第24話 缶詰


 一撃で地面をえぐっちゃうような強者をわざわざあおる奴があるかと争うのを即刻あきらめて逃亡を画策するが、狼のような鋭い視線を向けて殺気を放つ化物バケモノが、容易たやすくそれを許すはずはない。

 迅速かつ的確に部下を要所に配置したうえ、自分は敵の逃げ場を減らしながら、執拗しつように逃亡先を絞り、確実に二人を袋小路へと追い込んでいく。


「このジェイドをきつけるとは。面白い、八つ裂きにしてやる」


 怒張した青白い炎が見えるほどのプレッシャーでコツコツかかとを鳴らしながら迫るジェイドは、脳筋とは相反する狡猾さを発揮し、城外へ逃げられぬように二人を内へ内へと引き込んだ。


 追い込んでしまえばこちらのもの。

 戦闘に絶対的な自信を持つ大男は、部下たちすら寄せ付けず、躊躇ちゅうちょなく武器を振るった。間一髪のところで躱し続けたカワズだが、逃げ回るうちに城内の高い壁で囲まれた内庭へと追い込まれてしまうのだった。


 美しい花々が植えられ手入れされた様子の園庭は、粗雑な城下の風景とは一線を画し、場にそぐわないほど優雅で綺羅びやかだった。這いずり回って逃げ込んだ二人は、背の低い花々の影に隠れ、どうにかやり過ごそうと身を潜めた。


「無駄な足掻きを。一撃でほうむってくれる」


 僅かな空気の揺れだけで二人の場所を感知したジェイドは、追撃を繰り出さんと武器を振り上げた。しかしその時、何者かが不意に声をかけた。


「やめなさい、ジェイド。武器を下ろしなさい」


 声掛けに反応し、大男の武器が空中でビタリと止まった。

 殺されるぅぅとビビり倒していたカワズとリリーは、花の影で怯えたまま、恐ろしい殺気を放つ化物を見上げた。

 舌打ちしたジェイドは、声の人物へ「ご機嫌ようお嬢様」と前置きしてから、改めて武器を振り上げた。しかし


「やめなさいと言っているのです。わたくしの言うことが聞けませんの?」


 不服さを露わに武器を置いたジェイドは、敵意を隠しもせず、声の主へと向き直った。今にも失禁しそう、かつ平伏状態の二人は、ビクビクしながら何事だとオコジョのようにゆっくり顔を上げ、花と花の間から小動物のように様子を窺った。


「賊が入り込んでおりますゆえ、お嬢様はそこから一歩たりとも動かぬよう願います」


「賊ですって? 私には、貴方がひ弱な青年と妖精をいたぶっているようにしか見えないのだけれど。それはそうと、貴方はここがどんな場所か、理解しておいでですね?」


「……存じております。が、時と場合がございますゆえ」


 指示を無視して動こうとするジェイドを改めて止めた女は、「言うことが聞けないのならば」と念を押した。


「お嬢様も御存知のとおり、今回は叔父上様であるランカスター殿下が連れ去られております。なにより、実行した賊を捕らえるのが私の役目。決してここを荒らすような不逞ふていは起こさぬゆえ――」


 二人に背を向け、ジェイドがひざまずき進言した。

 しかしジェイドの背後にいるであろうカワズとリリーを見つめていた彼女の目が見開いた一瞬を逃さず、瞬時に振り返り、二人の姿を探した。

 ジェイドが視線を切ったほんの数秒のうちに、彼らの姿は溶けたように消えてしまった。


「あらら?」

「消えた……、だと?」


 園庭は、周囲を壁に囲まれ外界から閉ざされた空間である。

 出入口は四ヶ所備えられているが、ジェイドが背負う大開きの通路を除けば、場内の限られた関係者以外が通行できない構造となっているうえに、なによりも開いた形跡がない。よって脱出するには、壁をよじ登るか、出入口に立つジェイドを突破して脱出するか、空を飛んで逃げるほか方法はない。


「お嬢様は見ておられたはず。賊は何処へ?」


わたくしは目がおかしくなってしまったのかしら。そこに隠れていらっしゃった男性が身を屈めた瞬間、突然姿を消してしまわれたの」


「姿を消した……?」


 ジェイドは魔力探知のスキルを発動し、どこかに隠れている敵の存在を探った。しかし僅かな魔力の残り香を漂わせたまま、二人の姿はまるで何もなかったかのように消失していた。


「噂の空間転移術か。厄介な能力を持った奴がいやがるな。おい、誰かいないのか。賊が城内に入った可能性がある。すぐにお嬢様を警護しろ!」


 侵入者の発生を知らせる号砲が鳴らされ、すぐさま厳戒態勢が敷かれていく。

 ジェイドが意図する空間転移の魔法など使えるはずもない二人が、文字通り完全に閉じ込められ、城下に缶詰にされてしまったことは言うまでもない。

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