第7話 サファリパークの専用車
飛び出す目玉。
耳をつんざく悲鳴。
湖面が揺れるほどの声量に、耳を覆ったカワズは「このバカ」と周囲を窺いながら小生物の羽根を摘まんだ。
「そんなバカデカい声で叫ぶやつがあるか、ここをどこだと思ってやがる!?」
「ギャー、やめて、殺さないで、アタシなんか食べても美味しくないですぅぅ!」
「だから叫ぶなっ、おい、口ふさげ!」
「ヒイィィィ (ノД`)ノ イヤイヤ
進○の、○撃のアレみたいに食べられるぅぅ!」
小さな身体からは想像もできない声量の悲鳴が響き渡り、途端に周囲の空気がざわめき始める。摘ままれバタバタ暴れて叫ぶ小生物は、オバケ役を与えられた園児のように、等間隔で断末魔の叫び声をあげ、馬鹿正直に恐怖を体現してみせた。
そんなことを、ダンジョンの、しかも最下層領域で行えばどんなことが起こるのか。ものの数秒とかからず、ダンジョンはその隠し持っていた恐ろしい牙を剥き始める――
ドスドスという重量感のある足音。
ダンジョンを揺るがすほどの圧倒的なプレッシャー。
テリトリーに踏み込まれたという凶モンスターが放つ恐ろしいほどの悪意と緊張感が二人を襲う。水を飲み終えて去ったはずのクイーンゴブリンとホブゴブリンのパーティーは、声の主を叩き潰すため、再び沼を目指していた。
「バカ、いいから口閉じろって!」
「イヤー、食べないで
やめてよー( ノД`)ノ、シクシク」
「マズい、こうなったら……」
小生物の口に人指し指を突っ込むと、両の手のひらで体ごと覆い隠し、スゥゥゥと大きく息を吸い込んだ。そしてムッと息を止め、駆け寄るモンスターを正面に見据えた。
巨体を揺らし、恐ろしいほどの勢いで戻ってきたゴブリンは、ギャギャギャと奇声をあげ、手にしたこん棒を振りかぶるなり、間髪入れずに投げ放った。カワズの指の隙間から一連の流れを眺めていた小生物は、迫る巨大武器の恐怖に怯え慄き、ゴブリンよりも一際大きな声でギャーと叫んだ。
「いちいち叫ぶな、黙ってろ!」
間一髪でこん棒をかわすも、駆け寄ってくるゴブリンの進軍は止まらない。
汗を拭ったカワズは、うるさい小生物を抱えたまま、肺の中の空気を少しずつ吐き出していく。そして最後に残った一欠片の空気を絞り出すように、「ヒドゥン」と呟いた。
目の前まで迫ったゴブリンたちがスピードを落とした。圧力をかけるように眼を光らせ、湖畔にいるであろう敵を見据え、フゥフゥと荒い呼吸を繰り返した。
手の中で怯えきっている小生物は、あわあわと涙目で硬直し白目を剥いた。
『 フギュゥフギュウ、フグゥッ!? 』
ホブゴブリンを操り、クイーンゴブリンが敵を逃がさぬように進路を塞いだ。
背後は毒の沼地。
正面にはゴブリンの群れ。
深層の凶悪モンスターに追い込まれてしまった挙げ句、正体不明の生物に捕らわれた小生物は、ナンマンダブナンマンダブ(泣)と念仏を唱えながら、滝のように流れる鼻水と涙を一緒に啜るしかない。しかし――
『 ハギャギュギャギャ!? 』
ゴブリンたちの顔に、困惑の色が浮かび始める。それもそのはず、追い込んだはずの獲物の姿がなかったのだから、それも当然だった。
「……え? なに?」
挙動不審に辺りを窺ったまま襲ってこないゴブリンの姿に、小生物も動揺の色を隠せない。その隙に、息を吸い込まぬままそろりと動き出すカワズは、敵が見つからずに相談しているゴブリンへと、一歩一歩近づいていく。
「ちょ、ちょっと、どういうつもり!?」
「黙れ、喋るな」
膨らむ手の中に向かって静かに語りかけながら、ゴブリンの巨体に触れぬよう、すぐ袖を抜けていく。
事態が飲み込めず開口した小生物は、サファリパークの専用車に乗せられた客のように、反応なく集団を突破していく手の主の異常さに困惑しながら、もう質問せずにはいられなかった。
「あ、アイツら……、アタシが見えてない?」
喋るなと手をすぼめる。
押し込まれ、小生物が「キャッ!」と声を漏らした。
ゴブリンたちの視線が一斉に背後へと向けられる。
「やっべ」と顔色を変えたカワズが、スタコラサッサと逃亡を開始する。異変に気付いたゴブリンたちも、一斉に「ギャギャギャー!」と奇声をあげ、その場でジャンプを開始する。
イヤ、イヤ、もうイヤー!!
何がどうなってるのよー!
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