第39話 王族四重殺
「悲観している場合ではございません。騒ぎになる前に、お母様のもとへと急ぐのです。部屋はそこからさらに二つ進んだ突き当たりです。ほら早く、急ぎなさい、このグズめ!」
この人は鬼や、人の皮を被った鬼やと悟り、涙はまだまだ止まらなかった。
地に足がつくたび聞こえる量の涙雨を垂らしながら走ったカワズは、もはや考えることを放棄し、装飾豊かで綺羅びやかな扉を力一杯ドンっと押した。
中では漫然と扉が開くのを目撃した女性が立ち尽くしており、突如目の前で起こった異変に絶句していた。
「お、音もなく扉がひとりでに……!?」
扉が開かれたことで、部屋が吸い込んだ外の空気に音が紛れ込む。
怒号と悲鳴が入り交じった人々の声が届けられ、彼女の顔は、瞬く間に青白く染まっていく。
「な、何の騒ぎなのです。ま、まさか、賊が……?」
このままではパニックを起こしかねない。
既に混乱して働かなくなっている脳ミソを少しだけサワっとしたカワズは、扉を閉め、自らが作り出した無音空間に彼女を引き入れた。
途端に音を断ち消され、警戒した彼女が、「誰かいるのですか!?」と怯えながら悲鳴を上げた。しかし自分が発した声すら響かなくなってしまった異常さに錯乱し、文字通りのパニックに陥った。
「……母上、どうかいたしましたか?」
部屋の奥から別の男の声が聞こえてきた。
姿を見せたのは、純白の騎士を思わせる衣服を身にまとった、まさに王族を形にしたような成年だった。
「母上? どこへ行かれたのですか!?」
つい数秒前まで中央の椅子に腰かけていた王妃が、音もなく、跡形もなく消えてしまった。大声で母親を呼ぶ成年を止めようと、カワズは迷う暇もなく、もろとも無音空間へと引き込んだ。
音の反響が途絶え、無音状態に襲われた成年は、「賊の仕業か!?」と怯えながら腰の剣を握った。
「さぁカワズ、二人を見つけたのなら、すぐに
パニック状態にある彼らの現状を一切加味せず、無茶に無茶を重ねて急かすばかりとなったアメリアの命令に、いよいよカワズの頭はキャパオーバーでパンクしていた。
皇女アメリアによる言葉のパワハラ。
バングル王を誘拐してしまったという受け入れがたい現実。
パニックに陥り、右も左もなくなった王妃エリシア。
カイル皇子が己へ差し向けている敵対心。
迫りくる王族四重殺に挟まれた凡夫の悲哀は凄まじく、その慌てぶりを耳にしていたハーグマンは、額に両手をあて、神に祈りを捧げた。
不憫という言葉では足りない青年の苦行は、雲隠れに特化した能力をアテにされながら、どこにも
「母上! どこなのですか、私の声が聞こえますか、母上!」
音のない世界で声を張り上げ母を探す皇子。
「どこ、どこなのですか皇子、カイル皇子!?」
同じく、息子の名を呼ぶ王妃。
「頼むから、もう静かにしてよ~、ウグッ、エグッ」
たったの一時間で10歳老けた青年。
もはや現状を打開するには姿を見せるほか手段がなくなり、警戒している王妃と皇子の前に姿を晒した『顔グッチャグチャの青年』は、涙声で「お願いだから落ちちゅいてよぉ~」と話しかけた。
その顔を見た二人の王族が、「いや、まずお前が落ち着けよ」とツッコんだのは、至極当たり前なことだったのかもしれない。
「だ、誰だキサマ。ここをどこだと思っている!?」
我に返ったカイルが剣を抜き、威圧した。
やめて、やめてと
「な、なんなのだキサマは、なぜこのようなものを我々が」
「お願いでしゅから~、説明は全部、お嬢様がしますからぁ~」
泣きっぱなしの青年を不憫に思ったのか、先に王妃が魔道具を拾って耳にあてた。するとタイミングよく、『聞こえますかお母様』という声が彼女へ届けられた。
「え、あ、アメリア、……なのですか?」
『そうです、アメリアです。お母様、聞こえておりますか、お母様!』
アメリアというエリシア王妃の言葉に、皇子も慌てて魔道具を装着した。二人がやり取りをする間に予備の魔道具を耳に装着し、服の袖でゴシゴシ顔を拭いたカワズは、状況の諸々を説明しているアメリアの言葉を聞き流しながら、泣きすぎて激しく前後に揺れている横隔膜を、どうにか落ち着かせるのだった。
『お城は賊に囲まれています。お母様とお兄様は、すぐにそこからお逃げください』
「城が包囲……? それはどうして」
『今は時間がございません。お二人は、そこにいるカワズの手を借り、お父様とともにお城を出てください。詳しいお話は後ほどいたします』
「お父様とって。ウワッ!?」
アメリアの言葉を聞き、初めてカワズの背中にバングル王が担がれていること知った二人は、それでも全てを受け入れられるはずがない。目の前の男が賊の仲間である可能性が捨てきれず、カイルは剣を突き付け、「王を解放しろ!」と迫った。
「待って、待ってよ。だったらもうこれ聞いて。これで納得してってばぁ」
扉を開け放ち、遮断していた音を開放する。
すると生暖かい空気とともに、怒気を帯びた荒々しい罵声の数々が流れ込み、正面からそれを受け止めてしまったエリシア王妃は、恐れ慄き、パタンと尻餅をついてしまった。
『もはや一刻の猶予もございません。すぐにお逃げください、急いで!』
中庭に火が放たれ、遠く大きな煙の束が上がっていた。既に近くまで賊が迫る圧力のようなものが肌に感じられ、カイルが「馬鹿な……」と呟いた。
「な、何が起こっているのだ。それに、我が部隊の兵たちはどこへ!? そうだ、ジェイド、ジェイドはどこにいる、まさか、彼まで……?」
『戦力が分散されたことで、兵も皆バラバラにされてしまったのでしょう。ただジェイドのことは大丈夫です。彼は我々の味方です。しかし
二人は言われるがままに、目の前でちょこんと立ち尽くす青年を見つめた。
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