第二問

第二問


Aクラスへの宣戦布告。それはFクラス、いや例え自分たちがBクラスであったとってしても絵空事、無謀そのものである。


『勝てるわけがない』

『これ以上設備を落とされるなんて嫌だ』

『姫路さんがいたら何もいらない』

『リリアちゃんと付きあいたい』



確かに誰から見てもFクラスの負けは明白なため、雄二の宣言に賛成の意を唱える者は皆無。それは何故か、その答えは文月学園の試験方式にある

文月学園のテストには点数の上限がない。1時間という制限時間内であれば無制限に問題を解いても良いため、能力しだいでかなりの点数が取れる。

そして『試験召喚システム』。生徒は教師が展開した特殊なフィールド内で自分の分身とも言えるアバターを『召喚獣』として召喚できる。この召喚獣を使役して戦わせるのが試験召喚システムである。

この召喚獣の強さはテストの点数によって決まる。当然、点数が高ければ高いほど強くなり、逆に低ければ低いほど弱くなる。この召喚獣を教師の立会いの下使役し、設備を賭けたクラス単位の戦争、これが『試験召喚戦争』だ。このシステムは学生の勉強に対するモチベーションを向上させる為の先進的な試みの中心となっている。

故に戦争において最も重要なのがテストの点なのだが、AクラスとFクラスでは文字通り桁が違う。Aクラスの各科目の平均点が200点前後だとするとFクラスは60~70点台、得意科目でも80点強から90点弱。単純計算でも約3倍の差がある。そもそも総合点で言えば代表の雄二ですら、Eクラスの最下位以下なのだ。Fクラス生徒が正面からぶつかっていっても、4、5人でやっと1人倒せるかどうかが関の山。まともにやっても十中八九勝てない。当然それは雄二も分かっているだろうから何かしらの策は練っているだろう。


「そんなことはない。必ず勝てる。いや、俺が勝たせてみせる」


クラス中に反対意見が充満する中、雄二は自信たっぷりに宣言した。これからも、彼が既に対Aクラス戦のための計画を練っていることが窺えた。


『何て馬鹿なことを』

『できるわけないだろう』

『何の根拠が?』


雄二が自信満々に説いても、今までと同様に教室中から否定的な声が上がる。


「根拠ならあるさ。このクラスには試験召喚戦争で勝てるだけの要素が十分に揃っている」


雄二の言葉にクラス中がざわめく。


「今からそれを説明する…・・・おい、康太。姫路のスカートの中を覗いてないでこっちに来い」

「…………!! (ブンブン)」

「は、はわっ!」


 必死になって顔と手を横に振って否定の意を示す康太。だが畳の跡が頬についていて全く説得力がない。

姫路がスカートの裾を押さえて遠ざかると、康太は頬を押さえて前に出た。今更隠しても遅いきがするのは作者だけだろうか。


「土屋康太。こいつがかの有名な『寡黙なる性職者(ムッツリーニ)』だ」

「…………!! (ブンブ)」


 土屋康太と言う名前は有名ではないがムッツリーニという名は別だ。その名は男子からは、敬意と畏怖を、女子からは軽蔑の念を込めて挙げられる。


『ムッツリーニ、だと……?』

『馬鹿な、まさかあいつが?』

『だがあそこまで明らかな覗きの証拠を未だ隠そうとしているぞ』

『ああ、ムッツリーニの名に恥じない姿だ……』

「「???」」


クラス中の男子がムッツリーニの正体を知って驚愕している中、姫路とリリアは意味が分からないのか頭に疑問符を浮かべていた。ただ単にムッツリスケベの事なのだが。


「姫路については説明するまでもない。皆もその実力は知っているだろう」

「わ、私ですか!?」

「ああ、うちの主戦力だ。期待している」


雄二の言うとおり本来Aクラスでも上位に位置する瑞希は、Fクラスにおいて戦争の要となるだろう。


「木下秀吉だっている」

『おお……!』

『あいつ、確か木下優子の……』


 秀吉は成績に関してはいまいちだが演劇部のホープでその実力は折り紙つき。だから陽動作戦などの策略の要となるだろう。


「それに当然俺も尽力を尽す」

『確かに何かやってくれそうだな』

『坂本って小学校の時は神童って呼ばれていなかったか?』

『じゃあAクラス並みの実力者が三人もいるってことだよな!』


クラス中が活気に満ちてきた。


「それに、吉井明久と神埼秀隆もいる」


ーーシンーー


クラス中が静寂で満ちた。


「ちょっと雄二! どうしてそこで僕の名を「オチ扱いだろ」って秀隆! 冷静にツッコミを入れない! そしてそれは君にも言えるからね!」

『吉井明久って誰だ?』

『聞いたことないぞ』

『神崎秀隆って知っているか?』

『いいや知らない』

「ホラ! 折角上がってきていた士気も翳りが見えたし! 僕は雄二たちとは違って普通の人間なんだから、もっと普通の扱いをーーって、なんで僕を睨むの? 士気が下がったのは僕のじゃないでしょう! あと何で秀隆もそんなに冷静なの? 名前が挙がったのは君も同じだよ?」

