕竜斬!」

「やあああ!!」


――キュボ――

――ズババババババ――


時すでに遅く、岩下の試獣は瑞希の試獣の放った熱線に焼かれ、本田の試獣は一気に間合いを詰めた秀隆の試獣にすれ違いざまに微塵に斬り刻まれた。

ここで召喚獣について補足説明をしておこう。召喚獣は一定の点数(400点)を超えると特殊能力が使えるようになる腕輪を与えられるのだ。

ただし能力の使用する度に点数を消費する。能力とその消費点数は個人によって異なるが、戦いを有利に進めることができるという点は変わりない。(ただし秀隆の様に自力で技を開発することはあくまでも例外で特殊なことに留意しておきたい)


「り、律子!?」

「本田!?」


相方が一瞬で倒されてしまい、菊入と徳永は一旦その場で止まってしまった。そして、戦場においてその行動は死を意味する。


「ごめんなさい。これも勝負ですので!」

「んじゃ、そういうことで」


その隙を見す見すと見逃すはずもなく、瑞希は菊入の試獣を上半身と下半身に分断し、秀隆は徳永の試獣の眉間を打ち抜いた。


『い、岩下達がやられたぞ!?』

『一撃なんて……そんな馬鹿な!?』

『姫路瑞希、予想以上の要注意人物ね!』

『急いで神崎の情報を集めろ! 早く!』


クラスメイトが一気に倒されてしまい慌てるBクラス生徒達。二人掛りで倒せない相手が二人もいるのでは、作戦などを見直す必要も出てくる。Bクラスが慌てるもの無理がないといえた。


『中堅部隊と入れ替わりつつ後退!戦死だけはするな!』


部隊長格の男子生徒が叫びながら指示を出す。瑞希と秀隆の能力を見ればこの指示は的確と言える。


「ほら、姫路、指示」

「あ、はい。えーっと……皆さん、頑張って下さい!!」

「いや、もうちょっと具体的にだな--」

『よっしゃあーーー!!!』

『やったるでー!』

『『『おおーー!!!』』』


瑞希が出したのは指示と言うより応援であっが、Fクラスの面々は単純なため姫路に声をかけられただけでやる気に満ちた。Bクラス相手に果敢に戦いを申し込んでいく。その光景は呆れを通り越して最早感心するレベル。


「……まあいい。明久、秀吉。俺たちは一旦教室に戻るぞ。姫路、後は任せた」

「あ、はい。分かりました」

「うむ。そうじゃな」

「え? 何で?」


秀隆が戦線は瑞希に任せて教室に戻る、と明久と秀吉に指示した。秀吉はすぐに諒解したが、明久は意図が分かっていなかった。


「Bクラスの代表なんだが……『あの』根本らしい」

「根本って『あの』根本恭二?」

「ああ」


文月学園2年Bクラス代表、根元恭二には悪い噂が絶えなかった。曰く、カンニングの常連。曰く、球技大会で相手に一服盛った、など。目的の為には手段を選ばない悪党として文月学園の、特に2年生の間で知れ渡っていた。


「……なるほど。戻っておいた方がいいかもね」

「雄二の身に何かあるとは思えんが、念のためにの」


根本の名を聞いて。ようやく明久も秀隆の意図を理解した。卑怯者で知れる根本のことである。渡り廊下でFクラス本隊が戦っている隙を突いて直接代表の首を狙ってくることも考えられた。あの雄二がそんな簡単な手に引っ掛かるとも思えないが、用心に越したことはないだろう。


「んじゃ、戻るぞ」

「了解」

「了解じゃ」


――Fクラス教室――


「うわ、こりゃ酷い」

「まさかこうくるとはのう」

「流石は根本恭二、と言ったところか」


教室に戻った秀隆達が見たのは、無残にもボロボロにされたFクラスだった。卓袱台の天盤は到る所に傷を付けられ、足が完全に折れてしまっている物まである。座布団も引き裂かれ、元々少なくなっていた中綿が見えている。更に酷いのは、生徒個人の持ち物である筆記用具や参考書までもが使用不可能になるほどに壊されていた。


