第25話 ご都合主義的展開


   ★ ★ ★ ★


「どうしてくれんだよ、この状況。だから黙って通過するのが早いって言ったんだ、お前のせいだからな!」


「仕方ないじゃない。アタシだって、まさかこんな事件が起きてるなんて知らなかったんだもん!」


 人気ひとけのない路地裏で言い争いしている二人は、文字通り高い壁に覆われた城下街に閉じ込められ、途方に暮れていた。

 ジェイドの強権によって封鎖された街は、人の通行が一時的に制限され、通常ルートで外界と連絡を取ることが難しくなってしまった。

 まず訪ねる予定だったギルドに立ち寄れず、隠れるしかなくなった二人は、行く宛なく、ほとぼりが冷めるまで待つほかない。


「旅を始めて早々お尋ね者って、俺はこれからどうすれば。絶望だ、人と深く関わらず、問題を起こさず、ただ静かに過ごしてきたというのに……。絶望だ、それもこれもテメェのせいだ、クソコバエ!」


「いちいち人のせいにしないで。元はといえば、アンタがわけわかんない理由で湿地帯を突っ切るなんてしたからじゃない。自業自得よ、べー!」


「黙れコバエ。キサマが考えなしに突っ走った結果がこうだ。なーにが退魔ポーションを使っただ、そんなバレバレの嘘、通じるはずねぇだろ!」


「だったらどう答えればよかったのよ。誤魔化したって、すぐバレるに決まってんだろが!」


「北でも南でも別の街を経由してきたって言うだけだろ。バカ正直にルーゼルからなんて説明する必要ないわ!」


「ぶっぶー、残念でしたー。ギルドカードには立ち寄った街の情報が記録されるから、いつどこの街に寄ったかなんて簡単にバレますぅ~。そもそもアイツにカード渡した時点でバレてますぅ~。バーカ!」


 不毛な言い争いを重ねても、一向に出てこない建設的な意見。

 野良猫も触れない無駄喧嘩はしばし続き、いつしか王国に夜の帳が下りる。

 二人はどうにか夜のうちに城下を抜け出せないか画策したが、東西の城門は厳戒態勢が敷かれ、とても突破することなど不可能だった。


「アンタ、その消える能力で門くらいどうにかなんないわけ!?」

「はぁ……、これだからバカは嫌だね」

「バカバカうるさい! それにバカはアンタでしょ!」


「この際だ、バカなキサマに教えてやる。バカは毎度バカみたいに消えた消えたと言うが、俺は一切消えてなどいない。それはキサマも見たはずですけど!?」


 難しい顔をしながらリリーが首をひねる。

 いまいち理解が追いつかず、「ちゃんと説明なさいよ!」と逆ギレした。


「だーかーら、俺は瞬間移動ができるわけでも、ましてや消えたり消したりできないの。テントで説明したろーが!」


「だーかーら、それがわかんないって言ってるの。わかるように説明しろ!」


 呆れ果てたカワズは、背負っていたリュックを手に、「これを見てろバカ」と宣言した。そしていつかと同じように、パチンと指を鳴らした。


「あれっ、カバンが消えた!?」

「消えてない。見えなくなっただけ」


 見えなくなったリュックをリリーに握らせた。重みに耐えきれず地面に置いたリリーは、「なんなのこれ!?」と憤りを隠せない。


「物体は常にその場に存在し、決して消えることはない。動かすことなく消えたのだとしたら、それは物理の法則に反する。……とまぁこの世界ではいろいろ例外もあるみたいだけど、そこは置いといてだ」


 もう一度指を鳴らすと、再びリュックがポンと現れた。

 続いて持たせたままの荷物から金属製のナイフと鍋を取り出し、再度パチンと指を鳴らす。


「そんなもので何するつもりよ?」


 不思議そうな彼女の目の前で二つの金属を思い切りぶつけた。そんなことしたら大きな音が出ちゃうと警戒するが、彼女の心配をよそに音は鳴らず、それどころか完全なる無音だった。