 

 明久は喚きたてていたが、同じように名を上げられた秀隆は対称的に全く気にしてないようだ。それどころかまるで他人事のように振舞っている。


「そうか。知らないようなら教えてやる。こいつらの肩書きは『観察処分者』だ」


 雄二が二人の特徴を一言で説明した。


『……それって確か、馬鹿の代名詞じゃなかったっけ?』

「ち、違うよっ! ちょっとお茶目な16歳につけられる愛称で……」

「そうだ。馬鹿の代名詞だ」

「肯定するな!馬鹿雄二!」


観察処分者とは、ある一定の基準を満たした生徒に課せられる処分だ。学園の歴史を省みても数例しかなく、秀隆と明久はその不名誉を賜っていた。


「違うぞ、雄二」

「そうだよね、違うよね!」


 雄二の説明に、秀隆が待ったをかけた。当然明久はフォローが来ると期待していたが、


「馬鹿の代名詞であると同時にロクデナシの称号だ」

「貴様に期待した僕が馬鹿だったよ!」


返ってきたのは自虐とも言える辛辣な返答だった。明久はそれを聞いてハンカチの端を噛みしめた。


「あの、それってどういうものなんですか?」


姫路が小首をかしげている。観察処分者なぞ、成績優秀な彼女には無縁の言葉だろう。


「具体的には教師の雑用係だ。物に触れられる特別仕様の召喚獣を使って、力仕事などの雑用をこなすといった具合だ」


通常の召喚獣は、召喚獣でしか触れることが出来ない。ただし床は特別な加工が施されており立つことはできる。これに対し観察処分者の召喚獣は、雄二の言ったとおり物に触れる事が、つまり物理的干渉ができる。処分者の名の割に結構高性能な召喚獣を与えられているのだ。


「そうなんですか? それって凄いですね。召喚獣って見た目と違って力持ちって聞きましたから、そんな事がたら便利ですよね」


雄二の説明を聞き姫路は眼をキラキラと輝かせ明久に尊敬の眼差しを向けた。


「だからと言ってデメリットがないわけじゃない。教師の立会いの下でしか召喚できない上に、観察処分者の召喚獣はその負担が何割か召還者にもフィードバックするから俺たち自身もダメージを受ける」

「そうそう。だからそんなに大した事ないんだよ」


 秀隆の言葉を明久が肯定する。観察処分者はそもそも『罰』として与えられる称号なのでデメリットがないはずがない。寧ろメッリトよりもデメリットの方が多い位である。


『おいおい。ならおいそれと召還できない奴が2人もいるってことじゃないか』

『まったくだ』


そんな声が次々にあがる。


「明久だけなら、そうだと言いたい所だが」

「雄二、そこは僕をフォローする台詞を言うべき所だよね?」


明久が抗議するが雄二はスルーした。


「秀隆は違う。何故なら……」


 雄二は一旦区切るとチラリと秀隆を見た。秀隆は静かに頷いた。


「何故なら……秀隆は、『月華凶刃』だからだ!」

『『『『『『何ぃーーーーーーー!!!』』』』』


地鳴りかと言わんばかりの悲鳴が上がった。悲鳴を上げたのは男子の殆どで、秀隆と付き合いのある明久、雄二、康太、秀吉、美波は特に反応を見せず、瑞希とリリアは何も知らないのかキョトンとしていた。


月華凶刃とは、文月周辺の地域で噂になった一匹狼の不良のことである。通称凶刃。月夜に木刀を持って喧嘩をしている姿からそう言われるようになった。雄二の言うとおり、凶刃の正体は秀隆である。秀隆は一時期荒れに荒れて喧嘩に明け暮れていた。ある時、相手を奪った木刀で滅多打ちにして以来その木刀で喧嘩するようになった。本人は特に月夜に集中して喧嘩をしていたわけではないがいつの間にか月華凶刃と呼ばれるようになっていた。


