第20話 相手のテリトリー
「お前自分が大好物って何言ってんだ。混乱魔法でも暴走させたのか?」
「……ハッ、もしかしてアタシ、ホントはもうダンジョンで殺されてて、霊体になった挙げ句に変なヒューマンと世界を
慌てて頬をつねり、足があるかを確認する。続いてピョンピョン地面を跳ね、最後に羽根を確認した。どこにも怪我や異変はなく、見るからに健康すぎる身体は健在で、おかしな部分は一つとして見当たらなかった。
「あれ、やっぱりどこもおかしくない。でもだったらなんで!?」
「お前、本当にうるさいな。黙って寝ろよ、夜なんだから」
横になろうとする男の耳を強引に引っ張ったリリーは、ちゃんと説明しろと瞬き一つしない充血した眼を突き付けながら迫った。あまりの迫力にドン引きしたカワズは、可哀想な人の相手をするように、半身の状態で視線を逸らしながら「なんでしょうか」と聞いた。
「説明しなさい。一体全体どうなってるの。それより待って、まずアタシは、ちゃんと生きてるのよね、それでいいわよね!?」
「はぁ……、多分そうなんじゃないですかね」
「はぁ、じゃねぇし! ちゃんと説明しろし!」
「……なにをでしょうか」
「いい加減にしろよテメェ、こちとらずっと心臓バクバクで、命がいくらあっても足らんのじゃけぇのぉ!」
血の涙を流しながらメンチ切るリリーに心底怯えたカワズは、面倒くさそうに目の前で親指と人差し指を構えた。「なんのつもりよ」と憤る彼女を尻目にパチンと指を鳴らすなり、リリーは自分の目を疑い何度も目を擦った。
「……え? ……あれ、え?」
音を聞いた瞬間から、これまで目の前にいたはずの全てが、目に映る世界から忽然と姿を消してしまった。そこにいたはずの人間が突如として消えてなくなる様は異常で、リリーは怯えたように地面に手を付き、手探りに自分の存在を確かめた。
「何が、どうなって……」
彼女が呟いた直後、また近くでパチンと音が鳴った。すると今度は目と鼻の先で巨大な指先が彼女の額に触れ、弾かれた爪先がデコピンとして突き刺さった。
「※∬∇∮$♂!?」
「生き物ってのは単純で、余程の変わり者でもなければ常に油断して生きてんのな。ちなみにそんなとき、ほとんどの生き物は適当に視覚だけに頼って行動してたりする」
「え、いや、……なに?」
「そっから発展して聴覚、触覚、嗅覚と続くんだが。いや、この世界だと魔覚とか温覚とかもあるんだっけ。まぁ色々あるんだけど、油断ってのは生き物の感覚を極限まで鈍らせるわけ」
「ちょ、なんの話をしてるの、それに今のはなに!?」
「なら問題な。この湿地帯で警戒すべきモンスターを全部挙げてみろ」
「警戒って。……大まかには、さっき襲われそうになったケレントや、ジャイアントロックヘッド。それにオアシスタートルに、オニハコツノウシとかかしら」
「ほかには?」
「あ、でも単独でなければシルバーダンプウルフが一番の脅威かも。アイツら、執拗に集団で襲いかかってくるからホントに厄介なの!」
「なら逆に、単体で一番強いモンスターはどれだよ」
「うーん、でもやっぱりケレントやロックヘッドかしら。って、アタシそんなこと聞きたいんじゃないんですけど!?」
「へ~。やっぱそうなんだ」
「へ~って、なにそれ、アンタもしかして知らなかったの!?」
当然のように頷いたカワズは、別にそこは大きな問題じゃないと遠方の一ヶ所を指で示した。
「なら聞くけど、お前はもし自分の家でゴロゴロしてるとして、そのとき誰かに襲われる予測とかしてる?」
「いや、しないけど……」
「ならアレはどうだ。この目隠しも障害物もない原っぱで、随分と堂々としたもんじゃね?」
指先が示すポイント。
そこには巨大なナリをしたロックヘッドの姿がハッキリと見えていた。
「さっきアタシを襲おうとした奴じゃない。ふん、偉そうに寝転がっちゃってさ!」
「裏返せば、アイツにとってここは、
「それがどうしたっていうのよ?」
「油断しても襲われない。それって、要はアイツがここで一番強いってことじゃん」
「……確かに、それはそうかもしれないけど。でも集団で戦ったら厄介なのはウルフの方よ。徒党を組まれたら、アイツだってただでは済まないと思う」
「野生ってのは不思議なもんで、理由もなくわざわざ敵の領域に踏み込まないの。見たところ、ここは岩のと鳥のテリトリー。わざわざリスクを冒して強者のねぐらに入るバカはいないよ。よって、ウルフがやってくる可能性は極めて低い」
「そ、それはそうだけど」
「単純な話、ここでは岩と鳥と食い合わなければ平和ってこと」
「そうかもしれないけど、そんな簡単な話!? あの二種類、相当凶暴なモンスターなのよ。アンタだってさっきアタシが襲われるとこ見てたでしょ!?」
「それはキサマが、"
ケケケと笑ったカワズは、チョイチョイとリリーを呼びつけ、徐ろに移動した。
数秒後、ぎょっとした彼女が足を止めたのは言うまでもない。
「ちょっと、それ以上近付いたら、アイツのテリトリーに入るわよ。逃げ切れなくなるわ!」
眠りにつくロックヘッドの間合いに躊躇なく踏み込んだ彼は、まるでハイキングでもするかのよう、優雅にスキップ混じりで近付いていった。
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