第三問
第三問
--キーン、コーン、カーン、コーン--
昼休み終了のチャイム。それは同時にDクラス戦開始の狼煙となる。
「ようし、野郎ども! 開戦だ! 気張って逝け!」
『『『『『おおーーー!!!』』』』』
雄二の号令で先発部隊の十数人が出陣した。イクのニュアンスが違うような気がするが、Fクラスは馬鹿だから皆気づくことなく教室を出た。
「んじゃ、俺らも行きますか?」
「うむ。そうじゃの」
ここで試験召喚戦争について簡単に説明しておこう。
一、原則としてクラス対抗戦とする。各科目担当教師の立ち会いにより試験召喚システ
ムが起動し、召喚が可能となる。なお、総合科目勝負は学年主任の立ち会いのもとでのみ可能。また、例外として生徒指導教師の西村宗一は全科目の立ち会いが可能である。
二、召喚獣は各人一体のみ所有。この召喚獣は、該当科目において最も近い時期に受けたテストの点数に比例した力を持つ。総合科目については各科目最新の点数の総和がこれにあたる。
三、召喚獣が消耗するとその割合に応じて点数も減少され、点数が0点になると戦死と
する。戦死した生徒はその戦争を行っている間は補習室にて補習を受ける義務を負う。
四、召喚獣はとどめを刺されて戦死しない限りは、テストを受け直して点数を補充する
こと(これを回復試験または補充試験とする)で何度でも回復可能である。
五、相手が召喚獣を喚び出したにも関わらず召喚を行わなかった場合は戦闘放棄とし、戦死者同様に補習室にて戦争終了まで補習を受ける。
六、召喚可能範囲は担当教師の周囲半径10メートル程度(個人差あり)。
七、戦闘は召喚獣同士で行うこと。召喚者自身の戦闘参加は反則行為として処罰の対象となる。
八、戦争の勝敗は、クラス代表の敗北をもってのみ決まる。この勝敗は教師が認めた勝負である限り、経緯や手段は不問とする。あくまでテストの点数を用いているという点を常に意識すること。
以上が試験召喚戦争の大まかなルールである。他にも色々と細かいルールはあるがそれはおいおい説明していこう。
秀隆と秀吉は、今回は前線部隊に配属されている。
今回の戦闘メンバーは大将である雄二と、補給が必要な姫路、リリアの計3人を除いて47人。それを前線部隊、中堅部隊、本隊の3部隊にそれぞれに分けている。秀隆と秀吉は前線部隊の隊長と副隊長。明久と美波は中堅部隊の隊長と副隊長だ。
「それにしても、わしが副隊長とは。ちと緊張するのう」
「なに、気にすることはないさ。適当に戦いつつ指示を出せばいいだけだ」
「それが難しいから緊張しとるんじゃが……」
秀吉が若干震える声で呟いていたので秀隆は軽口を叩いて緊張を解そうとしたが返ってきたのは苦笑だった。だがこの会話で秀吉の緊張が幾分か軽くなったのは事実だった。
「ここだ。ここでDクラスの奴等を迎え撃つ」
「うむ。皆の者、気を引き締めるのじゃ!」
『『『おお!!』』』
文月学園は新・旧校舎を渡り廊下でつないだ、所謂「H型」の校舎だ。建物自体は4階建で一階は職員室と各実習室。2~4階に下から順に1~3年生の教室がある。
そしてFクラスの教室は旧校舎側にあり対するDクラスのあるのは新校舎。つまりこの渡り廊下の戦線を死守できるかどうかでFクラスの勝敗が決すると言っても過言ではない。
秀隆たちは渡り廊下の中央やや手前に陣取った。するとすぐにDクラスの前線部隊が到着した。
「いたぞ! Fクラスだ! 皆、かかれぇ!」
リーダー格の男子生徒の号令でDクラスの生徒がこちらに攻めてきた。それを合図に戦闘が始まった。
「何の!Fクラス木下秀吉がDクラスに化学勝負を申し込む!
『『『Dクラスに負けるな!
『『『Fクラスなんて返り討ちだ!