「これじゃ補給試験どころじゃないね」

「地味じゃが、効果的な作戦じゃな」


明久と秀吉が、改めて根本の卑怯さを痛感していると、


「あまり気にするな。修復に時間はかかるが、大した支障はない」


雄二が教室に入ってきた。今までどこかに外出でもしていたのだろうか。


「雄二がそう言うならいいけど……と言うか、どうして教室がこんなになっているのに気付かなかったの?」

「Bクラスから協定を結びたいという申し出があってな。調印のために教室を空にしていた」

「協定だと? 内容は?」


雄二はBクラスとの協定調印のため教室を開けていたと言う。そして、その隙を突かれた結果が現在のFクラスの状況というわけだ。

それこそが根元の作戦だったのかもしれないが、秀隆はFクラスの惨状よりも協定の内容が気になっていた。


「ああ。午後4時までに決着がつかなかったら明日の午前9時からに持ち越し。その間は試召戦争に関わる一切の行動を禁止する。てな具合だ」

「……お前、それ承諾したのか?」

「ん? ああ」


秀隆は雄二が協定を承諾したのを聞くと、心底落胆したような溜息を吐いた。


「お前、将来何でもない詐欺とかに引っ掛かりそうだな」

「何故そう思う?」

「そうだよ、秀隆。雄二なら引っ掛かるより引っ掛けるっベボラ!!」


明久が雄二を茶化して殴られてしまったが、場はシリアスとした雰囲気に包まれていた。


「まず確認したい。お前が協定を結んだのは姫路のためだな?」

「そうだ。何か問題があるか?」


瑞希は学力こそ学年トップクラスだが、体力は学年ワーストクラスに入る。そのため、瑞希にとって長期戦は不利に働く場合がある。そう判断して、雄二は協定に調印したのだ。


「前半だけならな。だが後半はまずい」

「後半って……試召戦争に関わる一切の行動を禁止する」

「……っ! そうか、そういう事か」


雄二は協定の後半部分を改めて噛み締め、自分のミスに気がついた。


「どういう事?」

「よく考えてみろ。試召戦争に関わる行動ってなんだ?」

「うーん……補給試験とかかな?」

「まあそれもあるが、その補給をするには何が必要だ?」

「そりゃあ勉……あ、そうか!」


明久も、協定の重大さに気がついた。


「そう。まずは勉強ができなくなるな。まあこれは家でやればいい。バレなきゃ違反じゃないしな。というか、そもそもFクラスの奴らがまともに勉強するとは思えんがな」

「まあそうだね」


秀隆の説明に、明久は頷いた。


「だが重要なのはそこじゃない。重要なのは『他のクラスに攻められた時に対処できなくなること』だ」

「くそ! 俺としたことがっ!」


雄二は奥歯を噛み締める。自分の犯したミスに自分を殴りたくなる。


「落ち着くんじゃ雄二よ」

「そうだよ。他のクラスって言ってもFクラスに攻めてくるわけないよ」


明久のいう通り、普通なら下位のクラスに攻めいる理由はない。メリットがない上に負けた時のデメリットが大きすぎる。


「相手が普通の奴ならな。だが、今回の相手は根本率いるBクラスだ。どんな手を使ってくるか分からん」

「ああ。必要以上の警戒を怠るべきじゃない」

「なるほどの。それでその協定がネックになるわけじゃな」

