第44話 油断


 あれ、これマズくないですか?

 周囲の動きがスローモーションに見える中、カワズは打ち上げられた天井付近から、眼下の風景を眺めていた。

 巨大な貯水池のほとりで一撃を放ったジェイドは、自らが放った一撃が全てを砕く瞬間を、今か今かと待ちわびている。反対に、自分はなす術もなく宙を舞い、空中を漂っている。

 このまま落下し水柱と接触すれば、斬撃によるダメージ、もしくは電撃によるショックによって戦闘不能、最悪の場合は死ぬかもしれない。


 こんなところで死んでたまるか。

 せっかく自由な釣り三昧スローライフを手に入れたのに。

 しかも目の前には未知の水辺。

 この未知との遭遇すら果たす前に、よもや死んでいる場合なのか。


 溺死した無様な前世の記憶が脳裏に浮かび、無意識下で腰のロッドを伸ばしていたカワズは、そのまま重りをキャストし天井の突起に巻きつけた。そしてターザンロープのように角度をつけ、ピョ~ンと明後日の方向へと飛んだ。


 電気を纏った一撃が水柱に直撃し、稲妻が周囲に飛散する。あまりの威力に仰け反ったエリシアとカイルは、巻き込まれないように王を守り、その場で蹲った。


「やったか?」


 ジェイド自身、攻撃を繰り出す最中も、姿を消しているカワズが見えていたわけではない。

 何よりカワズの持つ能力や特徴を把握していたわけでも、ましてや姿を消す以外に、どのような力を持っているかも知らない。

 ただ己を見つめた草食動物のように怯えた彼の目からは、脅威をまるで感じず、攻撃を当てさえすれば必ず勝てると確信していた。しかし――


「 " 姿がない " ということは、 " まだ隠れている " ということ。どんなスキルや魔法を使っているかは知らんが、意識ごと飛ばしてしまえば、嫌でも姿を見せるしかない。とすれば……」


 奴はまだ必然的に意識を保ち、どこかに身を潜めている。


 揺れる水面。

 剥がれた岩盤の影。

 戦闘空間の四隅。

 順々に目で追ってみるが、やはり姿は見当たらない。


 ジェイド自身、探査をエイヴに任せたのにも理由があった。

 城の庭園でカワズを逃がしてしまった後、自身でも魔力の残渣を辿り、彼の捜索を実施していた。しかし魔力の一端すら感知できず、自身での捜索を打ち切った。だからこそ、誰一人逃げることのできない閉鎖空間が必要だった。


「姿の見えない敵をどう倒すか。答えは単純だ、どこにいるかわからないなら、全部ぶっ飛ばせばいい」


 ジェイドは胸元から小さな魔道具を取り出して魔力を込めた。すると部屋の四隅に明かりが灯り、次第にその光を強めていった。


「殺す必要はない。キサマのその姿さえ見えてしまえば、あとはどうにでもなる。だったらすべきことは一つ。まずは一発、当てちまえばいい」


 魔力を込めた道具を貯水池へ投げ込み、大剣を両手で握り顔の前で構えたジェイドは、背後に集まった王族の前に立ち、誰も立ち入れない魔力のシールドを張った。

 直後、貯水池全体が急激な冷気に覆われて凍りついた。これでもう水中にも逃げられないと笑みを浮かべ、どこかに隠れている男を見据えて語りかけた。


「もはや逃げ場はない。これから俺は、この空間全てを爆破する。どれだけ隠れるのが上手かろうと、絶対に避けきれん。諦めて出てくるなら今のうちだぞ?」


 最後の忠告を行ったジェイドは、三秒待ってやるとチャンスを与えた。しかしカワズは姿を現さず、場は静まり返ったままだった。


「出てこれば殺さずにいてやろうと思ったが仕方がない。このままくたばるがいい」


 全力のシールドを展開したジェイドは、背後の三名を囲ったまま、部屋四隅の装置にあらかじめ仕掛けておいた火球魔法を放った。着火剤の要領で炎を纏った装置は、一瞬の閃光の後、フィールド全体を吹き飛ばすほどの爆発を起こした。


「じぇ、ジェイド!?」


「問題ございません。皆様はこの場から動かぬように」


 衝撃に微動だにしないジェイドは、展開したシールド内で爆発が収まるのを待った。地下空間を覆っていた結界ごと弾き飛ばした爆風は数秒に渡って続き、周囲の物体を一瞬にして焦がし尽くし、チリにしてしまった。

 地面を揺らすようなジジジという重低音が続く中、シールドを解いたジェイドは、三名の無事と、本星であるカワズの姿を探した。

 爆発に巻き込まれたものの、焼け残った死体の一部くらいは転がっているはずと、もっとも残っている可能性が高いフィールド奥の隅を確認していく。しかし消し飛ばされて焦げた瓦礫の破片は転がっているものの、男の残骸がどこにも見当たらない。


「凍らせる前の水中に逃げていたのか? しかしあの攻撃の直後、水中へ逃げる選択肢があったとは思えんが。どちらにしても、水面下数メートルは凍らせているし、何よりあれから数分が経過している。水中の動作に特化した冒険者でもなければ、息が保つこともあるまい。奴の死体が水中にあることに変わりはない」


 念には念をと、目ぼしいポイントを探ったジェイドは、影も形もない男の行方に舌打ちし、仕方なく凍った貯水池の上に立った。

 そして手にした剣を突き刺し、目を瞑り、ふぅと息を吐いた。





 ―― これは釣りの話なんだけどさ

   勝ったと思った瞬間が一番危ないって、どっかで聞いたことない?


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