「承認します!」
化学教師の布施先生の立ち会いもと、召喚フィールドが展開された。秀吉の言霊に応じて、秀吉の足もとに幾何学模様の魔方陣が現れ、そこから召喚獣が出現した。
姿はデフォルメされた秀吉で『獣』らしく耳が人よりも長く尻尾も付いている。装備は道着で武器は薙刀だ。そして召喚獣の頭上にはそれぞれの科目に応じた点数が表示される。この点数が0点になっ時、その召喚獣は戦死となり、召喚者は補習室に
ちなみに、秀隆はフィールドが展開される前に範囲外に出ており召喚していない。彼の役目はあくまでも『前線指揮』なため、秀隆はギリギリまで戦闘には参加しないつもりでいた。(「決して面倒だからとかじゃないからな」by秀隆)
「てめぇら、陣形を崩すなよ!」
『『『おお!』』』
秀隆の檄に部隊全員が答えた。前衛部隊がとっている陣形は鶴翼の陣。秀吉を中心に隊列がVの字をとるようになっている。この陣形なら一対一になりにくく、すぐに互いにフォローできるので点数で劣るFクラスにとっては最適の陣形の一つといえる。
「……さて。あとはどれだけ耐えてくれるか……」
いくら適した陣形を取っているとはいえ元々の戦力差は否めない。おそらくこのまま抗戦していても援軍を呼ばれて突破されるだろう。秀隆はその時のための最後の砦である。
『Fクラス斉藤、戦死!』
『戦死者は補習だ! さぁ来い! この負け犬が!』
『て、鉄人!? 嫌だ!補習室は嫌なんだ!』
『黙れ! 捕虜は全員この戦争が終わるまで補習室で特別講義だ! 終了まで何時間かかるか分からんが、たっぷり指導してやるからな』
『た、頼む! 見逃してくれ!あんな拷問耐え切れる気がしない!』
『拷問? そんなことはしない。これは立派な教育だ。補習が終わる頃には趣味は勉強、尊敬する人は二宮尊徳、といった理想的な生徒に仕立て上げてやろう』
『お、鬼だ! 誰か、助けーーイヤアアアーー!!』
無情にも、戦死した生徒は西村教諭により補習室に連行された。それは洗脳だろう、と秀隆は心の中でツッコミを入れる。何はともあれFクラスの一人が補習室に送れたことにより陣形の一角が崩され、そこを皮切りに次々とDクラスの生徒が流れ込んでくる。残りのメンバーで何とか耐えてはいるが、決壊するもの時間の問題だ。
「やれやれ。もう出番か。早すぎるだろうがよ」
予想以上の速い展開に、秀隆も(ほんの少し)覚悟を決めて臨戦態勢をとる。
「ーーよし、ここを抜ければ、って、ヒデか?」
「おお、聡。お前が俺の相手か」
秀隆の前に現れたのは九条聡。秀隆とは中学からの付き合いのあるの友人の一人だ。その後ろにはライトブルーのボブカットにカチューシャを着けた少女が一人。
「お前が先陣を切るとはな。彼女の前で格好つけたいのか?」
「う、うるさい! 今は関係ないだろう!」
「聡君。私も手伝うよ」
「なんだ? 一之瀬も一緒か」
「久しぶり。神崎君」
少女の名前は『一之瀬祐香』。聡の彼女で秀隆とも面識があった。
二人を見た瞬間に秀隆は一瞬だけ顔を顰めたがすぐに何か思いついたように眼を光らせた。
「お前らには悪いが、ちぃと他所で遊んででもらうぜ」
「「?」」
秀隆の言葉に、二人はただ疑問符を浮かべるだけ。
「聞けぇ、野郎ども! ここにいる九条聡には彼女がいるぞ!」
『『『何!?』』』
「しかも、その相手は隣にいる一之瀬裕華だ!」
『『『何ぃー!?』』』
「しかも、もう既に二人はアンナコトやコンナコトもしているぞ!」
『『『なーにーーーーーー!?』』』
「ち、ちょっと待て! 俺たちは別にーー」
「わ、私たちまだそこまでーー」
秀隆がFクラスを煽るために吐いた言葉に顔を赤らめ慌てて否定する二人。しかしそんな二人をよそに事態は一変する。
「諸君、ここは何処だ?」
『『『最後の審判を下す場だ!』』』
「異端者には?」
『『『死の鉄槌を!!』』』
「男とは?」
『『『愛を捨て哀に生きるもの!!!』』』
「よろしい……これより二ーF異端諮問会を始める」
いつの間にか現れた須川の号令により異端審問会なるものが始まった。そして何故か皆黒い頭巾を被り、手には鎌を持っている。
「判決。拷問して死刑。全員かかれぇーーーーー!!!」
『『『うおおおおーーーー!!!』』』
「ち、ちょっとーー」
「あ、聡君待って!」
「いってらっさ~い」
これが秀隆の考えた策。その名も『Fクラス爆弾』。戦争前の最終ミーティングの時に須川が(モテない)男子生徒を集めてFFF団なるものを結成していたのを秀隆が偶然見つけ利用したものだ。ようはただ単に残りの点が少ない奴を煽って自爆特攻させるだけの作戦だったのだが、目の前で起きたことはある意味魔女裁判だった。
聡は何か言いかけたが、異端審問会の威圧感に圧倒され自分の身の危険を感じたのか言い終わる前に逃げ出し、祐華は慌ててその後を追って行った。目の前で起きた光景に秀隆を除く面々は唖然とするばかりだった。
「おーい、秀吉。とっとと戻って回復して来い」
「う、うむ……」
秀吉は秀隆の声で我に返り自陣にトテトテと戻ってきた。
「では、あとを頼むぞい」
「応」
『い、今のうちに攻め込め!』
『お、おう』
Dクラスの奴らも徐々に正気を取り戻し攻めてきた。
「仕方ねぇな。相手してやるよ!
