第14話 疫病神


 ランドの質問に、リリーはほぞを噛んだ。


「彼女らは、自分らだけで生きていくにはどうすべきかを考えた。どうすればこの状況を変えられる。ただになってしまった関係性を、どうしたら変えられる、とな」


「搾取ぅ? なんだよ、搾取って」


「世の中そうそう上手く回らないのさ。彼女らがどれだけ平和的な種族であっても、一つ歯車が崩れ始めれば、徐々にバランスは崩れていく。……力の強いものが常に優位性をもつ。こいつはどこの世界でもかわらねぇ必然ってことなのかもな」


「そうよ、あいつらが、……あいつらが全部悪いんだから!」


 激昂したリリーが悔しさを露わにした。

 その表情には、悔しさにも似た虚しさが滲んでいた。


「あの日、エルフの長であるラールは、アタシたちに力を与える見返りに、これまでの倍の力を差し出すように迫ったわ。アタシたちだって、しばらくは仕方なくそれを受け入れた。でも奴らの要求は日に日にエスカレートしていったわ。そしてついには許容できない見返りを要求してきたのよ!」


 ハァハァと肩で息をしながら、リリーは怒りのまま言葉を吐き出した。


「まぁなんだ、そうして彼女ら妖精族は、要求に耐えきれず、エルフの元を去った。しかし意外なことに、エルフはそれを止めなかった。どうせすぐに戻ってくる、奴らは自分たちがいなければ滅ぶに決まっていると決めつけていたからだろうな」


 ランドの注釈にカタカタと体を震わせながら目を瞑ったリリーだが、そこから先の言葉が出ず、口ごもった。


「でも出てったからにはどうにかなる計算があったんだろ」とカワズが空気を読まずに確認した。ランドは彼女の様子をしばし見つめてから付け加えた。


「さっきも言ったが、妖精族が自力で生きていけるほど、この世界は甘くない。そうなれば別の誰かに救いを求めるのは必然ってもんだ。ここで出てくるのが、って種族だな」


「あ、それ知ってる。地下が大好きなおっさんたちだろ。俺って物知り~♪」


「ジルベはノームの族長と契約を交わし、彼らの守護下に入ることを決めた。ノームは気のいい連中だ、契約は何事もなく成立したと聞いてる。しかしエルフと同じように祝福の力を分け与えるという契約自体には変わりなかったが、ただ一つ、決定的に違う部分があった。わかるか?」


「うーん、おっさんどもの作る飯が不味かった。これだな!」

「……アホ。お前さっき自分で言ってたろ」

「ノームが、……おっさん?」


「違う、ノームが地下に住んでいるという点だ。彼ら種族は、ダンジョンの跡地や現役のダンジョンに潜って生計を立てていることが多い。そんな場所に反作用する妖精族が住めばどうなるか、容易に想像できるよな?」


「うん、食われるね、絶対」


「端的に言えばそのとおりだ。力を借りられたとしても、地下空間は生まれながらに光属性を持つ彼女らが住める場所ではなかった。不意打ち、闇討ち、騙し討ち。目立つ妖精の存在は、ノームにとっても死活問題になり得た。それがこの五百年で嫌ってほど顕在化したわけだ」


「そういや前にも言ってたな。コイツら、やっぱ疫病神じゃん」


「そして現在、そのノームと絶賛大揉め中、と。最近ノームの族長であるガムランがカイエン近くで目撃されたと聞いてたが、やはり噂は本当だったってことか」


 二人の会話に肩を落としたリリーは、全てを肯定し頷いた。しかしすぐに思い直し、力の限り首を横に振った。


「だけどアタシたちは、なにも悪いことしてない。……なのに!」


 存在すること自体が問題となってしまう。

 流石のカワズも、そこまで口にするのは躊躇して口を手で覆った。


「妖精族の境遇には同情する。……しかし、だからといって禁呪きんじゅはいただけねぇ。それとこれとは話が別だ」


「そういえば、それなによ。キンジュ、韓国料理かなにか?」


「(……カンコク?)俺も詳しくは知らん。知らんが、遥か太古に姿を消した、その名の通り禁じられた呪術って奴さ。種類も様々で、魔法を無効化したり、魔力でキメラを生み出したり、世のことわりに反するような効果があったとされている。中には強大な力で星を降らせた、なんて馬鹿げた逸話も残ってるほどだ」


「ほうほう、メテオっぽー。んで?」


「でってお前なぁ……。俺風情にも逸話が知れてる夢のような力が本当に実在したとなれば、黙ってられない奴らがいるだろうが」


「だ~れ、誰なの?」

「そりゃあ、あれだ。……彼女らを除く全ての種族だろうな」

「あらら……、大喜利みたいな答えですこと」


「古来より妖精族には魔力に関連した様々な伝承があるとされてる。なにより禁呪って言葉についても、とうに数百年は現存が確認されていない力にも関わらず、国の古い法令には今なおそいつを禁ずる内容が残ったままときている。中身は想像の域を越えないが……、アンタの顔を見てると嫌な予感がプンプンするぜ。違うかい?」


 世間の一般論でいえば、グレーテストテイルキングの尾に装飾目的以外の用途は皆無とされる。だからこそ、切れ端を手に入れ、心の底から喜びを露わにした彼女の姿は異様で、見え隠れする異常さを際立たせていた。


「アナタたちに迷惑はかけない。だから、お願い」


「何をしでかすつもりか知らないが、嬢ちゃんらの目的は想像がつく。もし仮に俺が考えてるようなことをするつもりなら……。悪いことは言わん、やめておけ」


 再び蚊帳の外にされたカワズは、額にシワを寄せ「いぃぃぃぃぃ」と顔をしかめた。無視した二人は互いに牽制しあい、無言で睨みを利かせていた。


「そうはいかないわ。アタシたちにはもう時間がない。こうしている間にも、一族の未来は刻一刻と削られてる。たとえ刺し違えてでも、これを仲間の元へ届けなければならないの」


「そいつは穏やかじゃねぇな。しかしその態度が、また一つ噂を肯定しちまう。そうだろ?」


 シリアスな空気漂う中でもなカワズは、ダンダン地面を踏み鳴らし、自分も仲間に入れろと駄々をこねていた。


「噂ってなーに!? わかるように説明してよ! してったら!」


 ハァと息を吐いたリリーは、全てを諦めガクンと肩を落とし、脱力しきった視線を地に向けたまま言い捨てた。





 いいわよ、だったら教えてあげる。

 ……なくなるのよ。影も形も、全てなかったかのように。


 全てが ――

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