第23話 細胞レベルで筋肉化
門をくぐろうとしたところで、不意に背後から声をかけられる。
ビクッと肩をすくませた二人は、ロボットのようにカクカク振り返り、「はい?」と返事をした。
「見ない顔だな。妖精とヒュムか、珍しい組み合わせだ。……冒険者か?」
ゆっくりと間を詰め、カワズの肩に手を回した大男は、身分証と彼の顔とを交互に眺めながら、値踏みするように足元から順々に見上げた。
男の声色と威圧感に縮み上がったカワズは、「ぼ、冒険者でしゅ」と甘噛みしながら返事するので精一杯。
「ルーゼルからねぇ。……いや、しかし待てよ。おいそこの奴、ちょっと」
大男は門兵の一人を呼び寄ると、耳打ちして何かを質問した。返答を受け、「確かか?」と確認した大男は、ゆっくりと向き直り、再びカワズの肩に腕を回した。
「冒険者なら、ルーゼルからバングルまでのルートが幾つか存在するのは知ってるな。しかし低ランク冒険者が選べるルートは一つしかない。ザンデスの湿地帯を北に避け、イーマの村を経由し、道夢の谷を抜け、ルンドベックの大橋を渡るルート、これだけだ」
「は、はぁ、それがなにか?」
「なにか、……だぁ?」
大男の語気が少し上がる。
何かマズいことでも言ったかと、二人の心臓もドキュンと跳ねる。
「ここんとこ、東側の行路で人さらいや略奪が頻発していてな。……数日前にも、そこを通った貴族が襲われてよぉ」
「そ、それは災難ですねえ」
「でぇ、未だその貴族様は連れ去られたまま見つかってないときたもんだ。そのせいでウチの可愛い可愛い衛兵は、アチコチ借り出されてひでぇ目にあってる」
「そ、それも災難なことで」
「ちなみによぉ、……その貴族が連れ去られたってのが、ルンドベック大橋の近くでな。賊の逃走を防ぐため、現在進行系で橋を封鎖してんだってよ。ビックリしたことに」
首に回した大男の腕がグググと筋肉を鳴らす。嫌な予感しかしない二人は、ガタガタと奥歯を鳴らしながら、ハハハと誤魔化すほかない。
「ここで問題だ。現在通行可能な行路で、もっとも低ランクなのはどこでしょう。俺が知る限り、ザンデスの湿地帯を南に避けたドラメントの山脈地帯を通るルートだが……」
「る、ルートだが……?」
「この季節、あそこはひでぇ天候続きで高ランク冒険者ですら避けて通る。しかも今年に至っちゃあ、山脈の頂上付近で産卵を終えたスカイドラゴンが住み着いてるなんて噂もある。もし本当なら、手練れの冒険者ですらまず無傷で通過することはできんだろうな」
「そ、そ、それはそれは……」
「かといって低ランク冒険者がザンデスの湿地帯を通ろうなんて日には、2000回死んでもまず出られねぇ。じゃあ次の問題です。ライルズくん、でいいかな。君の冒険者ランクは幾つだい?」
その瞬間、心の中で『やらかしたー!』と叫んだ二人は、どのように誤魔化すべきかを超高速で模索していた。
まさかザンデスの湿地帯を数日で抜けてきましたなどとは口が裂けても言えず、返事ができずに固まっていると、先程耳打ちをした門兵が、新たに何かを大男へ伝えた。
「ひと~つ、新情報だ。な~んと貴族様を襲った輩の一人が、小さな生物を連れていたとの目撃情報が出た。最近は空間転移の禁呪を目撃したなんて噂も聞く。一旦人質を国の外に隠しおき、仲間数人を王国に入国させることで余計な危険を回避。無事東側へ出国後、人質を東へ転移させ、あり得ない場所に人質の身を隠して貴族を強請る、なんて手段も考えられるよなぁ?」
はぅはぅ半べそかきながら「しょんなこともあるかもですねぇ」と返事したカワズは、地響きが聞こえてきそうな男の怒気に気圧され縮こまる。しかし強気な性格が災いし、無用な濡れ衣をかけられたことに反旗を翻したリリーは、カワズの肩口から飛び上がり、「何が言いたいのよ!」と反論した。
「簡単だ。俺はテメェらの無罪を証明してほしいだけ。確実な無罪の証明をな」
張り詰める緊張の中、返答を間違えれば大事になるのは確実。
どうにか頭をフル回転させたカワズがやっとのことで答えを導き出すも、ほんの一瞬先にリリーが口を滑らせた。
「アタシたちはザンデスの湿地帯を通ってここまでやってきたの。だから事件のことも、大橋が封鎖されていることも知らなかったのよ」
「ザンデスを? ……お前らが?」
このバカ、何言ってんだとカワズが驚愕して目を見開く。「それ悪手ですからー!」と心の奥底で叫ぶも、時既に遅し。
「ほ~う、ならどうやってあそこを抜けてきたか、説明してもらおうか」
「そ、それは、退魔のポーションを使って、それで……」
「退魔のポーションか。確かにあれを使えば数日でザンデスを抜けられるかもしれん。確かにな」
「そ、そうなの。アタシたちは退魔のポーションを使って、ここまでやってきたの。わかったならもういいでしょ?」
「ああ、わかったわかった」
笑みを浮かべながら頷く大男の腕を弾き、「行くよ」とリリーが声をかけた。
背筋に冷たいものを感じつつ、言われるがまま歩みを進めたところで、背後からガチャリと金属が擦れる音がした。
―― って、わかるはずねぇよなぁ?
刺さるほどの殺気を背に受け、「ですよねぇ」と涙を流すカワズは、肩に乗ったリリーを掴むなり、必死の形相で真横へダイブした。直後、地を切り裂く斬撃が、元いた場所をズタズタに引き裂き、通過していった。
「つくならもう少しマシな嘘をつくんだな。たかが数日のロスで済む安価かつ安全なルートがあるにも関わらず、わざわざ高価なポーションを使ってまで危険な行路を選ぶバカはいねぇ。そもそも魔物を呼び込む性質をもつ妖精を連れて低ランク冒険者が湿地を通る? あり得ねぇ、バカも休み休み言え」
ほ~らねと絶望の血の涙で前が見えないカワズは、「考えなしに喋るな、このバカ妖精!」と叫んだ。もはや言い逃れできる状態でないのは明らかだが、そんな時ほど人の口というものは回ってしまうもので……
「いきなりなにすんのよ、この脳筋! 善人と悪人の区別もできないなんて、細胞レベルで筋肉化しちゃってるんじゃないの!?」
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