3.外れスキル再び、そしてヒモへ。
(本当に辛かった……)
ウィルは街までの途中、青く澄み切った空を仰ぎながら思う。
親に捨てられ、弟と生き別れ、新たなスキル発現を夢見て必死に鍛錬して来たこの十年。潜ったら数年は出られない規格外のあの洞窟で、一体何度死にかけたことか。
ただ自負はある。ガキだったあの頃と比べ別人のように強くなった。きっと新たなスキルも発現しているはず。
「その前に、この身なりを何とかしなきゃな!!」
ボサボサに伸び切った茶色の髪。汚れた服。ウィルは持っていた剣で髪を切り、近くの川に飛び込んで久しぶりの行水を楽しむ。
そして数年ぶりの日光に眩しさを覚えながら、一路期待を胸に街へと向かった。
「これって……」
十年ぶりにやってきたスキル鑑定所。ウィルは緊張した面持ちで若い女鑑定士の顔を見つめた。驚きと言うよりは困惑の表情を浮かべる女性。昔、ウィルにスキル『虚勢』を伝えた老人の下で修行中の女性だ。ウィルが尋ねる。
「なあ、スキルは……」
「ええ、第二スキルが発現しているわ。凄いです!!」
ウィルの顔が笑みに包まれる。
「マジか!? よっしゃああ!! で、一体スキルは……??」
女性が棚にある分厚いスキル辞典を幾つもめくり、唸りながら答える。
「う~ん、それが全く見たことのないスキルで……、どの本にも載っていないんです……」
「はあ? なんだよそれ!?」
ウィルの脳裏に嫌な予感が走る。女性がじっとウィルの顔を見つめて言う。
「今師匠がいなくて相談できないんだけど、うーん、名付けるなら『従者強化』ってとこでしょうか。一緒に居る供の能力を上げるスキルです」
「供の能力を、上げる……? 戦闘スキルじゃねえのか!? 俺自身は強くならねえのか!!??」
泣きそうな顔でそう尋ねるウィルに女性が首を振りながら答える。
「残念ですが、あなた自身は強くならない。ごめんなさい、私もまだ未熟で……、師匠が来たらきちんと相談しますから……」
(戦闘スキルじゃ、ない……)
ウィルにとって戦闘で戦えないスキルは云わば『外れスキル』。第二スキルで一発大逆転を夢見ていた彼にとって、この結果は言ってみれば『人生終了』を意味するに等しかった。女性が尋ねる。
「でも本当に変わったスキルですね。こんな未知なスキルがあるとは。私もまだまだ勉強が全然足りませんね」
もうウィルの耳に女性の言葉は入らない。初めてのスキルに興奮する女性をよそに、ウィルは無言で部屋を出る。
――人生、詰んだ。
外に出たウィルはうな垂れ思った。
親に捨てられ弟と生き別れ、必死に鍛錬してきたこの歳月。立派な戦闘スキルを手に入れみんなを見返し、弟に会おうと思って耐えて来たこの十年。
「なんでだよ!!!!」
地面に両膝をついたウィルが涙を流し地面を叩く。スキル鑑定所の前で涙を流す光景。戦闘スキルが発現しなかった人が悔しがる見慣れた光景。街の人達も横目でウィルを見ながら通り過ぎて行く。
「アルに、会いてえ……」
目的を失ったウィル。自然と大好きだった弟の居る自分の村へと歩き出した。
ブルっ……
ウィルが店を出て数時間。スキル鑑定所の女性はふととある可能性を思いつき身震いをした。
すぐに店の棚の奥に並べてある一冊の古びた本を手にする。数十年も読まれていない薄い本。埃まみれのその表紙に書かれた『勇者スキル』と言う文字を手で拭い、恐る恐るページを開いて行く。
「!!」
女性は全身の震えに思わず卒倒しそうになった。目を見開き、そこに記された文字を何度も読み返す。
【威圧】……勇者が使える初期スキル。その眼光だけで
【従者強化】……勇者と共に行動する者の能力を上げる
女性はウィルが入って来た時に伝えられた『虚勢』と言う魔物を威圧するスキルを思い出した。思わず手にしていた本を床に落とし、体を震わせながらつぶやく。
「まさか、まさかあの子が、勇者様だったと言うの……!?」
慌てて店の外に出る女性。しかし当然ながらウィルの姿はない。
その日の夕方、所用から戻った師である白髭の老人に女性がスキルのことを話すも、『もっと精進せい』と一笑され相手にされる事はなかった。
(十年ぶりか……)
長い年月の努力が無駄に終わり、途方に暮れていたウィルは自然と自分の生まれ故郷である村へとやって来ていた。
両親のことは恨みもした。ただ同時に貧しい家でふたりの子供を育てて行く苦労も分からなくもない。父親に会ったらぶん殴ってやって縁を切ろうと思っていた。そしてアルベルト。やはり弟に会いたい。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど……」