呼びかけに応じて召喚獣が現れる。姿は秀吉同様デフォルメした秀隆。こちらの装備は黒を基調としたガンマンスタイル。武器は大型の二丁銃。そしてその頭上には化学の点数が表示されている。
Fクラス 神崎秀隆 化学 436点
『『『何ぃーー!』』』
Dクラスから驚きの声が上がった。底辺のFクラスを相手にしているのにこんな点が出てきたら驚くのも当然である。
「さて、と……じゃあ、はじめようか?」
ーーパンッーー
秀隆の呟きと同時に乾いた音が響いた。
Dクラス 新谷明良 化学 0点 戦死
その弾丸はDクラスの男子生徒の召還獣の額を打ち抜き一撃で戦死させた。
『戦死者は補習ぅ!』
『イヤアア!』
戦死した生徒が鉄人に拉致された。他の生徒は一瞬の出来事に何が起ったか分からず棒立ちになっている。
当然そこを見逃すはずはなく、次々とDクラスの生徒がを戦死させられていった。が、流石に数が多く、さらには先のFクラス爆弾で数を減らせなかったもの要因となり我に返った生徒らが次々となだれ込んでくる。
「……こりゃちとヤバイかな?」
秀隆が己の危機に少し焦っていると、
「待たせたわね、神崎」
「秀隆。手を貸すよ」
明久と美波率いる中堅部隊が到着した。これで人数的には五分に近くなった。
しかし点数の差は埋めようがないので押し切られる可能性の方が高い。
「よし、お前ら何人か引き連れて先に行け。俺は残った奴らと道を作る。なるべく味方が戦死しないように注意しろ。」
「「了解」」
秀隆は二人に指示を出すと再びDクラスの撃退に集中した。このような作戦をとったのは、おそらく二人とも化学は得意ではないことと奥に学年主任の高橋先生がいたから最悪途中で敵に見つかって勝負することになっても総合科目なら集団で相手をすれば何とか戦死はしないと考えたからだ。
「あっ、そこにいるのはもしや、美波お姉さま! 五十嵐先生、こっちに来てください!」
「くっ! ぬかったわ!」
美波が運悪く、オレンジ髪で縦ロールのDクラス『同学年』の女子に見つかり化学勝負を挑まれてしまう。
秀隆と明久が声のしたほうをちらっと見ると、美波の召喚獣、軍服を着てサーベルを持っている、と美波をお姉さまと言っていた女子生徒の召喚獣、ロリカ・セグメンタタを身につけグラディウスを手にしている、が鍔迫り合いをしていた。
Fクラス 島田美波 化学 53点
VS
Dクラス 清水美春 化学 94点
点数からして島田が負けるのは時間の問題だろう。
「やれやれ。ここで戦力が減るのは勿体ないから助けてーー」
「「ーーやっと戻ってこられた!」」
秀隆が美波を助けようとすると逃げていた二人が帰ってきた。
「よう、案外早かったな」
「……と、途中に……せ、世界史の先生が……いたから」
「ふ、二人……がかりで……なんとか……けど何人か討ち損ねて逃がしちゃった」
「なるほど。そりゃ御苦労さん」
息も切れ切れの二人に対し秀隆の口調はどこまでも軽い。
「お、お前が変な事言うからだろうが!」
「そうだよ!」
そんな態度が気に障ったのか、二人はさっきの息切れがなかったかの様にもう抗議してきた。
「んな事言ったって。初なネンネじゃあるまいし。どうせいつかはヤルつもりだったんだろう? だったら強ち嘘じゃないだろう?」
「そ、それは……」
「それにはその、い、いろいろと、心の準備とか……」
赤面して口ごもる二人。秀隆は見ていて初々しい二人をもっと弄りたくなったが、今は時間がないので止めにした。
「で、戦う? 逃げる?」
「「戦うに決まっているだろ(でしょ)!」」
「じゃあ、さっさと済ませようや」
「く、その軽口今に叩けなくしてやる!