『げ、月華凶刃ってあの……』

『何年か前に突如現れた伝説の不良』

『確か暴走族50人を相手に無傷だったとか』

『ああ。凶刃とまともに戦えるのは悪鬼羅刹だけだって』

『いや。俺は凶刃と悪鬼羅刹が手を組んでヤクザを一晩で壊滅させたって聞いたぞ』



口々に自分の聞いた噂を話し出す男子達。最近は凶刃の噂が下火になったとはいえやはりその悪名は簡単には薄れるものではないようだ。当の本人は大して気にした様子もないが。


「落ち着けお前ら。今やその凶刃も俺たちの味方だ。それに秀隆の成績はBクラス中堅程度。これほど頼もしいものもないだろう」

『そうか! 確かに』

『ああ。心強いことこの上ないぜ!』

「そんなに褒められたもんじゃねえよ」


例え札付きとはいえ実力は折り紙付きである。ある意味では精神的な支えとして機能することは間違いない。まあ本人にやる気があるかどうかは別であるが。


「つーわけだ。俺たちの実力の証明としてまずはDクラスを征服してみようと思う」


雄二が明久の反論を華麗に無視し、明久がとても歯がゆそうに顔を歪めている。


「皆、この境遇には大いに不満があるだろう?」

『当然だ!』

「ならばペンを取れ! 出陣の準備だ!」

『おおーーー!』

「俺たちに必要なのは卓袱台ではない! システムデスクだ!」

『うおおーーー!!』

「「お、おー……」」

 

クラスの雰囲気に呑まれたのか姫路とリリアが手を上げていた。なんとも微笑ましい光景である。戦争前だというのにそこだけ仄々とした空間が広がっている。


「明久には使者としてDクラスに宣戦布告してもらう。無事に大役を果たせよ」

「……下位勢力の宣戦布告者って酷い目に遭うって言うよね?」

「大丈夫だ。心配するな」

「本当?」

「ああ。俺を誰だと思っている」


詐欺師あるいはペテン師、坂本雄二を知る者は皆一様にそう思った。下位勢力の布告者の結末は誰もが知っている。これで騙される様ならそいつは相当の馬鹿だ。


「分かったよ。じゃあ行ってくる」


そして、吉井明久は相当の馬鹿である。明久は騙されていることなど欠片も気づかないまま意気揚々とDクラスに赴いて行った。


ーー数分後ーー


「騙されたぁっ!」


 ズタボロになった明久が転がり込んできた。どうやらDクラスに襲われたようだ。そんな明久を見て雄二が一言。


「やはりな」

「やはりってなんだよ! さては最初からこうなると予想していたな!?」

「当然だ。このくらい予想できなくて代表が務まるか」

「少しは悪びれろよ!」


明久が殺しそうな勢いで雄二に詰め寄っている。というか去年からの付き合いで雄二がこうゆう奴なのは分かってもいいはずであるのに。明久はやはり馬鹿である。


「吉井君、大丈夫ですか?」

「吉井、大丈夫?」

 

 制服までボロボロにされた明久に、瑞希と美波が駆け寄った。


「あ、うん。大丈夫だよ。ほとんどかすり傷だし」

「良かった……。まだウチが殴る余地はあるんだ……」

「ああ、もう駄目! 死にそう!」


明久はさっきとはうって変わって必死にもがいていた。美波は本当に明久を殴るのが好きなうだ。


「そんなことはどうでもいい。それよりも今からミーティングをしに行くぞ。秀隆、サボるなよ。リリアもついてきてくれ」


雄二が卓袱台に突っ伏したままの秀隆に釘を刺すと明久、秀吉、康太、瑞希、美波、リリアを伴って屋上に向かった。秀隆も渋々だがそれについて行った。

屋上に出ると雲ひとつない青空が広がっていた。こんな日は面倒な事は何もせず惰眠を貪りたいものだ、と秀隆は思ったが流石に今はそうはいかない。これからの戦争に向けての大事な作戦会議だ。正直参加したくはないと思う秀隆であったが、それくらいの分別はあった。