「そうか! 普段なら場外戦略とかで対処できるけど、『試召戦争に関わる一切の行為を禁止』に引っかかるからできないんだ!」

「やっとわかったか」


試験召喚戦争に関わる行為。この広すぎる範囲指定のせいで、いくらでも難癖をつけられるのだ。


「まあ結んじまったもんはしょうがない。それはそれで考えるさ」

「スマンな。次から気を付ける」

「じゃあ早くこの状況を何とかしようよ」


明久の言う通り、協定の効果は午後4時以降なため今は補充試験もままならない教室の有様をどうにかする方が先決である。


「そうだな。取り敢えず職員室に行って……」

「いや、その必要はない。秀吉」

「承知した」


秀隆と秀吉は目配せすると一旦教室を出ていった。


「何だろう?」

「さあな」


明久と雄二が不思議そうに待っていると、


「待たせたな」


段ボール箱を一箱ずつ持って二人が帰ってきた。


「何だ、その段ボール箱?」

「これは『隠し兵糧』じゃ」


と言って秀吉が段ボール箱を開けると、中には大量の鉛筆が入っていた。それも一本一本ではなく一ダース箱単位だ。


「おお!」

「こっちは鉛筆削りと消しゴム、あと下敷きだ。一応人数分はあるはずだ」

「凄いよ!いったいどうしたの?」


明久が興奮気味に聞いた。たかが鉛筆や消しゴムと言っても、高校生二人がここまで大量に仕入れることは普通ではない。


「親父の知り合いが文房具屋で、在庫処分するやつを安く譲ってもらったんだ。んで、鉄人に許可もらって寄贈って形で倉庫に置かせてもらってた」

「そうなんだ」

「というか、まるで必要になることが予め分かっていたような行動だな」


雄二は、秀隆がこの状況を予期していたことに驚いていた。


「んなわけねえよ。実際いくつかは学校の備品として先生たちも使ってたしな」

「わしもこうなるとは思わんかったからの」

「まあ結果として『転ばぬ先の杖』ってことだね」

「「「!!?」」」


明久が一言で感想を言ったとたん、秀隆、雄二、秀吉は信じられないものを見たかのように驚いた。


「皆、どうしたの?」

「あ、明久が……」

「そんな諺を知っているとは……」

「これは……今日は地球最期の日か……」

「皆酷くない!? 特に秀隆!」


明久は涙を流しながら抗議した。だが明久の学力を考えれば、秀隆達の反応も頷けるのだから仕方ないと言える。


「まあそれはいいとして、雄二は新しい教科書と卓袱台の手配を頼む。流石に俺もそこまでは手が回せない」

「おう。それは任せておけ」

「では、わし等は戻ろうかの。そろそろ戦局も動いたころじゃろう」

「そうだね。そうしようか」


秀隆達は雄二に後を頼み、戦場に戻った。


「吉井! 神崎! 戻って来てくれたか!」

「須川君、状況は?」


秀隆達が戦場に戻ると、須川が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「かなりまずい状況になった……島田が、人質にとられた」

「島田さんが!?」

「なんと!?」

「ほう。珍しいな。あの島田が人質とは」


明久や秀吉程ではないが、秀隆も少なからず驚いた。普段の言動から、美波が人質なるなんて想像できなかったからだ。寧ろ、一人で犯人をフルボッコにする方が容易に想像できる位だった。