「
二人が召喚獣を召喚した。聡の召喚獣は暗殺者を思わすような黒いコート羽織って両手にナイフを逆手で構えている。一方、祐華の召喚獣は青を基調とした姫武者鎧に日本刀といういでたち。腰には予備の武器であろう小太刀が携えられている。召喚獣の姿全体が現れた後、それぞれの召喚獣の頭上に点数が表示される。
Fクラス 神崎秀隆 化学 420点
VS
Dクラス 九条聡 & 一之瀬祐華 化学 68点 & 89点
「「しまったー!」」
「お前ら、ここが今化学のフィールドって完璧に忘れていただろ」
圧倒的な点差。普通はこの時点で戦意喪失し撤退するか、援軍を呼ぶはずだ。
「け、けど二人がかりならなんとかいけるはず!」
二人は人数差もあり、近くに味方もいると判断し、無謀ではあるが勝負を挑んだ。祐華の召喚獣が向かってくる。秀隆はそれに照準を合わせるがーー
「させるか!」
「ちっ!」
聡の召喚獣がスローイングダガーを投げてきた。恐らくコートの下に隠しておいたのだろう。秀隆は直撃しそうなのは銃身で受け流し軽くステップさせて攻撃を交わした。
「やあぁぁっ!」
一之瀬の召喚獣が袈裟がけに刀を振るう。ステップの着地直後なので回避は間に合わない。
「……だが、甘い!」
「え!?」
「何ぃ!?」
二人の顔に驚愕の色が浮かぶ。それもそのはず。決まったと思われた祐華の斬撃を、秀隆は『刃』で受けていたのだから。
秀隆の召喚獣の武器はただの『拳銃』ではなく『銃剣』。しかも刃を脱着させる型ではなく銃の機構に刃が組み込まれた可変式。
銃弾は一発につき1点を失うが再装填 《リロード》不要。これにより銃と剣との変換時や装填時の隙が無くなり、しかも二丁あるので攻撃のパターンにもかなりのバリエーションがでてくる。
最初に短時間だとはいえ銃しか使わなかったのは、遠距離が有利であることと、早々に手の内を晒す意味はないと思ったからだ。だが先の裕華の攻撃は、銃だけでは受け切れないと判断し、剣状態に変形させて攻撃を凌いだというわけだ。
「おらぁ!」
「きゃあ!」
「うわ!」
秀隆は隙をついて祐華の召喚獣を蹴り飛ばし、聡の召喚獣にぶつけた。二体が縺れている間に一気に間合いをつめる。
「瞬連刃!」
二人の召喚獣に高速の四連続斬りが放たれた。
自己紹介の時も言ったが、秀隆はある程度可能なものならゲームの技を現実に再現していた。そして召喚獣ならもっと高度な技も可能では、と考え観察処分者になったのを機に操作技術の向上とそれによる技の再現を目的とし、明久とともに雑用の報酬として密かに練習していたのだ。もちろん練習中ではあるが他の技も使える。
この攻撃により二人の召喚獣は点数が0点になった。
「戦死者は補習!」
「うぉっ!」
「わぁ!」
「きゃぁ!」
何処からともなく鉄人が現れた。よく見ると小脇にさっき美波と戦っていた、美春を抱えている。そして聡と祐華二人も鉄人に抱えられて補習室に連行された。
高校生三人を、しかも内二人を片手で抱えて悠々と歩くとは、鉄人、恐るべし。
「ちっくしょー! この借りはいつか絶対に返してやるからな!」
「次に会ったら必ずリベンジするからね!」
「お、お姉さま! 美春は諦めませんから! このまま無事に卒業できるなんて思わないで下さいね!」
三人は各々捨て台詞を残して行った。美春のは些かストーカーじみて恐ろしいものがあるが。
「ふぅ、やれやれ。さて、島田は無事だったようだな」
一息ついて美波が居た方を見ると、今にも明久に噛みつきそうな美波を須川が羽交い絞めにしていた。
「何やってんだ、お前ら?」
「あ、秀隆。実はーー」
「ーーコイツは敵! ウチの最大の敵なの!」
「……という訳なんだ」
「……お前がバカをやって島田を怒らせたというのは良く分かった」
事情を聴くと、美波が美春と戦っているときに明久が美波を見捨てたらしい。そのことで島田は明久に戦意むき出しで怒っているようだ。