「明久、宣戦布告はしてきたな」


明久に確認しながら雄二がフェンスの前にある段差に腰を下ろす。他の面々もそれに倣って各々腰を下ろした。


「一応今日の午後に開戦予定と告げてきたよ」


 となると――


「なら先に飯だな」

「そうですね」

「ああ。明久、今日の昼ぐらいはまともな飯を食えよ?」

「そう言うならパンの一つでも奢ってよ」

「えっ? 吉井君ってお昼食べない人なんですか?」


瑞希が驚いた様に明久を見ている。確かに明久は昼飯を『食べて』はいない。


「いや。一応食べているよ」

「……アレは食べると言えるのか?」

「何が言いたいのさ」

「お前の主食が塩と水だからだ」

「失礼な! きちんと砂糖と油だって食べているさ!」


 決して大声で自慢することではない。そして常人はそれだけでは生きていけない筈である。


「明久。それは食べるとは言わない」

「……舐める、と表現するのが妥当じゃろうな」

「何でそうなっちゃったんですか?」

「う……そ、それは……」


 リリアが聞いてきた。だが明久は眼をそらして答えようともしなかった。


「こいつが食費まで趣味につぎ込むからだ」

「自業自得ってやつだよ」

「し、仕送りが少ないんだよ!」


頑なに答えようとしない明久に代わって雄二が答え、秀隆が追撃した。一応言い訳しているので自分の生活が常識はずれなことは理解しているようだった。

明久は両親が仕事の都合上海外で暮らしてため今現在一人暮らしをしている。そのため生活費を仕送りしてもらっているそうだが、そのほとんどをゲームと漫画につぎ込んでいる為、生活費の為の資金が残っていない。秀隆の言うとおり自業自得である。

一応言い訳を言っているので自分の生活環境がまともでないことは自覚しているようだった。自覚していて何故改めようとしないのかは理解できないが。


「少しは秀隆を見習え。お前と違ってちゃんと生活しているだろう?」

「神崎君も一人暮らしなんですか?」

「ああ」


 秀隆も両親が二人とも県外に赴任しているため一人暮らしをしている。だが明久と違って必要最低限の生活費は確保しているので食事に困ることはないし、時々バイトもしているので貯金が尽きることもない。そのためある程度は趣味に金を使えていた。