「今度は音が消えた……?」


 さらにもう一つ指を鳴らすと、今度は鍋とナイフの影が消え、もう一つ鳴らせばカワズの身体が消え、ナイフと鍋だけが闇夜に浮かび上がった。

 混乱し、頭にはてなマークを浮かべ、リリーは目の前で巻き起こる異常光景に目を回した。


「物体、光、空気、魔力などなど、目に見えるもの、近くにあるものを操ってやれば相手を出し抜ける。しかし勘違いしてはならない。俺はそこにあるものの質量を消すことはできん」


 なぜか誇らしげに胸を張る。

 しかしそれを肯定してしまうほど、彼女が目の当たりにした光景は、彼女の常識を余裕で超越していた。


「待ってよ。姿を隠すスキルや、音を消したりする魔法があるのは聞いたことがある。でもだからって、高レベルの冒険者やモンスターを相手に、完全に隠れきるなんてできっこない。馬鹿げてる!」


「と言われましても……」


「わかった! きっとアタシも知らないような特殊スキルを使ってるのね。ふん、騙そうったってそうはいかないわ。どーせ誰にも言えないなんでしょ。そうだわ、そうに決まってる、そうと決めた!」


「いや、そんなのないけど……」


「いーや、嘘ね。妖精族のアタシを連れたまま大男から逃げたのだってそう。きっと人に言えない能力を使ったに決まってるわ。じゃなきゃ説明つかないもの!」


「お前ずっと一緒にいたろ……。命からがら逃げてきたじゃん」

「そ、それはそうだけど! でも絶対嘘なの!」


 ジェイドの視線が外れた一瞬の隙を突いて身を潜めた二人は、どうにか出入り激しい正面通用口を抜け、城下へ逃げ出していた。

 触れぬよう、ぶつからぬよう、ただただ慎重に逃げたことを彼女自身も経験済みだったため、当然彼が言うことが嘘でないことはわかっている。


「でもでも、全部が全部、現実的じゃない!」


「現実ですし、逃げ場もないですし、命も狙われてますし、なんならお金もないですし」


「あー、もううるさいうるさい、ぜんぜん考えがまとまらない!」


 ヒステリックでワガママな彼女のように頭を掻きむしるリリーに呆れていると、どこか近くで誰かが話す声が聞こえてくる。今は誰にも見つかりたくないとリリーの口を塞いで影に隠れたカワズは、話している誰かをやり過ごすため様子を窺った。


「それにしても、今回はラッキーだったな」


 聞こえてきたのは若い男の声だった。ヒソヒソ裏路地で話している二人は、周囲の様子をしきりに窺いながら、何処かへ向かう途中のようだった。


「本当だぜ、どっかのバカが罪を被ってくれたおかげで、こっちは楽に侵入できたんだからな」


「しかし面倒なことが増えたのも事実だぜ。これじゃあ俺たちも街から出られねぇ」


「なぁに、今回のことでどっかのバカには手配書が出たと聞いてる。奴らが捕まれば、すぐにでも閉鎖は解かれるさ。俺たちは黙って身を隠すだけだ。楽な仕事だぜ」


「だな、ギャハハハ!」


 男たちが目の前を通り過ぎていく。

 口から手をほどき、悟られぬようカワズの肩に乗ったリリーは「アイツら~」と呟いた。


「なんか、らしいこと喋ってたな」


「きっと事件の関係者よ。あとをつけましょう!」


「いや、……でもこんななんてあっていいのだろうか。これはアレだ、きっと罠だ、そうに違いない!」


「どこの世界にわざわざ敵を招き入れるバカがいるのよ。いいから行くわよ!」


 カワズは肩の上の妖精を凝視し、「ここ」と返答した。

 彼の頬に小さなグーパンが突き刺さったことは言うまでもない。




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