当の美波は話を聞いている内に須川により、『殺してやるんだからぁーっ!』と物騒な捨て台詞を明久に残して、本陣に強制退場されていた。
「そんじゃ、俺もここらで一旦戻るか。明久、後は頼んだ!」
「了解。任せといて!」
多少の不安はあるものの、秀隆は後の指揮を明久に任せて本陣に戻った。
ーーFクラスーー
秀隆がFクラスに戻ってしばらくして、須川が教室に帰還してきた。何やら明久の指示で偽情報を流すらしい。
「そうか。それなら内容はーー」
「ーー了解」
雄二の指示を聞くと須川はすぐに教室を出て行った。おそらく雄二から放送する内容を指示されたのだろう。だがこの時雄二は気づいていなかった。教室の後ろで秀隆が笑みを浮かべていたことに
「おい、片岡。ちょっといいか?」
「なんだ、」
「さっき須川が偽情報を流すために放送室に行ったんだが、もう少し敵をかく乱させたい。そこでお前にも仕事を頼みたい」
「別にいいが俺も放送室に行くのか?」
「ああ。戦争中は携帯が使えないからな。多少危険だと思うが、頼めるか?」
「報酬次第だな」
「現金なやつだ。報酬はーー」
秀隆は片岡の耳元でホウシュ内容を囁く。
「分った。やってみよう」
「サンキュー。内容は……」
報酬に納得したのか、秀隆から内容を聞くと片岡は軽く頷いて教室を出て行った。出て行った理由を雄二が尋ねてきたが秀隆は、偵察だ、と適当に誤魔化した。
片岡が出て行ってしばらくして須川の声で放送が流れた。
ーーピンポンパンポンーー
≪連絡致します。船越先生、船越先生。吉井明久君が体育館裏で待っています。生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです≫
船越女史は婚期を逃し、ついには単位を盾に男子生徒に交際を迫るような、男子にとって鉄人とは違う意味で恐れられている存在だ。
『須川ぁぁあああああっっ!!』
廊下から学校中に響かんばかりの明久の魂の叫びが轟いた。
ーーピンポンパンポンーー
≪引き続き連絡致します≫
雄二が作戦の成功に爆笑していると今度は片岡の声で放送が始まった。
≪村井先生、村井先生。坂本雄二君が屋上で待っています。生徒と教師の、さらには性別の垣根を越えた、大事な話があるそうです≫
村井(フルネームは村井源三郎)(42)先生は、いわゆる『おネエ系』の先生で女子にはそれなりの人気があるが、男子からは船越先生同様に鉄人とは違う意味で恐れられていた。余談だが村井先生の好みは野性味あふれるワイルド系だとか。
「片岡 ぁぁあああああっっ!!」
今度は雄二の魂の叫びが聞こえた。
須川と片岡の放送から暫くして、秀隆と雄二は本隊の一部を引き連れ明久たちの救援に向かった。
「明久! 無事か?」
「秀隆! こっちはなんとか」
援軍がたどり着いた時には明久の部隊はほぼ壊滅的だった。
「何だ、この床の白いのは?」
「よく見ると、床も濡れているな」
「ああ。それは消火器の粉だよ。で、床が濡れているのはスプリンクラーを作動させたからさ」
「なるほど、煙幕の代りか」
「明久にしてはうまい手だな。けど後で鉄人にどやされやしないか?」
「じ、時間がなかったから仕方なかったんだよ」
「無事ならなんでもいいさ。一旦教室に帰って回復するぞ」
体制を立て直すため、生き残ったメンバーを回収し教室に戻ることになった。
「ところで雄二、さっきの放送聞いた?」
「ああ。バッチリとな」
回復試験を受けた後、明久と雄二が先ほどの放送について話していた。
「そっか。なら須川君が何処にいるか知らない?」
「もうすぐ戻ってくるんじゃないか? それよりも片岡の居場所を知らないか?」
「さあな。放送室に行っていたんだから、多分須川と一緒に帰ってくるんじゃないか?」
二人とも笑顔で話しているが、須川と片岡に対する殺気が体中からあふれ出している。
「……大丈夫。やれる、僕なら殺れる」
