第34話 特化型
リリーとカワズの顔が、死人のような真っ青な色へと染まっていく。
単純な貴族誘拐による金儲けと決めつけていた賊の計画が、実は国の乗っ取りだと知らされた衝撃はあまりにも大きく、このまま一味の仲間と断定などとされてしまった日には、確実な死が二人に突きつけられるに違いない。
「ちょっとコイツら何言ってるのよ!? 国を襲うとか、そんなの聞いてないんですけど!」
今にも泡を吹いて倒れてしまいそうな二人をよそに、アメリアの肩に手を置いたハーグマンは、気を確かにと諭すように無言で彼女を励ました。しかし――
「ハーグマン様、
「確かに。しかしそれが明らかになったからといって、我々に何ができるでしょうか。残念ですがお嬢様、武装された兵を相手に、我らが勝てる見込みなど……」
ひ弱な第二皇女に、非力な妖精、さらには女職人と、かくれんぼが得意な男が一人。自身を除けば兵士一人にすらやられてしまいそうな面々を想像し、ハーグマンはアメリアに逃亡を促した。
「お嬢様、今ならまだ間に合います。隣国へ亡命し、機をうかがうのです。私もお手伝いします」
しかしハーグマンの言葉にアメリアは堂々と首を振る。
それどころか、遥か遠くを見定めたように語気を強め、魔道具の先にいる彼へと呼びかけた。
「カワズ様、
しかし混乱してそれどころではないカワズは、バタバタするだけで彼女の言葉が耳に届いていなかった。すぅぅと思い切り息を吸い込んだアメリアは、リリーの手元から石を奪い取るなり、「しっかりなさい!」と腹の底から出た野太い声で一喝した。
「大丈夫。貴方には、その "かくれんぼスキル" があります。必ず上手くいきます。ですから――」
彼女の声量によってキーンとした耳を押さえながら、カワズは怒りなのか、それとも悲しみなのかすらわからない感情に襲われ、「無理だよぉ」と涙を流す。
しかしその直後、涙していたことすら忘れてしまうほどの強烈な違和感に襲われ、床に置かれていた魔道具を拾うなり胸元に隠したカワズは、無意識のうちに扉から距離を取って身構えていた。
部屋を包んでいた光が消えてから数秒後、ギィィとアジトの扉が開いた。
賊が戻ってきたと思うのも束の間、扉に手をかけたのは、見覚えのない人物の細く長い指先だった。
「近い、近い、近いぞぉ……。さぁて、どうしよう。どうしてあげようかなぁ、へ、へひひ……」
低く、くぐもった中性的な声がアジトに響き、カワズは思わず顔を引きつらせた。これはヤバいという予感のようなものを背筋に感じ、すぐに左右を見回し、逃げ場を探した。
コツンという足音が聞こえ、見えていた指先が扉の向こうに消えていく。
どこに行ったと思う間もなく、扉の一番下の部分から、何者かの顔が室内を覗き込んだ。
あまりの恐怖に悲鳴を上げかけたカワズは、初めてお化け屋敷に入った低学年女子のように口を押さえ、必死に声を出すのを我慢した。
「……あっれ~、誰もいない。絶対ここだと思ったのに。それにしても、凄い
アジト内に全身踏み入った女は、手にした鞭状の武器のようなものをピロピロと遊ばせながら、どうにも不自然すぎる室内を見回していた。
「にしてもこの部屋、色んな残渣が充満しすぎてるねぇ。剣士にぃ、魔法使いにぃ、テイマーにぃ、こっちはアーチャー。あらら、シーフに司教までいるじゃない。いよいよ末期的だよねぇ」
クンクンと犬のように部屋中を嗅ぎ回った女は、カエルくらいに身を低くしながら、ギョロっと目玉を動かした。生きた心地がせず、その場から動けなくなったカワズは、突如連絡が不能となって喧しい魔道具を隠しながら、あぶあぶと震えるしかない。
「こっちの魔力は……、おおっといただけない、これはいただけない、ウチの衛兵のもあるじゃない。ってぇことは、……いるねぇ、裏切り者が」
途端に影を増したように恐ろしい表情へと変貌した女は、瞬きすら忘れ、獰猛な肉食獣のようにふぅふぅ浅い呼吸を繰り返した。その不気味すぎる迫力に、顔を背けたカワズは、子供のように、『もうおうちに帰りた~い!』と心の奥底で叫んでいた。
「しっかし、ここでもないとなると、また別を探さなきゃならないよねぇ。コイツの魔力残渣、追うの結構しんどいんだよなぁ。ま~た部下の魔力を分けてもらわないと」
独り言を繰り返す女を横目に、すぐ逃げられるように扉の横まで避難したカワズは、少ないチャンスを窺っていた。女の放つ全てを舐め回すようなプレッシャーはあまりにも異質で、純粋なモンスターから受けるものとまるで違う、一種の呪いのようなものを感じていた。
(マズいって、特化型の異常者を相手にするのは本当にマズいんだって。早いとこ逃げないと!?)
抜き足、差し足、忍び足。
そっと逃げ出そうとしているところで、無関係に「ハァ……」とため息付いた女は、腰に手を当て、諦め半分に振り返った。そして外に待機している部下に「ハズレみたい!」と声をかけ、天を仰いだ。
下唇を噛みながら、プフぅと息が漏れてしまう。
すぐ真横を歩き去っていく女の横顔を目の玉だけで追跡したカワズは、余裕綽々出ていく姿を扉の奥の奥の見えなくなるその瞬間まで、
な~んて
まさか 見逃すとでも思った?
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