2.勇者の資質

 貧しき家に生まれたウィルには、ひとつ年下の弟がいた。


「兄様、やはり兄様には敵いません!」



 お調子者のウィルと違い、真面目で落ち着きのある弟アルベルト。木の棒を手に『戦闘ごっこ』をするも、またしても完膚なきまで叩きのめされたアルベルトが降参のポーズをして言う。ウィルがドヤ顔で答える。


「まあ、アル。お前もよく頑張ったよ。この俺をここまで追い詰めるとはな!!」


 鼻を高くし、ウィルが大きな声で笑いながら言う。

 勉強や振舞い、社交性などすべての面でアルベルトに劣っていたウィルが唯一勝っていたもの、それが剣術であった。アルベルトが頷いて答える。


「はい、早く僕も兄様みたいに強くなりたいです!!」


「うむ。精進せよ」


 他愛のない兄弟の日常。貧しいながらもウィルとアルベルトは強い絆で結ばれていた。

 だからふたりにとって『あんなこと』が起こるなんて夢にも思っていなかった。






「ウィル、お前のスキルは……、残念ながら『虚勢』だ」


 幼き頃に発現する『スキル』はその人間の人生を大きく変える。特に魔物の脅威が世に満ちる中、戦闘スキルを持った者は重宝され将来が約束される。故に子の立身出世を願う貧しき家では、戦闘スキルを持った子供が現れることを切望する。

 スキル鑑定所にやって来たウィル一家。両親が真っ青な顔でスキル鑑定士に尋ねる。


「きょ、『虚勢』とは一体、なんですか……?」


 誰も聞いたことのないスキル。尋ねられた白髭の鑑定士がやや困惑した顔で答える。


「うむ。儂もこんなスキルは初めてなのだが、要は『はったりで相手を驚かせる』ことができる。空威張りのようなもんじゃな」


「空威張り……」


『はったり』に『空威張り』。全く戦闘では役に立たない云わば『外れスキル』。戦闘ごっこでは弟のアルベルトを圧倒し、両親の期待を一身に背負っていたウィルの期待外れのスキル。

 落胆する両親。だがそんなふたりの顔が次の言葉を聞いて一瞬で明るくなる。



「じゃがこっちの子のスキルは素晴らしいぞ。『ギガサンダー』、成長すれば王城で上級将校にもなれる超優良スキルじゃ。大当たりじゃ!!」


「本当か、やった!!!」

「良かったわ、あなた!!!」


 喜び抱き合う両親。だがそんなふたりの後ろでウィルとアルベルトは無表情のまま呆然としていた。





「アルベルト、お前は絶対やれると思っていたよ!!」


 街からの帰りの馬車。暗い山道。父親と母親の間に座らされたアルベルトにふたりが何度も賛辞の言葉を送る。母親が言う。


「生まれて来てくれてありがとう。アルは自慢の子よ!!」


 そう言ってアルベルトを抱き寄せる母親。困惑するアルベルト。その目には馬車の隅で生気を無くして座る兄のウィルの姿が映る。


「ぼ、僕は……」


 戦闘スキルが優遇されるのは知っている。だがあれほど尊敬していた兄が外れスキルだなんて未だ信じられない。村へ帰る馬車。日も沈み暗闇が包む山の中を走る馬車の中で、それは起きた。



「ウィル」


 スキル鑑定所を出てからひと言も声を掛けられなかったウィルに、初めて父親が話しかけた。落ち込んでいたウィルの顔に一瞬明るさが戻る。だがそれは次の瞬間、『絶望』へと変わった。


「じゃあな……」


「え?」


 馬車の最後方に座っていたウィル。その幼き彼を父親は思いきり足蹴りにした。



 ドン!!!


