第15話 金輪際作れない


  「「  なくなる!?  」」


 カワズとランドがシンクロして聞き返した。

 どういうことだと質問するより先に、リリーは下唇を噛みながら顔を上げ、振り絞るように言った。


「アタシたち妖精族は、ジルべ様の御加護のもと、それぞれが与えられた力を守りながらずっと生き抜いてきた。だけど、それももう時間の問題だって言ってるの」


 しかしカワズは真に受けず、いい加減に反論する。


「んな大袈裟な。今だってお前みたいに外に出て生きてる奴もいんじゃん。全部消えるなんて馬鹿げてるね」


「何も知らないくせに。アンタなんかに、アタシたちの何がわかるのよ!?」


 カワズの首元にしがみついたリリーは、大粒の涙を流して迫った。


「アタシたちは、ジルべ様の加護のもとでしか生きられない。……なのに!」


 話の大枠を悟り、ランドが項垂れて首を振った。双方の意図がまるで読めず、襟首掴まれ凄まれた状態なカワズは、「なんでしょうか」と虚勢を張るので精一杯だった。


「――ぬのよ」

「……え?」


 言葉が聞き取れず聞き返す。

 手を放したリリーは、強い覚悟を滲ませながら、口にすることも躊躇うような言葉を呟く。


「ジルべ様が、……死んでしまうのよ」


 小さな妖精が醸し出す迫力に気圧され、ペタンと尻もちをついたカワズは、まだ意味が理解できず、「は?」と聞き返した。もはや言葉が続かないリリーの肩に指先で触れたランドは、あとは俺がと言葉を代弁した。


「嬢ちゃんら妖精族は、主である王の存在無しに、この世界に留まることはできん」


「な、なにそれ、意味フ」


「まさかとは思ったが、これほど切迫した状態だったとは。秘密主義の妖精族が、これほどまでに必死になるんだ。噂の類じゃ済まされんな、こいつは」


「だ、だから俺にもわかるように!」


 スリッパでカワズの頭をパコンと叩いたランドは、冊子の頁を開き、痛がる男の目前に差し出した。


「読んでみろ」

「えーとなになに、妖精族は主である妖精王の加護のもと、存在することが許される唯一の種族である。……これがな~に?」


 もう一度パコンと叩き、ランドは一ヶ所を強調しながら補足した。


「妖精って種族はな、主となる存在が何らかの理由でこの世を去るとき、その守護下に置かれていた者も同時にこの世界から消えちまうのさ。通常は力を後継へ繋ぐことで代替わりしてくはずだが……。嬢ちゃんの様子を見る限り、それも難しい事情がありそうだ」


 ランドの一人喋りに、リリーは静かに頷いた。

 うへぇと露骨に嫌な顔をしたカワズは、"これ関わっちゃ駄目なやつだった"と、これまた露骨に空気を消そうとした。しかしとうの昔に手遅れだった。


「それで、"禁呪"か。種を繋ぐためとはいえ、話が飛躍しすぎちまったな……。なにより、そこまでいくと俺たちの手に負える話じゃない。しかし聞いちまった以上、俺の性格上、ほっとくのも無理だ。とすれば、どうするべきか」


「え?」とリリーが顔を上げる。

 嫌な予感を察知したカワズは、素知らぬ顔で立ち去ろうとした。……が、無駄だった。逃亡を謀るカワズの腕をガッシリと掴み、ランドが にぃ~っこり微笑んだ。



「てことで、ライルズ。何か良い方法を探せ。どーせ暇なんだろ?」



 まるで天女のような優しい微笑みで無茶振りするランドは、話の流れが不明瞭すぎて呆然とするリリーに親指を立てた。


「ざ、ざけんな、なんで俺がそんなこと。なにより、俺がそんなことしなきゃいけない理由が1つもなーい!」


「そいつは、ちと違うな」


 店のカウンターに乗っていたアイテムを手に取り、カワズの前にドンと置いた。それは彼が修理&改良を依頼するため持参していた釣り用の魔道具、通称ショックウェーブだった。


「金もないくせに調子良く依頼したコイツの改造。ちょうどいい機会だから教えといてやる。お前ら冒険者がホイホイ依頼してくる魔道具の精製だが……。彼女ら妖精族が滅亡したが最後、残念ながらしばらく成立しなくなると思ってくれ」


「はぁ? そんなの関係ないだろ!」

「それが大ありなんだよ」


 冊子の別頁を捲ったランドが紙面をカワズの顔面に押し付けた。そこには妖精族によって与えられる"祝福"の概要が説明されていた。


「彼女らの持つ祝福って力は特別でな。それを受けたアイテムは、既存の範疇はんちゅうを越えたランクの精製を可能にする力を持つのよ。もっと言っちまえば、祝福がなければ高度な魔道具の精製は成立しないと言ってもいい。祝福の力なしに、高ランク魔道具は成立しないってことだ」


「と、いいますと……?」


「簡単な話、"彼女らの滅亡=テメェの望む道具が金輪際作れない"ってことだな」

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