「……取りあえずコイツでも食っとけ」

「あっ、うん。ありがとう」


秀隆は持っていた間食用のカロリーメイトを明久に放った。


「お前も変わってんな。いつもは俺みたいに明久を貶めているくせに、こういった時には世話を焼くとは」

「貶めているのはコイツ(明久)がバカな事をするからだ。世話を焼くのは……まあ身近にズボラーー」

「秀隆! その先はならん!」


 秀隆の明久に対する態度を見て雄二が一言。それに答えて口を滑らそうとした秀隆を秀吉が止めた。秀隆はそのことに気づき、ホッと胸をなで下ろした。


「……っと、危ねえ。すまん秀吉、助かった」

「何だ? 知り合いにズボラな奴でもいるのか?」

「そんなとこだ」

「そっ、それより早く飯を食ってしまわぬか? 戦争まで時間もないし、なにより力をつけとかねばならんしの!」


雄二は秀隆の言葉の意味が気になるのか聞いてきたが、秀隆ははぐらかし、秀吉は多少不自然ではあるが話題をそらした。

その姿に疑問符を浮かべるも、それ以上追及することもなく食事にすることになった。明久は秀隆から貰ったカロリーメイトを少しずつ味わいながら咀嚼していった。


「久しぶりの固形物、そして栄養……僕もう死んでもいい」

「こんなことで死ぬな、バカ」

「全くの。彼女でも作って、生活全般を管理してもらった方が明久の身の為じゃな」

「秀隆が管理してやれよ。明久みたいなバカに彼女なんて天地が引っくり返っても無理だろ」

「嫌だ。メンドい。金の無駄。以上」

「秀隆、即答で否定しないでよ……ううっ、チョコ味だからかな、何か鉄の味が濃い気がする」

「それはお前の血の味だ」


明久が血の涙を流しながら食べているため、色が茶色からドス黒く変化していた。ふと秀隆が瑞希に視線を向けると、瑞希は何か決心したような表情をしていた。


「……あの、もし良かったら私がお弁当作ってきましょうか?」

「ゑ?」


突然の瑞希の提案に、明久の目が点になっている。


「良いの? 本当に?」

「はい。明日のお昼で良ければ」

「ありがとう! 是非お願いするよ!」


明日の食事に光明を得た明久は、本当に嬉しそうにほほ笑んだ。明久の満面の笑みを真正面から受けた瑞希は顔を真っ赤にしてうつむく。


「ふーん。瑞希って随分優しいんだね。吉井『だけ』に作ってくるなんて」


面白くなさそうに美波が声をあげた。その声色は誰か聞いても嫉妬を孕んでいる。手作り弁当の昼休み。誰がどう見ても恋人のような風景を想像して、美波は口を尖らせた。


「あ、いえ! その、皆さんにも……」

「俺たちにも?」

「いいのか?」

「はい。お邪魔じゃなかったら」


笑顔で肯定する瑞希。作る当人にしたらこの人数分の弁当となると持ち運びだけでも苦労するのに、嫌な顔一つせずに了承した。


「それは楽しみじゃのう」

「……(コクコク)」

「……お手並み拝見ね」

「特に断る理由もないしな」

「はい、今から待ち遠しいです」

「分かりました。では皆さんの分も作ってきますね」


女の子(しかも折り紙つきの美人)の手料理を断る下衆など居る筈もなく、全員がよろこんだ。


「おっと。すこし雑談が過ぎたな。そろそろ作戦会議を始めるか」

「そうだな」

「ところで雄二よ、何故Dクラスからなのじゃ? 順当にいけばEクラスじゃし、狙うならAクラスじゃろう?」


会議の始まりが告げられると真っ先に秀吉がもっともな意見を述べた。秀吉の言うとおり、Fクラスの実力からしたら段階を踏んでEクラスから攻めていくのが妥当なとこだ。


「理由は簡単だ。姫路に問題がない以上Eクラスと戦う意味はない。ランクが上だからといっても所詮振り分け試験で俺よりも少し点が取れた程度だ。例え姫路が戦えなくても秀隆がいるしな」

「まあそうだね」


雄二が教室で言ったように、秀隆の成績はBクラス相当。観察処分者であるためFクラスに甘んじているが戦力としては姫路に続いてFクラス次席である。


「ん? そういや、何でリリアを呼んだんだ?」

「ああ。康太に事前にFクラス入りする奴を調べてもらったんだ」

「…………こんなの朝飯前」

「お前何やった?」


 誰がどのクラスに配属されるかは個人情報でもあるため学園のサーバーにパスワード付きのセキュリティで厳重に管理されている筈なのだが、康太の情報収集能力は桁が外れていた。


「まあ経緯はいい。で、そのリストの中にリリアがいたんだな?」

「ああ。一年の成績を見ると、最低でもCクラス相当の実力があることがわかった」

「じゃあ、何でFクラスに?緊張して実力がだせなかったのかな?」


振り分け試験は通常のテストとは違い、結果次第では今後の学園生活を左右するほどの重要な試験である。そのため、緊張や前日の徹夜の疲れなどで実力を発揮できず、本来の成績よりも下位のクラスになってしまう生徒は多数いる。リリアもその中の一人ではないか、と明久達は思っていた。


「あの、すみません。私も点数がないんです」


予想外のリリアの言葉に皆が驚愕の眼を向けた。途中退席で0点になった瑞希以外に点数のないものがいるとは思わなかったからだ。


「そうなんだ。姫路さんみたいに体調不良だったの?」

「私は試験の日に海外旅行に行ってて……」

「は?」


美波の問いかけに、リリアは俯いておずおずと答えた。リリアの回答に秀隆は思わず間抜けな声を出してしまった。


「また何でそんな時期に?」

「旅行自体、本当は春休み中に行く予定だったんですが、お母さんが日にちを間違えていて、しかもそれに気づいたのが出発前日の上、ツアー旅行だったのでキャンセルもできずーー」

「試験を休んだと」

「はい……うちの両親もすごく楽しみにしていたので断り難くて……」


申し訳なさそうに俯くリリア。流石に再試験を要求するような理由でもない。本人もそれが分かっているからFクラスに甘んじているのだろう。


「そうか。お前も親の事で苦労しているんだな……」


雄二が労う様にリリアの肩にポンと手をおいて呟いた。普段の彼からしたらそんな事をするもの意外だが言葉にはやけに重みがあった。どうやら家族のことで苦労しているようだ。


「まあ、姫路とリリアには今日は回復試験に専念してもらうとして、本当にこの面子で勝てるのか?」


秀隆は雄二に挑発的な言葉を投げかけた。雄二はニイっと口の端を釣り上げ、悪戯を思いついた悪ガキの様に笑った。


「何を今更。ーーいいか、俺たちは、最強だ」


雄二が皆を鼓舞するようにゆっくりと告げた。


「……いいわね。面白そうじゃない」

「そうじゃな。Aクラスの連中を引きずり落としてやろうかの」


康太も無言で親指を上げる。やる気はあるようだ。


「が、頑張りますっ!」

「やりましょう!」

「よし、皆頑張れ」

「お前も頑張るんだよ!」


 それに煽られて皆の(一名除く)眼に闘志が湧き上がる。


「よし、今から作戦を説明する」


 Dクラス VS Fクラス


今ここに最低クラスによる下剋上の第一歩が踏み出される。

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