「そんな訳であと二人なのに攻めきれないんだ。どうする?」

「兎に角、状況を見たい。案内して」

「分かった。こっちだ」


須川に案内されて現場に向かうと、美波と召喚獣が、Bクラス男子生徒2人とその召喚獣に押さえつけられていた。

美波の召喚獣の首筋には剣が当てられていた。「下手な事をすれば……」という意思表示のようだ。


「島田さん!」

「吉井!」

「おっと! そこで止まれ! さもないと……」


美波の召喚獣に当てられている剣がダメージを与えない程度に食い込む。これのおかげで、Fクラスは美波を救出することはおろか、近づくことすらできなかった。


「(明久。少し奴らの注意を引き付けてくれ)」

「(何か考えでも?)」

「(ああ。けど少々時間がかかる。頼めるか?)」

「(OK。任せといて)」


明久と秀隆はアイコンタクトで短い作戦会議を行い、美波の救出作戦にでた。


「総員突撃ー!」

「どうしてそうなるのよ?!」


明久の取った行動に美波が驚きの悲鳴を上げた。確かに、人質を眼の前にしてこの行動は普通考えられなかった。


「皆! あの島田さんは偽物だ! 決して日頃の恨みをここで晴らそうとかは全然考えてないよ!」

「本音がだだもれじゃないか……」


明久の私情に塗れた行動の理由に秀隆が冷静なツッコミを入れた。


「ま、待て! どうしてコイツが捕まったと思う?」

「馬鹿だから?」

「アンタにだけは言われたくないわよ!」


美波の魂の叫び。美波だけでなく、皆明久にだけは『馬鹿』と言われたくないだろう。


「どうせ単独行動でもしてたんだろ」


秀隆は適当に当たりをつけた。美波もFクラスよらしく短絡的だがヘマをするような馬鹿ではないはず。何か理由があるようだ。


「そうさ! コイツ、吉井が怪我をして保健室に運ばれたって偽情報を流したら、のこのこと一人でやってきたんだ」

「島田さん……」


顔を赤らめてソッポを向く美波。余程照れ臭かったのだろう。けど不機嫌そうな顔をしながらも否定はしなかったので、明久を心配していたのは確かなようだ。


「怪我をした僕に止めを刺そうなんて、アンタは鬼か!!」

「違うわよ!」


だが美波の気持ちが超弩級鈍感男の明久に伝わることは1ミリもなかった。それどころか止めを刺されるとまで勘違いされていた。普段から明久に関節技を極めているのでそれも無理からぬことだが。


「つまり、島田は戦場をほっぽり出して一人で保健室に行き捕まった。それでいいな?」

「そ、そうだ」


秀隆は美波が捕まった状況を確認すると一度頷いた。


「よく分かった……総員、突撃!」

「だから何でよ!」


今度は秀隆が突撃命令を出し、またしても美波は悲鳴を上げた。


「分からないか?」

「分かるわけないでしょ!」

「そうか。なら教えてやろう。邪魔だからだ」

「なっ!?」


 秀隆の冷徹ともいえる答えに、美波だけでなくFクラス生徒も、フィールドを展開している教師も、人質にとっているBクラス生徒さえも驚いた。


「戦争において最悪の愚行は、『命令無視の単独行動』だ。これは自軍の連携や士気を乱す。例え成功してもそれは結果論。失敗や味方を危機に陥れる可能性の方が遥かに高い。それなら、そんな因子はいっそのこと消しちまった方がいい」

「ちょっと秀隆! 何もそこまで言うことはないじゃないか!」


明久が抗議の声を上げる。秀隆の言うことは戦争においては正しい、が明久は納得できなかった。自分は私情を挟んでいたことを棚に上げて。


「甘いな、明久は。いいか、例えどんな理由があっても、仲間を危険に晒すような勝手な単独行動を許すわけにはいかない。それに一度容認すると他の奴らも次々にやり出しかねん。そうなると連携どうこうの問題じゃねえ。好き勝手やって戦うのはもう『戦争』じゃねえんだ。ただの『喧嘩』なんだよ。それとも、お前はたった一人の為に負けても良いってのか?多くの仲間を犠牲にしてでも」

「……」


秀隆の言っている事は正論である。個人同士の喧嘩なら好き勝手やるのは別にいい。それは個人の判断だし個人の責任である。ただし戦争は違う。戦争は自分の周りに仲間がいる。自分の行動は自分だけでなく仲間にも影響する。仲間に危害を加えかねない行動は禁忌であり慎まなければならない。自分一人の責任、というわけにはいかないのだ。

