第5話 伝統的、かつエレガンス


 アイテム獲得に必要なモンスターが生息するポイント。

 ダンジョンの一部領域にしか育たない植物や鉱物を入手するためのポイント。

 ダンジョン主である超絶怒涛の魔獣が鎮座するポイント。


 多くの冒険者が目指すのは、このような誉れ多き場所である。何よりもわざわざ命の危険を侵し、目的なき場所を目指すほど冒険者も暇ではない。


「では第2ヒント。縦穴型ダンジョンの場合、ほとんどのダンジョン主は、陸上で生活をしており、巨大なナリをしている。続いてヒントその3、海型ダンジョンを除き、ほとんどのレアモンスターやアイテムは陸上に出現するとされております。またまた続いてヒント4。最深部の最危険地帯に、そんな条件に一切合致しない場所が一つあります。さてどこでしょう、お答えください!」


 次第に辺りから生臭さが消え、肌寒く感じるほどの冷気が広がり始めた。底冷えする寒さの正体は、そこに存在しているに由来していた。


「では正解の発表。当然、そんな場所にはコレがありまーす!」


 ジャーンとばかり紹介した先には、薄暗く照らす光の影がゆらりと揺れていた。ポチャンと何かが跳ねる音に、それすらも吸収してしまう漆黒しっこくうねり――


「正解は水場。地図上からは窺えない、ほとんど情報が書き込まれていないそんな場所には、笑っちゃうほどの確率で沼や池があります。皆さん、わかったかなぁ?」


 ダンジョン水生生物。

 それは文字通り、水場に暮らすダンジョンモンスターを示している。半水半陸の種もいれば、当然水中だけに生息するものもいる。また説明するまでもなく、そのほとんどが冒険者にとって脅威であり、強力な敵となる。

 何より水中というフィールドは、通常の冒険者にとっては不利に働く。

 好き好み、モンスターのテリトリーに足を踏み入れる馬鹿はいない。何よりもダンジョンの水場は臭気に毒されていることが多く、飲み水としてはまずNG。死角も多く、孕んだ危険度の高さとしては想像に難くない。

 よって冒険者が自ら水場に接近する意味はないし、目的もなくわざわざ足を向ける理由がない。

 

 さらに付け加えれば、水中に生息するモンスターのアイテムドロップ率は著しく低いとされ、しかもその価値がほぼ世に認められていない。

 なにより水底にアイテムが沈んでしまえば拾うことすら困難となり、回収難度は無駄に高い。稀に専用装備を作る際に必要となる鱗のようなアイテムの調達を除いた場合、リスクだけがめっぽう高く、勝負を挑む意味自体が皆無なのである。


「単純な話、ダンジョンの深層を目指す冒険者が、わざわざこんなとこに立ち寄るわけがないんだよね。悲しみ……」


 抜け道の探索や新規開拓などの特殊な理由でもない限り、まず目的のない場所。しかもそれが高ランクダンジョンとなれば尚更である。


「よって、そんな場所には決まって池や沼、ダンジョン海が存在してるよ。しかもこんな深層の奥の奥の無印ポイントとなれば、水場以外に成立しないのであーる!」


 彼が指さす先では、おどろおどろしいナリをしたモンスター数体が、沼地の水を飲んでいる最中だった。

 粘度が高い汚れた水をジュルジュル吸い込んだクイーンゴブリンは、引き連れた数匹のホブゴブリンに囲まれながら、周囲を警戒し、鋭すぎる視線をそこかしこへと向けていた。


「ジュルジュルジュルジュルじゅじゅじゅじゅ~、毒の沼地をズビズバ~♪」


 しかしそれら最悪の集団の真横を鼻歌混じりで通り過ぎ、少し離れた池沿いの苔むした一角に陣取ると、サッサと地面の汚れを払い、リュックから取り出した派手めなシートを敷いてヨイショと腰掛けた。


「ふむふむ。沼地の色は、紫と茶が混じったド腐れ糞尿色。とすると水中は視界ゼロだから……。今回見た目は不要、かつ臭い系より清楚系の、これだ!」


 専用にあつらえたリールを手に取り、腰に付けていた竿先に装着し、金色に光る糸を通して針を付ける。そしてぶつぶつ何かを唱えてから、接着部に指の腹を押し当てた。

 ポゥと淡い光が灯り、針と糸が完全に吸着したのを確認すると、次に小さな箱を取り出し、中からほんの小さな布切れを摘んで針先に突き刺した。


「今回はポルフ地方の北の北にあるとされるエルフの村でしか作られていない、伝統的、かつエレガンスなお嬢様用髪結紐の切れ端をエサにするとしよう。ふふふ、想像するだけで興奮が抑えられないよ、ぐふふ」


 指を放せば、針先がふわりと浮き上がる。カワズは緊張した面持ちで沼地の上へと糸をたらし、フゥゥと息を吹きかけた。

 風に押され、仕掛けが沼の中央をめがけて流れ、導かれるようにピタリと静止した。針先を見つめた彼は、沼地の様子を気にかけながら、竿を握った指先に全神経を集中させた。


 直後、あれだけ優雅に浮いていた仕掛けが、「ぽちゃん」と落水した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る