第30話:カノジョ

「…‥検査結果が出ました」


艶やかな紫髪にスクエア眼鏡、研究員スタイルの女性が声をかけてきた。隣には黒髪の女性職員だ。


「全部話してください。俺は第一発見者だ、知る義務がある」

「わかりました。とりあえず……」


室外に繋がる扉の鍵を施錠し、カシュっと空気が一気に漏れ出したかのような異音がしたと同時に、手元のそれを一気にあおる女性職員。


……………酒だった。


「ぁ……」

「ふっはぁぁぁああ! もうやってらんない、こんなミステリボックス私の手でどう対処すればいいのよ!!」

「あんた、もしかして……酒乱のラビアか?」


研究員に繋がりがある人で、ラビアを知らない人はいない。


酒に酔うために耐性機関をぶっ壊し、幾度も感染によるリコールを重ね、アルコールだけを分解しない壊し方を開発した酒カス。


「他の幻想少女ならいいが、今は職務中だろ」

「あん? いいのよ、私はお酒が入っている時が一番本調子なォらぁ!」

「諦めてください、こういう人です」


思わず頭を抱えてしまうが、優秀なことに変わりはない。静聴に徹する。


「まずは全体の傷ね。あれなんなの? 明らかに押し抉り取られた感じなのに、回路が曲がらずにその部分だけみたい。おそらく高出力の心傷属性によるものね」


心傷属性。知識としてはあるが、実際に出くわすのは初めてだ。


「どの程度の幻想少女が使える?」

「うーん、オルター様クラスじゃないとまず無理ね。それこそS級殲滅者とか、長年生きた経験が大事らしいし、まだそのロジックも分かってないし」


S級殲滅者……………彼女たちは基本混ざり合い、反発し合うことはないらしい。その規模は大戦を止め、国が滅ぶまでに及ぶ。


その契りが破られるとして、何があったんだ?


「意識は?」

「はっきりしてるけど…… 今は麻酔で眠らせてる。変わらず自分のことをA46って名乗ってるけど、私の制止でX線とCT検査に留めてるわ」

「何をぐずぐずしているのですか? 何故さっさと頭を開けて中を「おい」……何か? たかが量産型一体の犠牲で楽園がどれだけ進歩するか、わからない頭ではないでしょう?」

「……………ラビアさん、なんであなたは頭を開けることに反対してくれている?」

「根からの研究員、酒呑童子、冷徹、狂学者。

なんと言われようと野次られようと、私にも情がある。アスナ先輩には現役時代にめっっちゃくちゃお世話になったし、ずっと整備していたのも私。

もし彼女に人格が宿ったとしても、研究対象としてではなく、友人として、素直におめでとうって言いたい」


嘘をついているようには見えない。


「あなた、もう戻りなさい……………それで検査結果なんだけど、頭に無理やり取り付けたかのような拡張パーツが入ってた。中身は見てないけど、多分他の量産型の光学記憶媒体、脳メモリーなんじゃないかって思う。

頭の装甲が軽く傷ついていたのと、全身のショックで擬似的な再起動状態になった。それで、今物理的に別の人格が入っている状態なんじゃないか……」


「どういう意図があってそんなことしたのかはわからないけどね」と注釈を付けつつ、もう話せることは無いと俺に帰還を促す。


「最後に、彼女のことを見て帰りたい」


分厚い強化ガラス越しに、全身を強力な拘束具で固められた彼女が見えた。


「ねえ」


ラビアの方を見「そのまま私の話を聞いて」。


「先輩の目、何か異様な物に付け替えられてる。おそらくそれの能力で今までのことをやってきたんだと思うけど、うちの狂気的な研究員がその目を外そうとして、物理障壁に阻まれて未実行のまま。

おそらく先輩の意識はまだ両目に宿っている。今のままでは無理筋すぎるけど、私が絶対に救ってみせる」

「……そのこと、オルター様には?」

「伝えたけど……………反応がない」


これで最後だと言わんばかりに、顔ほどの大きさがある酒瓶を傾けながら何処かに行った。


「諦めないからな。約束、守ってくれよ」






◇◇◇◇◇






Reader-テミス


「……………なんなの、あいつ」


私は勝った。今日も世界の均衡を護り、世界の反逆者を裁いた。しかし………


「……納得できない」


超越加速タキオン』に対応されないように、始めの一体でそのエネルギーを奪い、無惨にも己の罪に切り刻まれながら死ぬ……はずだったのに。




あいつは……A37は、16体の罪の影を殺し、満身創痍の中、立ちながら失神した。


いや、あれは気を失っていたと言えるのだろうか。私に首を狙われながらも身を翻し、死んでもおかしくない出血を落としながら、カズト・アマネの元に倒れた。




「……お腹すいた」


もし、また私の前に立つようであれば、その時に殺しきればいい。


埃一つ塗れていない服で、朝食を食べに行く。もはや、今起こったことは頭の中から消えていた。

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