明久もそれは分かっていた。だから咄嗟には二の句が継げられなかった。


「それでも……それでも僕は!」


だが、それで明久は認めたくなかった。


「……もういい。須川、明久を抑えててくれ」

「何を、って須川君! 放してよ!」


 秀隆の指示で、須川が明久を羽交い絞めにした。明久は抵抗するが抜け出せなかった。


「そういう訳だ。アンタらもソイツ邪魔だろう? とっとと止め刺してもいいぞ」

「なっ!?」

「ほ、本気かコイツ!?」


Bクラスの二人も、状況を打破しようと人質をとったものの、流石にこの展開は予測できなかったようだ。


「何だ? 殺らないのか? だったら……試獣召喚サモン


 秀隆は試獣を召喚し、銃口を美波の召喚獣に合わせてた。


「俺が引導を渡してやろう」

「ひっ!」


 秀隆の殺気にあてられ、美波は恐怖した。美波だけではない。その場にいた全員が戦慄した。


「隙ありじゃ!」

「な、何ぃ!?」


そこへ突如召喚獣を連れた秀吉が現れ、美波の召喚獣に剣を当てていた召喚獣の首を刎ねた。


「お、お前いつの間に!?」

「チェックメイト」


相手が混乱しているすきに、秀隆の召喚獣が残る相手の額を撃ち抜いた。


「そ、そんな……」

「馬鹿な……」


倒された二人は茫然としたまま補習室へと連行された。


「よし。お前らは戦線に戻ってくれ」

「分かった」


須川達は秀隆の指示で戦線へと戻っていった。


「吉井ーーー!」

「おっと。よしよし。もう大丈夫だよ、島田さん」


解放された美波は泣きながら明久の胸に飛び込んだ。明久は美波を優しく抱き留めると頭を撫でて慰めた。


「ふー。やれやれじゃ。一時はどうなるかと思ったぞい」

「お疲れ。よくやってくれたな」


額の汗を服の袖で拭う秀吉を、秀隆が労った。


「まったくじゃ。お主の作戦だと知っておらんかったら、わしも明久と一緒に抗議しとったぞ」

「え? あれって作戦だったの?」


美波を抱きしめたまま、明久が驚いた。


「まあな。お前に時間稼ぎをしてもらっている間に、秀吉に死角から奇襲させる作戦だったんだ」

「うむ。秀隆から作戦を聞いたときには半信半疑じゃったが、本当に先生の承認なしで召喚できたから正直驚いたぞい」


試験召喚戦争における召喚獣の召喚は『各担当教師の立ち合いにより召喚システム、フィールドが起動』し『フィールド内で召喚が可能』である。つまり、承認が必要なのはあくまで『フィールドの展開』であり、既に展開されたフィールドで新たに召喚の承認を得る必要ははない。

また『相手の戦闘宣言に応じなかったら敵前逃亡』というルールがあるため、既に展開されたフィールドには『この場にしか』戦闘要員はいないという認識が生まれる。

秀隆はこの盲点を利用し、自分たちが相手の気を引いている間に秀吉を死角に移動させ急襲し美波を救い出す作戦を考えた。


「なら最初からそう言ってくれればいいのに」

「必要以上周りに作戦を伝えると相手に気取られる可能性があるからな。それに、『敵を騙すなら先ず味方から』ってな」

「だからって……あんな演技まですることないじゃない」

「わしもお主の演技には舌をまいたのう。どうじゃ、演劇に興味はないかの?」


余程あの時の秀隆が怖かったのだろう、明久の胸に顔を埋め文句を言う美波の声は震えていた。秀吉は秀隆の迫真の演技に感嘆し演劇部に勧誘するが、


「部活はマジでやってる奴に失礼だからパス。それに、アレは演技じゃなくてマジだぞ」

「「……マジ?」」

「マジ」


秀隆の言動は演技ではなく、場合によっては本気で美波を補習室送りにしようとしていたのだった。


「何で? 島田さんを助ける作戦なのに?」

「確かに島田を助ける作戦だった。それは違いない。けどな、あの時言ったことは俺の本心でありこれからも考えを改める気はない」


つまり、「害をなす者は容赦なく切り捨てる」と宣言しているのと同じだった。


「いいか、島田に限った事じゃない。他の奴が同じ状況になっても、最悪俺は切り捨てる。それが例え明久や秀吉、お前らであっても。もちろん、俺がそうなったら切り捨ててくれて構わなねえよ」

