第43話 カツオドリ


 吐きそうなくらいに眉をひそめ、既に半泣き状態のカワズは、だからこんな役回りは嫌だったんだと激しく後悔していた。

 遅かれ早かれ、ジェイドと対峙しなければならないのは目に見えていた。しかしまさか王族の皆々様を助けることになるとは想像だにせず、逃げる機会を完全に逸してしまった。


「あ、アメリア……、今の話は真実なのかい?」


 全てに落胆し、脱力しきった様子でカイルが尋ねた。

 あうあう口を動かしながら、早く否定してくださいよと懇願しているカワズに対し、アメリアは少し間を開けてから、徐ろに呟いた。



『ええ、本当ですわ。さてさてカワズ様、困ってしまいましたね。これからいかがいたしましょう?』



 ピタリと時が止まり、カワズは「なんですと?」と思わず聞き返した。

 クスクス笑ったアメリアは、間髪入れず「その男は賊の仲間です」と切り捨てた。


「にゃ、にゃ、にゃ、にゃにお……、お嬢……しゃま?」


 場にいた全員の怒気がドンと跳ね、視線が一点に集中する。違う違うと訂正したところで、彼の言葉を受け入れる者などもはや存在しなかった。


 魔道具の向こうから「お嬢様!?」という声が漏れていたが、もはや音などシャットアウトしてしまった王族と衛兵のトップたちは、積み重なった怒りのボルテージをたぎらせながら、ドスンと一歩、大きく踏み込んだ。


「決めな。この場で刻まれるか、大罪人として民衆に首を晒すか。願わくば、俺は前者を願う」


 ひざまずいていたジェイドがすっくと立ち上がり、慌てふためくカワズを見下ろした。王族三名を背後に隠し、風の魔力をまとった男がふわりと浮き上がる。


「悪いが、この空間からは逃げられねぇようにあらかじめ結界を張らせてもらった。キサマがどれだけ隠れるのが上手かろうと、逃げ道が無ければ全てムダ、だよなぁ?」


 人中にツーっと青っ鼻を垂らし、この方々はみな何を言っているんだろうと現実逃避するも、どうやらそれどころではない。退路を断たれ、全てが敵に裏返り、八方塞がりとなってしまった今、取り得る未来は二つに絞られていた。


 一つは何事もなく斬り伏せられ、惨殺される未来。

 現実的、かつ簡素な未来である。

 しかしその選択肢は、カワズが望む未来とはかけ離れている。


 ならばどうするか?

 答えは単純である。 しかし――



「ごめんなしゃい、許してくだしゃい」



 まずは土下座のジャブを打つ。

 第三の選択肢を試し、反応をみる。

 しかし土下座程度で許されるほど、彼らの前に渦巻く誤解の溝は浅くない。


 躊躇なく撃ち放つ風属性の魔法が、カワズの真横を通過していく。

 悲鳴を上げて躱してみるが、直撃すれば即死は必至。背を向けて必死に逃げるしかない。


「お、お、お嬢! テメェ、あとでシバくからな、覚えとけよ!」


『あらあら、恐い恐い、ですこと。ウフフ』


 オホホホという高笑いを残し、通信がプツンと途切れた。完全に見捨てられたに等しき状況に、青年もいよいよ腹を括るしかなかった。


「キサマがこの国に何をしたのか。ゆっくりと聞かせていただこうじゃねぇか。……楽に死ねると思うな、下衆な賊め」


 怒りが魔力の炎へと成り代わり、王国最強の戦士の背後にゆらゆらと立ち昇る。

 衛兵隊トップとしての矜持と、堆積し続けてきた怒気とが入り混じり、炎は今にも爆発せんと膨れ上がっていく。


 自分を中心に剣先で円を描いたジェイドは、ふぅと息を吐き、精神を集中させた。そして奥底に隠していたを開放し、円に沿わせ拡散させる。


 爆風が地下空間を揺らし、カワズの頬の肉が「はふはふ」言うほどぐらついた。王族三名を背後の安全地帯に移動させ、ジェイドは移動可能な空間を指先で縁取りながら、ロウソクにするように、ふっと息を吹き付けた。


「逃げ場はない。どれだけ隠れるのが上手かろうと、圧殺すれば無関係よ」


 ザンッと地面に大剣を突き刺し、丸太のような太い腕に力を込めた。焼き菓子のように割れた巨大な岩盤が捲れ、ポップコーンのように弾けて宙を舞った。


 間髪入れずバットのように剣を構えたジェイドは、思い切り横振りし、霧散した岩の粒を打ち出した。

「ジヌ゛ー!」と悲鳴を上げながら逃亡したカワズは、貯水池に飛び込んで難を逃れる。しかし予測していたジェイドは、天井付近まで飛び上がると、上空に散っていた岩の粒を貯水池へ向かって叩き落とした。


 狩りをするカツオドリのように、助走をつけた小さな岩粒が水面へ突き刺さる。

 このままでは何もしないまま殺されると、カワズは石の飛礫を全身に受けつつも、ガボガボ水を飲みながら深く潜り、石の連撃が終わる前に気配を紛らせて水と同化した。しかしそれすら予測していた強者は、貯水池に落とした石の粒の数々を、周囲の水もろとも魔力で握り、噴水のように打ち上げた。


「ヒギャー、メチャクチャだー!」


 胴上げされた監督のように、身体ごと水上へ打ち上げられるカワズ。

 大剣を構えたジェイドは、その一瞬を狙いすまし、今度は雷の魔力を込めた一撃を水柱へ向かって叩き込んだ。




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