4.ウィル、冒険者になる!?
「姫様」
バルアシア王城にある王族控室。そこへ訪れた銀色の長髪の女性が、胸に手を当てながら入室する。白銀の鎧に着替えていたエルティア。十五歳とは思えぬ均整の取れた肢体を惜しむことなく曝け出しながら言う。
「話は聞いているか、ルーシア?」
ルーシアと呼ばれた銀髪の女性が頷いて答える。
「聞いております。漆黒のミノタウロス討伐でございますね」
「うむ」
神妙な顔つきのエルティア。ルーシアが言う。
「私もお供します」
「無論、そのつもりだ。相手は強敵。お前の力は絶対必要……」
そこまで言ったエルティアの表情が暗くなる。ルーシアが尋ねる。
「どうなされました、姫?」
エルティアは王族専用の白銀の鎧を丁寧につけながら答える。
「怖いのだ」
「はい」
表情を変えずにルーシアが小さく頷く。エルティアが小さく体を震わせながら続ける。
「先日の深紅のミノタウロス。王城の精鋭達がまるで相手にならなかった。私は、また動けず……」
そう言って俯くエルティアをルーシアが優しく抱きしめて言う。
「あなたは素直な人だ。怖いものを怖いと言える……」
エルティアもルーシアを抱き返して答える。
「お前だからだ、ルーシア。お前だけには私は弱さを見せられる……」
バルアシア王国でも一二を争う美少女エルティア。その彼女に引けを取らない美しさを持つルーシア。そして彼女は美しいだけでなく、バルアシア国軍上級大将を務める武人。そんな彼女はエルティアが心開くことができる数少ない人間であった。エルティアが言う。
「ギルドに緊急クエストを発注してくれ。未知なる魔物『漆黒のミノタウロス討伐』依頼を」
「はっ!」
エルティアから離れたルーシアは胸に手を当てそれに応えた。
「ここが王都か。すげえところだな……」
『最高のヒモ』を目指し王都にやって来たウィル。初めて見るその光景にただただ驚いていた。
(人もたくさんいるし、建物もすげえ高いし!!)
整然と整備された王都。石畳の道路に、
「マジすげえところだな、王都って。で、貴族の女と知り合いになるにはどうすればいいのかな??」
何の当てもツテもないウィル。いきなりやって来た王都で『貴族のヒモ』になることは相当ハードルが高い。
そんな彼の目に、広場の中央で声を張り上がる美女ふたりが映る。彼女達を取り囲むように人が集まっている。
(何やっているんだ??)
まるで磁石のようにその人だかりに吸い寄せられるウィル。集まっているのは皆冒険者のようだ。その彼らの視線の先にいる金髪の女性が剣を振り上げて叫ぶ。
「勇気ある者は我と共に行動せよ!! 国の厄災『漆黒のミノタウロス』を討伐すべき勇者をここに集る!! このバルアシア王女エルティアと共に、勇敢で、剣を振るいし者を集わん!!!」
「おおーーーっ!!!」
太陽の光をその金色の髪に受けキラキラと光るエルティア。その隣には無言で佇立する上級大将ルーシア。姫自らが国の危機の為に冒険者を集い、それに集まった強者達が腕を振り上げて応える。
(あれ? あいつ、どこかで見たような気が……)
ウィルは人々の中央で皆を鼓舞するエルティア姫を見ながらそう思うも、自分のような底辺が王国の姫と面識があるとは思えず首を振って否定する。
「なあ……」
ウィルが近くにいた冒険者らしき男に尋ねる。
「ん? なんだ」
角刈りの男が振り向いて答える。ウィルが尋ねる。
「一体何をしてるんだ?」
「ああ。姫様が直々に冒険者を集ってるんだよ」
「そうなんだ」
「そうだ。漆黒のミノタウロスってすげえ強い魔物が現れたそうで、王兵だけで対処できないかもしれないからだってよ」
「漆黒のミノタウロス?」
幾つもの魔物を倒してきたウィルもまだ見たことのない魔物。ウィルが尋ねる。
「おっさんも行くのか?」
「おっさん言うなよ。まあ、俺はやめとく。俺みたいな中級冒険者じゃ命が幾つあっても足りねえよ。姫様直々の緊急クエストなんてよ……」
「ふ~ん……」
ウィルが皆の中央で必死に協力を求めるエルティアを見つめる。
(普通に可愛いなあ。それに姫様か。これはもしかしてもしかするぞ!!)
ウィルが小さく頷く。王都到着後、いきなりやって来た『ヒモ主ゲット』の絶好のチャンス。ウィルが男に尋ねる。
「なあ、その討伐隊ってのに参加するにはどうすればいいんだ?」
男がやや驚いた顔で尋ねる。
「参加って、ボウズ。お前が行くのか?」
「ああ、そうだけど」
男が失笑しながら言う。
「何の冗談だよ。子供が行く場所じゃねえぞ。それとも実はお前、めっちゃ強いとか??」
そう尋ねる男の口調は明らかに馬鹿にしたようなもの。ウィルが頷いてから尋ねる。
「まあよく分かんねえけど、やれるだけやってみるよ。俺には目標があるからな。で、どうすればいい?」
男が呆れた顔で言う。
「参加するにはそこの冒険者ギルドを通じて参加申請を出すだけだぞ。ただ……」
「そうか、ありがとな。おっさん!!」
「あっ! おい、ちょっと待てって!!」
男が止めるのも気にせず、ウィルは人でごった返す冒険者ギルドへと入って行く。
(ここもずげえ人だ!!)