「秀隆……」

「お主、そこまで……」


例え自分でも切り捨てる。それは、秀隆の、この試召戦争に対する覚悟でもあった。


「……そうでないと、アイツには勝てないからな」

「え? 何か言った?」


秀隆は小声で何かぼやいたが、明久達の耳に届くことはなかった。


「何でもない。というか明久、いつまで島田を抱きしめているつもりだ?」

「「え?」」


秀隆に指摘されて、明久と美波は自分達の状況を思い出した。


「うわっ! ご、ごめん島田さん!」

「う、ううん」


2人とも耳まで真っ赤にして慌てて離れた。


「くくく。あんなに真っ赤になってまあ」

「お主、気づいて言わなかったの?」

「まあな。お蔭で楽しませてもらったよ」


厭らしい笑みを浮かべて笑う秀隆を秀吉がジト目で睨んだ。


「し、島田さん。大丈夫?」

「……うん」

「秀隆大変だ。島田さんが壊れた」

「間違っちゃいないが、そりゃお前のせいだ」


まだポーとしている美波を、明久は壊れたと言ったが、確かにその表現は間違ってはいなかった。美波は明久に抱かれたのが嬉し過ぎてオーバーヒートしていたのだから。

 

「取り敢えず、わし等も戦線に戻るかの?」

「そうだな。行くぞ、二人とも」

「あ、うん」

「待って吉井!」


秀隆達と行こうとする明久を、美波が袖を握って引き留めた。


「な、何かな?」


明久はさっきの事もあってか、些か緊張した面持ちで聞いた。


「あ、あのね……」

「う、ん……」


美波は胸に手を当て、一度深く深呼吸した。


「こ、これから吉井のこと……『アキ』って呼んでもいい? 私のことは『美波』って呼んでいいから」

「あ、うん。分かったよ。島……美波」


明久は頬を真っ赤に染めながら『美波』と呼んだ。


「ふふ。アキったら顔真っ赤よ?」

「なっ!? そう言う美波だって」

「おーい、お二人さん。そういうのは2人きりの時にでもやってくれ」

「「!?」」


2人だけの世界に入っていた明久と美波を秀隆が現実に呼び戻した。


「全くじゃの。ブラックコーヒーが欲しくなったのじゃ」

「俺もだ。ここに雄二やFFF団がいなくてよかったな」

「「……」」


秀隆と秀吉にからかわれて、二人はまた耳まで真っ赤になった。そんな二人を引き連れて、四人は再び戦線に赴いた。


その後は特に何事も起きず、戦争は雄二の予想通りBクラスを教室に押し込めた所で時間切れとなり、明日に持ち越しとなった。


――放課後――


明久達は教室で明日の作戦について話し合っていた。美波は、残りの女子二人に、例の人質騒動で美波と明久の間に何が起きたのか根掘り葉掘り聞かれていた。当然このことはFFF団の情報網にも引っかかっていたが、秀隆が「戦争が終わってから好きにすればいい」と交渉し、何も起きなかった。


「まあ予想通りだな」

「そうだな。島田が人質に取られた以外は特にハプニングもなく計画を進めることができた」

「ならば勝負は明日じゃな」

「そうだね」


 ここまでは雄二の計画通りの展開で進んでいた。このまま計画通り行けばFクラスの勝利で終わるだろう。


「……少し気になる情報がある」


 だがそうは問屋が卸さないようだ。


「何だ?」

「Cクラスが戦争の準備を始めている」

「Cクラスが?」


 康太が持ってきた情報は、Fクラスにとって余り良いニュースではなかった。


「恐らく漁夫の利を狙うつもりだろうな」

「だな。全くハイエナみたいな奴らだな。まあ気持ちは分かるが」

「皆Fクラスが勝つなんて思ってないもんね」


学力差から見て、FクラスがBクラスに勝と予想する生徒はほぼ居なかった。Fクラスの生徒ですら疑う者が居るくらいであるから当然である。それに、例えFクラス相手と言え、Bクラスが無傷で勝利できるとは言い切れないし、仮にFクラスが勝てば学力最低の設備Bクラスというクラスができる。Cクラスはこれを見越して準備を進めているようだ。


