第21話 商業都市バングル
もう気が気でないリリーは、発狂しそうな心臓を押さえながら、すぐにでも高く飛び上がれるよう身構えた。
「最高に油断してるうえ、目まで瞑ってるとなれば、働くのは魔覚と聴覚。でも通常、その二つは生き物が使うべきファーストチョイスから外れてる。さっきの動きを見る限り、コイツは日頃から魔力を感知して小型生物を探してるんだろうけど、それも妖精(爆笑)でもない限り、簡単にはバレない程度のレベルってとこだな」
不服そうに口を尖らせたリリーは、それでも近付けば相手の思うつぼだと進言した。
「だから言ったじゃん。油断してる奴ってのは、感覚全てを使えないんだって。俺からしたら、こんなマヌケ岩、ただの置物と同じだし」
不敵に笑うカワズが、「ワッ!」と大きな声を出した。引きつった顔で有名な絵画のように頬に手を当てたリリーは、「アンタバカじゃないの!?」と慌てふためいた。しかし――
「気付けない。理由は周囲の音と魔力を消しているから。たったそれだけ」
いよいよ50センチの距離まで近付いたカワズは、手を伸ばし、適当にペシペシと硬い肌に触れた。鼻水を垂らして怯えるリリーに対し、壁にもたれかかるようにしながら言った。
「生き物は、そこにいると気付けない存在を見つけられない。もし見つけられたとしても、そいつはただの偶然。でもその偶然ってやつも、集中してなきゃまず起こらない。よってコイツは絶対に俺を見つけられない。単純な結論でしょ」
「た、単純なわけないでしょ。だってアンタ、今そいつに触って……!?」
ニャハハハと気安く硬い鱗のような皮膚を叩くカワズは、気付く素振りすらないモンスターに尻を向けて挑発した。しかし眠りについたまま微動だにしないロックヘッドは、まるで魔法にでもかけられたように静かなままだった。
キャンプ地へ戻ったカワズは、消えかけていた薪に火を灯した。未だ納得いかないリリーは、彼の異常さに困惑しながら質問した。
「ぜんぜん理解できない、馬鹿げてるわ。アンタが言うように音や魔力を消しても、アイツらがアタシたちに気付かない理由にはならない。現にアンタはアイツに触れてた。それはもう、気付く気付かないの範疇を越えてるじゃない!」
彼女の言葉に満足そうなカワズは、聖者のように微笑みながらうんうん頷いた。そしてこれ以上説明せぬまま、「寝ましょうね」と伝え、テントに潜り、また寝てしまった。
「待ちなさいよ、ちゃんとアタシが納得できる理由を言いなさいってば。そんなの納得できるはずないでしょ、ねぇ、ねぇったらー!」
――――――――
――――――
――――
――
―
☆ ☆ ☆ ☆
ようやく抜けた沼地を背に、目の下にくまを肥やした妖精が大きな欠伸を一つ。グロッキーでフラフラ彷徨う様は、明らかな不調さを示している。
「ふぁ~~あ」
「あらあらコバエ氏、寝不足ですかぁ?」
「うるさいわね、何日もあんなとこで寝てられるわけないでしょ。全部アンタのせいなんだからね!」
昨晩も一睡もできないまま朝を迎えたリリーは、バチバチ顔を叩いて眠気を飛ばす。反面、連日巨大魚をたらふく食べて油っぽいツヤツヤフェイスでご満悦なカワズは、釣りと食事、そして睡眠を堪能し、好調そのものだ。
「今日こそ説明してもらうわよ。誤魔化そうったって、そうはいかないんだから」
「うんうん、今日も釣日和だぉ♪」
「人の話を聞け、このボケナス。ったく、バカすぎて全然話にならないんだから。それにしても、そろそろ見えてくる頃なんじゃないの?」
モンスターの姿がまばらになり、行き来する冒険者の姿をちらほら見かけるようになったことで、緊張から開放されたリリーは大空高く飛び上がった。
吸い込まれそうな澄んだ青空に浮かんだ太陽と同化しながら、どれどれと眼下に目を凝らした。
「あ、ほら、見てよ見て、三時の方向。バングルの街が見えてきたよ!」
旋回し急降下しながら、前方遠くに見えてきた風景を説明して騒いだ。いちいち大袈裟な奴めと言いながら、自分も手を望遠鏡のようにして覗き込んでいるあたり、彼も心躍らせていたのは間違いない。
「新たな土地。そこにはきっと未知の釣り場が僕を待っている。う~ん、なんという甘美な響き♪」
湿地帯より東への遠征経験がなかった彼にとって、いわばそこは未踏の地。新たな漁場の開拓を意味していた。そんな事実を知ってか知らずか、いち早く悪寒を察知したリリーは、すぐさま釣男の肩に着地し、耳たぶを掴んで忠告した。
「言っとくけど遊びじゃないのよ。まずは依頼主のランドさんへ到着連絡と、周辺国の状況整理、それに冒険者ギルドでモンスターの討伐情報収集に、旅のお金の準備も必要なんだからね。わかってんの?」
「はいはいわかってます」
「ちったぁは真面目に聞けハゲナス!」
そうして口論している間にも、谷間の地形を利用して作られた巨大な城壁が見えてくる。太古の昔、大水によって生み出された自然の一本通路を加工して作られたアーチ状の立派すぎる正門は、何人たりとも通さないと言いたげに、訪れる人やモンスターを無言で威圧しているようだった。
関所を兼ねる門の通行を待つ人々の列の最後尾に並んだリリーは、待ち時間を想像して露骨に面倒くさそうに悪巧みする彼の企みを予見して、「ダメだからね」と釘を刺した。
「なにがだよ」
「並ぶのが面倒だからって、インチキして門を抜けようとしてるでしょ。そんなのアタシが許さないわよ。わざわざ率先して敵を作る意味なんてないんだから」
「うへぇ、クソ優等生ちゃん発言。別に通過するだけの街なんだしいいじゃん」
「バカ言わないでよ。そうして適当なことばっかしてると、いつの間にか周りが敵ばかりになるのよ。無駄なトラブルを避けるためにも、必要な工程は踏んでおくべきなの」
ぐうの音も出ない正論に治められ、作業している門兵の姿をボーっと見つめていたカワズだったが、五分、十分と過ぎるにつれ、わかりやすく苛々が膨らんだ。
いよいよ三十分が経過した頃には、グギグギと顔を引くつかせ、「いつまで待たせんだ」と鬼の形相で腕組みし、貧乏ゆすりしていた。
「子供じゃないんだから我慢なさいよ。それにしても、……何かあったのかしら?」
説教じみたことを口にしてみたものの、実は暇を持て余して退屈していたリリーも、物見遊山に「なんだろうなんだろう」と飛び上がり、正門の様子を見下ろした。
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