第32話:偶にはこんな日常を

「……それでは、いまから大掃除を始めます」


そう取り仕切る、黒猫柄のエプロンに身を包んだエシルの頭には三角巾が、手には雑巾や霧吹きがあった。


かく言う俺たちも、同じような姿をしており……ことスカレットに置いては、フリフリの夢かわエプロンを着させられ顔に青筋を浮かべていた。


エシルがこの部屋に着いてからの開始の一言、それは「……貝塚ですか?」だった。


生ゴミの類いは置いてはいないが、確かに荷物が散乱しており、そのほとんどが持て余して未使用の物だ。その言い方は酷いんじゃないかと思う……思いたい。


「掃除がトレーニングになるのかしら」


エシルに期待の目をむけるイエルロに対して、違う、そうじゃないと微笑みかける。


「掃除が好きな子なのかしらぁ」


明らかに身の丈に合ってないエプロン……と何故かお玉とフライ返しで武装したブルース。お前は何がしたいんだ?


「———ッ! ———ッ!」


ゴゴキィ……と歯が鳴る音が、隣にいる俺だけに伝わってくる。


……………スカレット自体は満更でもなさそうにしているのは気のせいだろうか。


「まずはいるもの、いらないもの、未使用品に分けます。ぐちゃぐちゃでもいいので、このボックスの中に収納して選別します」


そう言って取り出したのは異次元ボックス。自身の体積の二、三回り大きな物を収納できる優れもの。


「わかったわ! そうやって集めたところを……………捻じ切るのね!!」

「違いますね」

「ʕ°(´・ω・`)°ʔ」

「それでは始めましょう。ねえ様風に言うのであれば、『3スリー2ツー1ワン、グットラックです』」






◇◇◇◇◇






Reader-オルター


「お呼びでしょうか」

「来たか、エシル」


カフェテリアの中にある個室に身を置き、待つこと数分。目的の人物が姿を表し、量産型ゆえに席に誘導する。これをおこたると、ずっと立席を続けるからだ。


「どうじゃ、アマネ隊の空気は」

「素晴らしい隊だと思います」

「……聞き方が悪かったのう、お主個人の意見を聞かせて欲しい」

「……了。正直に申しまして、彼らがバーナテヴィルを退けた実績があるとは思えません。緊張感が無さすぎる」

「それは激戦の時との齟齬そごもあるじゃろうが……特殊な空気をまとっていることは否定しないでおこうかのう。お主にお願いしたことは覚えておるか?」

「はい。、です」

「そうじゃ。普段通りにしていいが、それを忘れるでないぞ」


パキパキィと、思わず握り締めていた拳の骨が鳴る。目の前の幻想少女が憎たらしくて仕方ない。今すぐ開頭して不純物脳メモリーを摘出したくて脳が沸騰しそうだ。


朝に噛み砕いた舌の根に残る薬の苦味と、不眠による突き刺すような頭痛がわしを正気のまま保ってくれている。


「天音司令官から聞いたが、アスナはと言っていたそうじゃな。1人はお主だとして、後は誰か分かるかのう」

「……私はその質問に対しての回答権を有しておりません」


ここで言わないということはアスナの意思だろう。彼女の伝言を思い出し、沸きだった憤怒を鎮める。




『見誤るな』




当然だとも、何十年一緒に居たと思ってる。


おそらく、アスナにとってイレギュラーなことが起こった、だからわしに何も言わずに消えてしまった。


アスナ解放戦などになってみろ、明らかにストーリーが違うし、本軸から随分と離れることになる。ならば、エシルをアスナ以上の特別にしてしまえばいい。


わしの今の役割は、線路を直し続けることだ。


脱線しないように、ずれることがないように。


アスナが見た未来を忠実になぞり取り、もしもの時はわしが手を貸せばいい。そのためならば……………




















恩讐おんしゅうの首に落とされる断頭刃でさえもわしが受けよう。

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