冒険者ギルドの中は更に多くの人で賑わっていた。
木製の丸テーブルを囲むように座る鎧を着た冒険者。杖を持ち真っ黒なローブを被った魔法使い風の男。僧侶だろうか、聖職者の服を着た女など様々な職業の冒険者が集まっている。
ウィルは人混みをかき分け、カウンターにいる可愛らしい受付嬢に声を掛ける。
「ねえ、ちょっと教えて欲しいんだけど!!」
「はい、何でしょうか??」
桃色の髪でメガネを掛けた愛くるしい受付嬢。彼女こそ後に冒険者ギルドの看板娘になるマリン。今はまだ見習いのマリンにウィルが尋ねる。
「さっき外で姫様が募集していたクエストに行きたいんだけど」
「え? あ、ああ。エルティア姫のクエストですね……」
そう言いながらマリンが困惑した顔でウィルを見つめる。
「あの、まだ幼いように見えますけど、凄腕の冒険者さんでしょうか??」
「え? 俺?? どうかな……??」
首を傾げるウィルにマリンが尋ねる。
「冒険者ランクは幾つですか? 姫様のクエストは一応Aランク以上が参加条件ですが……」
「冒険者ランク??」
更に首を傾げるウィル。それを見たマリンが心配そうな顔で尋ねる。
「あの、やはりAランク以下なんでしょうか……??」
どう見てもまだ子供。とても凄腕の冒険者には見えない。ウィルが尋ねる。
「なあ、冒険者ランクってなんだ?」
「……え?」
想定していなかった質問にマリンが驚く。
「冒険者ランクって、冒険者ランクよ! 強さを測るというか……」
あまりにも当たり前の言葉の質問に思わず戸惑うマリン。黙り込むウィル。それを見たマリンがやっぱりと言った表情をして言う。
「冒険者登録はしていないのね?」
「あ、ああ……」
小さな声で答えるウィル。呆れた顔のマリンが一枚の紙を差し出して言う。
「冒険者登録希望でしょ? はい、これに記入して」
手渡された紙には『冒険者登録書』と書かれており、冒険者を目指す者の氏名などを記入するようになっている。ウィルはペンを持ち、眉間にしわを寄せ尋ねる。
「これ、書かなきゃいかんのか?」
「そうよ。冒険者になりたいんでしょ? 書いて」
マリンは桃色の髪を指に絡ませ、上から見下ろすように言う。ウィルが渋々書き始めるのをにこにこ見ながら言う。
「へえ~、ウィル君っていうんだ~」
「おい、なんだ『君』って! お前みたいな子供に言われたくないぞ!」
ウィルが顔を上げて不満そうに言う。マリンが答える。
「え~、だって私の方がお姉さんでしょ?」
マリンが桃色の髪を色っぽくかき上げて言う。ウィルが尋ねる。
「お前、幾つだよ?」
「え? 十五」
「……一緒じゃねえか」
マリンが驚いた顔で言う。
「はあ~? ウィル君一緒?? うっそぉ~!?」
「こっちが『うっそぉ~』だよ、まったく……」
そういって再び書き始めるウィルにマリンが尋ねる。
「でも、漆黒のミノタウロス討伐を希望するなんて、ウィル君ってもしかして凄いスキル持ちとか~??」
にこにこで尋ねるマリンは、ウィルのペンを持つ手が止まったことに気付かない。マリンが言う。
「ギルド職員の仕事にひとつにね、『在野の強者発掘』ってのがあって、冒険者に登録されていないけど、すっごく強い人を探すって仕事があるんだ」
「……」
下を向き、黙ってペンを握るウィル。マリンが言う。
「そんな凄い人を見つけてきたら私の評価も爆上がり~!! 上級ギルド嬢、看板娘だって夢じゃないんだよ!!」
「あ、そう……」
まるで興味のないウィル。名前と年齢を書き、次の項目『スキル欄』を見て再びペンが止まる。マリンが尋ねる。
「でさ、ウィル君のスキルってなになに?? もしかして超優良スキル持ちだったりして~??」
冒険者を目指す人のほぼすべてが持つ攻撃スキル。マリンももちろんウィルがそうだと思っていた。この時までは。
『虚勢』
「え? 虚勢……??」
初めて見るスキル名に目が点になるマリン。しばらくの沈黙を置いてウィルが説明する。
「魔物を驚かすスキル。空威張りって感じだ」
「か、空威張り……」
唖然とするマリンにウィルが言う。
「さあ、これで姫様のクエストに行けるんだろ? 案内してくれよ」
我に返ったマリンが首を振って答える。
「む、無理よ!! 初めての登録じゃFランクから。有能な攻撃スキルがあればEランクからとかにもできるけど。どちらにしろAランク以上が必要なの!!」
「だったら俺、Aランクでいいよ。そうしてくれ」
「な、なに言ってるのよ。いい、ウィル君。今の君が行っても多分瞬殺されて……」
「もういいや。じゃあ、これ貰っていくぞ。じゃあな!!」
ウィルはそう言うと、カウンターに置かれた『漆黒のミノタウロス討伐』の依頼書を手に出口へと向かう。慌てたマリンが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!! ウィル君!!」
ウィルは背を向けたまま軽く手を上げ、ギルドを出ていく。むっとしたマリンがひとり言う。
「あれ絶対無茶するタイプだわ!! もう、ほんと世話が焼けるんだから!!」
そういうとマリンは受付用の仕事着を脱ぎ、裏口からウィルを追いかけ出て行った。
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