「……そうだ。俺なら殺れる」
「いや。殺るなよ」
このままだとクラスメイト二名の命が危うい。流石にそれはマズイと感じた秀隆は仕方なく種明かしをすることにした。
「あー、明久。あの放送を指示したのは雄二だ」
「シャァァァアアッ!」
「うおぁ!?」
明久の攻撃を雄二は辛うじてかわした。それよりも明久が包丁と靴下の即席ブラックジャックなんぞいつ用意したのか気になるところである。
「てめっ、秀隆! なにバラしてんだ!」
「人のことより自分のことを心配しな」
「ちっ! 仕方ねぇな。……あ、船越先生」
「ちぃっ!」
明久が空中で軌道を変え掃除道具入れにダイブした。どうやったらそんなことができるんだろうか。もはや人の域を超えている気がする。
「さて。馬鹿は放っておいて行くぞ」
「そうだな。ところで雄二」
「ん、何だ?」
「さっきの片岡の放送なんだが、指示したのは俺だ」
「おらぁぁああ!!」
秀隆のカミングアウトを聞いた瞬間に雄二の身体が万力の如く捻られ、そこから鞭のような右上段回し蹴りが秀隆の側頭部に向けて繰り出された。
「あ、村井先生」
「ちぃっ!」
しかし蹴りが当たる寸前に秀隆が村井先生の名を呼んだ直後、雄二は片足だけで天井まで跳んでそのまま張り付いた。先ほどの明久と同様、自らの危機を回避するときの身体能力の凄まじさは驚嘆にあたいする。
「じゃ、行くか。それと、明久、雄二。船越先生と村井先生が来たってのは嘘だ」
明久と雄二に一言言い残して俺は教室を出た。
教室から出て渡り廊下に行くと下校時刻のため、一般生徒で溢れ返っていた。
「下校中の生徒をうまく使ってDクラスを討ち取るんだ! 絶対に一対一にはなるな! 多対一に持ち込め!」
『『『了解!』』』
秀隆の指示でFクラスの生徒たちがDクラスに向けて進んで行く。それを見て秀隆も戦場に赴いた。
『Dクラス塚本を討ち取ったぞ!』
暫く進んで行くと、誰かが指令役の塚本を討ち取ったようだ。これで戦局は大きくFクラス側に傾いた。
「援軍に来たぞ!もう大丈夫だ!皆、落ち着いて囲まれないように周囲を見て動け!」
だが塚本を討ち取ったのとほぼ同時にDクラス代表、平賀源二率いるDクラス本隊が現れた。これでF、D両クラスの主戦力がここに集結したことになる。
「本隊の半分は坂本の首を狙え!他のメンバーは囲まれた奴らを助けるんだ!」
『『『おおー!』』』
平賀の登場によりDクラスの士気が大幅に上昇した。このままの勢いで押されればFクラスは不利になるどころか敗戦色が濃厚となる。
「向井先生!Fクラス吉井が――」
「Dクラス玉野美紀、
「なっ! 近衛部隊!」
そんな中、いつの間にか明久が源二に勝負を挑もうとしたが近衛部隊の一人に止められてしまった。しかしこれにより平賀の大まかな居場所が知らされることとなる。
「待っていろ、明久!今そっちへ――」
「Dクラス遠藤健太、神崎秀隆に古典勝負を申し込む、
「ちっ! こっちもか!」
明久の元へ向かおうとした秀隆だが近衛兵に見つかってしまった。このまま召喚しないと戦闘放棄とみなされ[[rb:補習室 > 地獄]]に強制送還されてしまう。
しかし秀隆は召喚しようとはしなかった。
「……どうした? 早く召喚しないと敵前逃亡で補習室行きになるぞ」
「いや、その必要はない。何故ならーー」
「?」
秀隆の言葉の意味が分らずに疑問符を浮かべている遠藤に構わず、秀隆はゆっくりと前方を指さした。つられて遠藤も指差した方を見る。
「ーー俺達の勝ちだからだ」
そこには平賀の召喚獣を真っ二つに斬り伏せる瑞希の召喚獣がいた。
Fクラス 姫路瑞希 現代国語 339点
VS
Dクラス 平賀源二 現代国語 129点
FクラスとDクラス。明久たちの試験召喚戦争初戦は、Fクラスの勝利という形で幕を閉じた。
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