村に着いてすぐに近くにいた同い年ぐらいの男に声を掛ける。緑髪のチャラい男。知り合いかも、と思いながら両親の事を尋ねると想定外の返事が返って来た。
「ああ、ウィルとアルの親父さん達だろ? もう居ないよ」
驚くべきことに賊に殺されてしまったとのこと。ただ、そこに弟のアルベルトの亡骸はなかったらしい。弟はどうなったのか? 両親が居なくなったことを悲しむ気持ちより弟のことが心配だ。緑髪の男が尋ねる。
「なあ、お前、もしかしてウィルじゃねえのか?」
「え、ああ。分かるか? お前は……」
緑髪の男がウィルの手を握り言う。
「スタンだよ! 時々一緒に遊んでいた!!」
「あ、ああ。そうか……」
辛うじて記憶の片隅にあるスタンと言う男。スタンが言う。
「どこ行ってたんだよ。みんな心配してたんだぜ!!」
「まあ、色々あってな……」
第二スキルも外れ、両親も弟も居ない。もうウィルの中でこの先のことなどどうでもよくなりつつあった。スタンが尋ねる。
「で、お前今何してんの?」
「俺? うーん、何もしてないと言うか……」
ずっと洞窟に潜っていたとは言い辛い。スタンが笑いながら言う。
「なーんだ、ニートかよ」
「うるせえ。お前は何やってんだ?」
スタンがドヤ顔で言う。
「俺か? 俺は『ヒモ』だ」
「ヒモ……?」
首を傾げるウィルにスタンが言う。
「実は俺のスキルな、『大道芸』って言って、手からハトとか水とか出す超外れスキルだったんだ」
「だ、大道芸……?」
自分より外れスキルの奴がいたんだとウィルが初めて苦笑する。スタンが言う。
「だからよ、俺はもう戦うことは諦めて『誰かを楽しませる』ことに決めたんだ」
「誰かを楽しませる?」
「ああ、そうだ。人を楽しませる。それで偶然村長の娘が見てくれてよ、俺の大道芸をひどく気に入ってくれてたんだ。それ以来俺は彼女の『ヒモ』になったんだ」
「どういう意味だ?」
ウィルが興味深そうに尋ねる。
「彼女の周りにはつまらない男ばかり集まって来るそうで、俺の大道芸が新鮮だったみたいでな。あっと言う間に囲われてしまったんだよ」
「それってつまり……」
「ああ、そうだ。俺は衣食住すべてを彼女に依存している。対価として俺はいつでも彼女を楽しませる。毎日気楽だぜ~、ヒモ生活万歳だ!!」
そう幸せそうに話すスタンを見てウィルは思う。
(ああ、俺ももう辛いのはごめんだ。楽しく、ぐーたらに生きたい!! ヒモ生活、素晴らしいじゃねえか!!)
目を輝かせながらウィルが尋ねる。
「なあ、俺もヒモになりてえ!! どうすればいい??」
スタンがまるで弟子のような目でウィルを見て答える。
「そうだな。ヒモである為に重要なのは『ヒモ主に必要とされること』だな」
「ヒモ主に必要とされること……」
ウィルがスタンの言葉を繰り返す。スタンが言う。
「そうだ。ヒモであり続けるためにはお金持ちの女の子に『必要』と思って貰うことが最重要。まずはこれを心に刻め」
「うすっ!!」
ウィルが敬礼してそれに答える。スタンがウィルの肩を叩きながら言う。
「まあ頑張れよ、ウィル。俺はこれから大道芸に行くんでな、じゃあな!!」
「ああ、ありがとう!!」
ウィルは手を振るスタンにお礼を言い、村を出る。
「よし、俺も立派なヒモになるぞ!! 最高のぐーたらで贅沢な暮らしを送ってやる!! 目標は貴族の女のヒモ!! よし、早速王都へ行くぞ!!!」
こうしてウィルの人生最大の目標が決まった。最高のヒモになる為、一路王都へと向かう。
しかしその王都では、新たな脅威に皆が震えあがっていた。
「エルティア姫、報告します!! 今度は漆黒のミノタウロスが現れ大暴れしているそうです!!!」
バルアシア王国王城でその報を聞いたエルティアの顔色が真っ青になる。先に現れた深紅のミノタウロス。あれは突然現れた野獣少年によって倒されたが、今度は漆黒のミノタウロス。無論誰もそんな個体を見たことがない。エルティアがやや低めのトーンで言う。
「急ぎ討伐隊を組め。可能な限り精鋭を揃えよ。相手は強敵だ……」
「はっ!!」
伝令が頭を下げ部屋を退室する。
エルティアが震える手で壁に掛けられた外套を手にする。漆黒の魔物。戦ってもいないのに何故か勝てる気がしない。そんな弱気を振り払うように外套を纏い部屋を出る。
ウィルが王都にやって来たのはちょうどそんな時であった。
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