第31話:相棒からの拒絶

指揮官室に戻ると、ソファの上でイエルロが瞑想をしていた。漏れ出たエネルギーが電化製品に干渉し、壊すほどではないが、回路が暴走して掃除機が吸引を開始している。


キッチンに積み上がった未使用の鍋やフライパンからも閃光が弾け、このままではやや危険だ。


「戻ったよ、みんな!」

「……………」

「お帰りなさい、指揮官」

「お帰りなさぁい、どうでしたぁ?」

「元気そう……とは言えないけど、とりあえず危険は無い。彼女の友人が管理に関わっているから。イエルロは大丈夫か?」


今だ集中している彼女に視線を向ける。


「流石にこのままでは絨毯に引火しそうですしね……」

「あらぁ? 簡単なことじゃないですかぁ……………えい!」


積み上がった食器類から金属製のナイフを抜き取ると、可愛らしい気合いの声とは裏腹にえげつない速度で頭に投げつける。


「危ないわね」


バヂィィィ!! という大きな音とともに人差し指と中指の間に収まるキッチンナイフ。俺の目には稲妻の残像しか見えなかった。


それに……以前の彼女であれば、何もできずに頭部に刃を受け入れていただろう。それだけアスナ……S級殲滅者と邂逅が経験として大きかったのだろう。それ以降彼女は……


「で? どうだったのは?」


アスナを師として慕い、もう一度教えを乞いたいと願っている。


「さっき話したんだが……」

「いいです、私から説明しますから」

「もう、あのまま床を焦がしていたら代わりにカーペットになってもらうところでしたよ?」

「カーペットォ!?」

「あぁ、それもいいですね」

「ちょっとぉ!」


散々な扱いだが、聞いていなかったほうが悪いと声を大にして言いたい。


「とにかく、オルター様の指示を仰ぐしかない。俺たちは……」

「当然、アスナ様を救いたい」

「まだぁどのお茶が好きか聞いてませんしぃ」

「もう一度教えてもらいたいことがたくさんあるからね!」






◇◇◇◇◇






「来たか」


それから1週間と少し、俺たちはオルターに呼び出され、総指揮官室を訪れていた。


彼女の横に立っている量産型に既視感を覚え、思わず駆け寄ってしまう。


「アスッ」

「まあ落ち着け」


いつの間にか俺の前に移動していたオルターに静止され、すごすごと足を戻す。


「まず、この子のことを説明しなければならないのう。自己紹介をしてみろ」

「了、量産型幻想少女Licaシリーズ、A46です」

「アスナ……」

「そうじゃ、この子はアスナであってアスナではない、名付けるとすれば……エシル。エシルは今後、アマネ部隊で面倒を見て欲しい」


エシルと呼称された少女は、意識もなくただ虚空を見つめていた。量産型としては当たり前の光景に、何故か視界がにじんでしまう。


「ラビアから説明を受けた通り、この子はアスナが自分に付けた脳メモリーの主じゃ。今までの記憶は無く、自分はとある研究所で大義を尽くしたと訴えておる」

「そう……ですか」

「戦闘試験などは一通りやらせてみたが、オリジナルの最頻値より少し上程度の実力しか持っておらん。そして能力も使えないままじゃ。

おそらくは眼を使うための取説が莫大な量だった、それを記憶する苦肉の策として脳メモリーを移植、アスナの意識がクローズしたから使えなくなったと言ったところじゃろう」


オルターはエシルに視線を向け、語りかけた。


「お主の姉の最後について教えて欲しい」

「……ねえ様は、『偏りの紫テミス・バイオレット』と名乗る幻想少女に襲撃を受け、自身と同等の力を持つ影を17体殺し、意識を閉しました。私はオルター様、カズト様に伝言を頼まれております」

「!」

「これを聞いてから、今後のスタンスを決める予定じゃ」


俺とオルターは互いに頷くと、その先をエシルに促した。


「まずオルター様に……『見誤るな』と」

「……あいわかった」

「カズト様には……『ライター捨てるなよ』」

「……あぁ」

「決めたか、天音指揮官よ」

「はい……………俺はアスナを救いたい。彼女が笑えない世界なんかクソ喰らえだ」


夢の中でアスナは笑いながら。きっと死にたくなかった、誰だってそうだ。


「そうか……………」


その答えにオルターは微笑を浮かべ—————




















「だが、ならん」


明らかな拒絶を孕んだ眼で、俺を刺していた。

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