「秀隆の悪い予感が的中したわけじゃな。して、如何するのじゃ雄二?」

「いつもならDクラスをネタに同盟を組ませるんだが、協定でそうもいかねえし」


雄二は協定のせいでCクラスにどう対処するかで悩んでいた。


「……おかしいな」

「何が?」


秀隆はCクラスの行動に疑問を抱いた。


「幾らなんでもタイミングが良すぎる」

「そう言やそうだな。そもそも、漁夫の利を狙うんなら、作戦がバレないよう慎重になるはずだ」


雄二もCクラスの行動が不審なことに気付いた。


「……ムッツリーニ、Cクラスの代表が誰だか分かるか?」

「…………Cクラス代表は『小山友香』。バレーボール部と茶道部に所属。スリーサイズは--」

「もういい。お前の情報収集能力が高いのは分かった」

「小山友香。聞いたことないのう」

「女子だしな。俺たちより女子の方が詳しいだろう」


と言うと秀隆は瑞希達の方に近寄った。


「なあお前ら、小山友香って知ってるか?」

「小山さんですか? 知ってますよ?」


秀隆の問いに、リリアが知っていると答えた。


「本当か?」

「はい。去年同じクラスでしたから」


リリアは小山と一年生の時に同じクラスだったらしい。ならば小山の情報をより詳しく知っているかもしれない。


「なら、小山と根本って何か繋がりとかないか?」

「根本君とですか?」

「ああ」


リリアは下唇の下に人差し指を当てて「うーん」と考え、


「あ、そうだ。確か小山さんの彼氏さんの名前が根本君って言ってた気がします」

「それ、誰から聞いた?」

「小山さんからです。確かしつこい位言い寄られて根気負けしたって言ってました」

「そうか。サンキューな」

「いいえ。どういたしまして」


秀隆は軽く手を振ってお礼を言うと、リリアも笑顔で応えた。


「と言うわけだ。これで繋がったな」

「ああ。多分BクラスはCクラスと同盟を組んでいる。Cクラスの戦争の準備もBクラスの差し金だろうな」


リリアから聞き出した情報で、BクラスとCクラスの関係性が判明した。そしてCクラスの行動理由がBクラスの指示であるということも。


「それにしても、まさかB・Cクラスの代表が恋人同士だったなんてな」

「全くだな。これはいい情報を手に入れた」

「そうだね。早速FFF団に教えてあげよう」

「…………裏切り者には死を」


 明久と康太はB・Cクラスの関係よりも根本に制裁を加えることで頭が一杯になっていた。


「落ち着くのじゃ二人とも」

「そうだ。それは明日にしろ」

「だな。こんないい情報、利用しない手はない」


秀隆と雄二は得た情報を戦争に利用するつもりらしい。


「まあ。二人がそう言うなら……」

「…………自重する」


 明久と康太は渋々ながら今制裁を加えることを諦めた。


「じゃあ結局Cクラスは如何するの? 何とかしないと明日勝っても意味ないよ」

「いや。BとCクラスがつるんでいるって分かってなら手はある」

「そうだな。寧ろ利用してやろう」


雄二と秀隆は既にCクラスに対する算段を整えたようだ。


「何するの?」

「なあに。直ぐに分かるさ。悪いがお前らにも付き合ってもらうぞ」

「姫路達も一緒に来てくれ」

「「「「「「?」」」」」」


明久達は何も分からないまま二人に付いてCクラスに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る