 衝撃と共にふわっと宙に浮かぶ体。何が起きたのか理解できない。同時に地面に叩きつけられ全身に感じる痛み。そして耳に響く弟の叫び声。


「兄様ーーーーーっ!!!」


 暗闇。激痛。走り去る馬車。

 ウィルはようやく自分が馬車から蹴落とされた事に気付く。小さくなる馬車を見ながら小声で言う。


「父さん、母さん、アル……」


 だがすぐに理解した。



 ――自分は捨てられた、のだと。



「うわああああーーーーーん!!!!」


 幼きウィルは大声で泣いた。

 真っ暗な森。知らない場所。孤独。親に捨てられた事実。まだ子供の彼にそれを受け入れるだけの容量はなかった。

 ちなみに両親はこの後すぐ超優良スキルを持ったアルベルトを王国に売り大金を得るのだが、その帰り道に野盗に遭って抵抗し呆気ない最期を迎えることとなる。



「俺、俺、ううっ……」


 暗闇でひとり泣くウィル。まだ頭の整理が追い付かないが、そんな彼に時間を無駄にする一時の余裕もなかった。



「グルルルルル……」


「!!」


 静かな森の夜に響く子供の泣き声。

 この辺りは凶悪な魔物が棲むとされるエリアで、行き来には魔物除けの聖水や魔法を掛けて通るのが常識。故にそれから外れてしまったウィルはある意味裸の赤子同然であった。


「ま、魔物……」


 暗闇に光る鋭い目。それがあっと言う間に増えて行き、気が付くと周りを全て囲まれていた。



「ワ、ワーウルフ……」


 狼型の魔物。集団で行動し、狙った獲物を数で狩る恐ろしい種族。動きが速く、耳や臭覚に優れたワーウルフが真っ先にウィルに気付きやってきた。


(殺される……)


 もう『捨てられた』と言う事実などどうでも良かった。生存本能が激しく脳に危機を伝えている。

 そうこうするうちに十数匹の群れとなったワーウルフがウィルを囲む。そしてその中の一匹がウィルに飛び掛かった。



「来るなーーーーーっ!!!!」


 ウィルは無意識に叫んだ。

 心の中からと強く命じた。



 ドン……


 信じられない光景がそこに広がった。



「えっ、うそ……」


 飛び掛かって来たワーウルフは空中で動かなくなりそのまま地面に落下。周りを囲んでいた他のワーウルフ達も明らかに怯えた顔をして硬直している。

 ガタガタと震えていたウィルが立ち上がり周りを見回す。


「どうなってるの……?」


 もはやワーウルフ達から殺意は感じられなかった。逆にウィルに対して恐怖すら感じているようだ。ようやく気付いた。



(もしかして『虚勢』ってスキルが効いたのかな?)


 後に勇者と称えられるウィル。その勇者スキル『威圧』が初めて解放された瞬間であった。






(スキル『威圧』っ!!!)


 そこからウィルはひとり凶悪な魔物が棲むエリアで暮らし始めた。『虚勢』と診断された外れスキルは、想像以上に魔物に効いた。ちなみに名称が格好悪いので自分で『威圧』と言い換えたのだが、それが本来の名称だと気付くのは随分先の事である。

 いずれにせよこの威圧のお陰で魔物をどんどん倒すことができ、ウィルは急成長した。そして彼には明確な目標ができた。



【くっそ強くなって第二のスキルを発現させる!!!】


 鍛錬し、強くなった者に稀に発現するとされる第二スキル。ひとつ目は外れだったけどもっと強くなって第二スキルを発現させる為に、ウィルは無我夢中で魔物と戦った。そして彼はひとつの洞窟を発見する。



「ん? 『黄泉の洞窟』??」


 突如現れた不思議な洞窟。何度も通った場所に現れたこれまで気付くことのなかった洞窟。ウィルはいざなわれるかの如くそこへ踏み込む。



「な、なんだここ!?」


 そこにはこれまで戦ってきた魔物とは比にならぬほど凶悪なモンスターが棲息していた。腕に自信があったウィルですらすぐに撤退を余儀なくされるレベル。


「くっそお!! 負けねえぞ!!!!」


 強くなって第二スキルを発現させたい。両親のことはもうどうでもいいが、大好きな弟には会いたい。その思いが攻略不可とされる黄泉の洞窟へと足を運ばせる。

 広い洞窟。強い魔物。最下層が想像すらできぬほどの漆黒の闇。一度深層に潜ると数年は地上に出られない混沌とした闇の中で、ウィルはひたすら剣を振り続けた。



 ……そして十年の歳月が過ぎた。


「こら待ちやがれ、ミノタウロス!!!」


「グゴオオオオ!!!!」


 数年ぶりに上層階まで戻って来たウィルは、昼食の為に深紅のミノタウロスを追いかけ回していた。だが素早いミノタウロス。恐怖に苛まれながらウィルの攻撃をかわし、地上へと逃げだす。

 ループトラップに嵌り、遅れて地上に現れたウィルが言う。



「うわ、眩し!! くそ、あの野郎、どこ行きやがった!!!」


 両手には洞窟深層で拾った二本の古びた剣。髪はボサボサに伸び、衣服は度重なる戦闘でボロボロ。恐怖のあまり狂ったように逃げだしたミノタウロスをウィルが追いかけ始める。


「久しぶりに街へ行くんだ。その前に腹ごしらえ!! 豪勢に牛肉と洒落込むぜ!!!」


 第二スキル発現を調べるために街に向かうウィル。ミノタウロスは彼にとっての昼食なのだが、その先で自分の人生を変える女性に出会うことなど夢にも思っていなかった。

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