第6話 壊れたゼンマイ式玩具


 沼を割るような地響きが発生し、瞬きすら許さない一瞬のタイミングで、沼面から巨大な何かが飛び出した。笑みを浮かべたカワズは、軽く握っていた竿をぐぃと引き寄せ、「はい、キタコレ!」と針をあわせた。


 身の丈は、優に彼の5倍。

 重さなら20倍はありそうな重厚すぎる鱗に囲われた魚影は、水面を跳ねながら、バケモノのような咆哮をあげて抵抗する。しかし無駄な力を使うことなく相手の力を利用して空中で見事に魚を手繰り寄せたカワズは、そのままビタンと壁に叩きつけた。

 激しく暴れる悪魔色のモンスター魚は、発達した尾鰭で壁や地面を破壊した。しかし逃げられないように糸だけを固定し、しばし腕組みしたまま鑑賞するように見つめてから、それでは参りましょうとアダマンタイト製のハンマーに持ち替えた。


「それなりの大物かね。ピエナ・エ・レルドシードラゴン、別名ウ○コ魚。聖属性のエサを好み、見境なく喰らいつくバカ魚と……。う~む、正に見境なし!」


 暴れて疲れ果てた魚の左眼の上瞼に当たる部分を掴み、そのままベロンと奥に手を突っ込むと、中から小さな玉のようなものを引っ張り出す。そして握った手のひらで、玉をガツンと叩いてやる。魚はギェェという断末魔を上げたかと思う間もなく、力なく横たわり、そのまま絶命した。


「コイツは、このちっさい脳みそを叩き割るのが手っ取り早いんだよね。ではさっさと処理して締めちゃいますか」


 腕まくりしたカワズは、流れるようにハンマーからナイフへと持ち替え、器用に皮を剥ぎ、ギュルンと内臓を取り出した。茶色の血がドロリと流れるのも気にせず胃袋に切れ込みを入れたところで、ポトリと何かが落下し、地面を跳ねた。



『ハぅァッッ、き、奇跡、これは奇跡だわぁぅっ、オェッ、クッサッッ!』



 汚物にまみれた小さな円球が揺れながら力無く転がった。かと思えば、今度はシャボン玉のような膜がパチンと弾け、うっすら光が漏れ出て周囲を淡く照らした。

 飛び出した物体は、ゴホゴホ咳き込みながら、激しく地面に体を擦り付けた。



『ああ臭い、サイアク、臭い臭い、臭いったらくさーい!』



 騒ぐ何かは、緑色の小さな体についた汚れを払いながら、助かった喜びと、襲いくる悪臭とを交互に感じながら、涙を流してはえずき、涙を流しては、またえずいた。


「なによ、この物体……」


 足元でにぎやかに騒ぐ小生物に呆気にとられていると、我に帰った小生物自身がクワっと目を見開き、「ハゥッ!」と悲鳴をあげた。見下ろしているカワズは、あわあわ怯えるその生き物を凝視した。


「で、でも、これはどういうこと? 出られたと思ったら、誰の姿もないし……。

ヽ(ヽ゜ロ゜)ヒイィ! モンスター死んでるぅ!」


 目に入る全てを口にして、いちいち泣いては喚き散らした小さな生き物は、自分を食ったモンスターがさばかれた姿に怯えつつ、キョロキョロ辺りを窺った。しかし自分以外に誰もいない空間は虚無そのもので、不自然すぎる状況が読み取れず首を捻った。


「どゆこと? アタシなんで助かったのかしら。……ハゥッ、もしかして、アタシもう死んでる!?」


 自身の頬をつねったり、地面をバンバン叩いてみたり。その様子を観察していたカワズは、いい加減馬鹿らしくなって「おい」と声をかけた。


「……え? 今、どこからか声が……」


 慌てて警戒し、シパシパ瞬きを繰り返す。しかし暗闇で動くものの姿は認識できず、いよいよ表情からは恐怖の色が濃くなっていた。


「おいって。こっち向け」

「……あれ、やっぱり、どっかから声が」

「あ、そうか。そういえばだった」


 ゴホンと咳払いしたカワズは、小生物に思いきり顔を近づけ、輝く背中の羽根の先に触れながら、「おい」と低い声で話しかけた。

 息がかかるほど耳元で聞こえた音の出所に、壊れたゼンマイ式玩具くらいに震えながら振り返った小生物は、突如目の前に出現したナニカを、初めてそこで視認した。そして――



  「「 ギャーーーーーー!! 」」




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