無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!
サイトウ純蒼
第一章「ヒモを夢見る少年」
1.出会い
――勇者を欲する
バルアシア王国の姫エルティアは王城の窓から曇った空を見上げて思った。
(剣を振れば山を砕き、その眼光は凶悪な魔物達すら震えあがらせると言う……)
窓から入る風にエルティアの美しい金色の長髪が揺れる。
幾度となく王国を襲う魔物の襲撃。弱小国であるバルアシアにゆっくりとその崩壊の足音が近付いていた。エルティアは何もできない無力な自分を鑑み、目を赤くする。
コンコン!!
「失礼します!!」
そこへひとりの侍女が急ぎやって来る。
「何事だ?」
冷静なエルティア。身に付けた白銀の鎧が彼女の威厳を増す。侍女が早口で言う。
「郊外にミノタウロスと思しき魔物が出現。王兵が対処しておりますが壊滅したとの報告が……」
それを聞いたエルティアの顔つきが変わる。弱小国とは言え王都を守る精鋭部隊の全滅。敵は相当な強敵だ。エルティアが腰に付けた剣に手をかけ言う。
「私が出陣しよう。すぐに準備を!!」
「はっ!!」
侍女は頭を下げると足早に部屋を出る。
エルティアは壁に掛けられた外套を羽織いながら小さく言う。
「勇者様、私にお力を……」
勇み良く部屋を出るエルティア。
そんな彼女の白銀の鎧に、雲の切れ間から差した光が当たり眩い光を放った。
その少し後、王都郊外から更に遠く離れた深き森の中にある洞窟から、ひとりの少年が出て来た。
「うわっ、久しぶりの地上。眩しっ!!」
ボサボサに生えた茶色の長髪。ぼろぼろの衣服。手には古びた二本の剣。少年が周りを見回して言う。
「あいつ、どこ逃げやがった!? 絶対捕まえてやるぞ!!」
少年は精神を集中、魔物の気配を察知し森の中を走り出した。
「姫様、間もなくミノタウロスが目撃されたエリアです。お気を付けを!!」
「うむ!!」
王城の精鋭数名と森の中で馬を走らせていたエルティアは、魔物と言う言葉を聞いて武者震いする。バルアシア王国の第二王女にして王都でも随一の剣の使い手。ただ彼女にそれに見合った名声はなかった。
ドオオオオオオン!!!
「きゃああ!!」
突然の側面からの攻撃。不意を突かれたエルティア達王兵一行は、無抵抗のまま地面に叩きつけられた。兵士が叫ぶ。
「な、何事っ!?」
「おい、あれは!!」
彼らの目の前に立っていたのは人の三倍はあるような巨躯の魔物。頭には牛のような鋭い角、手には大きな古びた斧を持った凶悪な魔物。報告に上がっていたミノタウロスであった。エルティアが叫ぶ。
「ミノタウロス、発見!! 迎撃準備を!!」
「はっ!!」
乗っていた馬は魔物の威に怯え散開。王兵達は精密機械の様に抜刀しミノタウロスに対峙。だが、皆がその異変を敏感に感じ取っていた。
――何か、おかしい
幾度も魔物の襲撃に耐えて来たバルアシア王国。無論目の前にいるミノタウロスも討伐の経験はある。だがその圧、姿が彼らの持っているその実像とはかけ離れていた。
(深紅のミノタウロスなんて見たことない……)
赤褐色の肌。幾多の古傷。迸る邪気。
どれをとっても彼らの見知ったミノタウロスとは相容れぬもの。兵隊長が叫ぶ。
「怯むな!! 突撃っ!!!」
「おうっ!!!!!」
相手が何であれ王都を危険に晒す魔物は討伐。それが王兵の務め。剣や槍を構えた王兵達が一斉にミノタウロスに斬りかかる。
(わ、私は何をしている……)
エルティアは剣を構えたままいつも通りの体の震えに硬直していた。
――飾り姫
これがエルティアの王都での蔑称。
練習では剣の腕は王都随一なのだが、いざ魔物との対戦では体が震え動けなくなる。幼い頃のトラウマが原因なのだが、彼女自身実戦で役に立たない自分にずっと苦しみ続けている。
「はっ!!」
「はあっ!!!」
だが王兵達は誰も不満を抱かなかった。
王国の姫が自ら先陣を切る。その勇ましい姿だけで彼らは十分鼓舞されたし、感謝していた。そして王兵は姫の為にと必死に戦った。そして勝って来た。これまでは。
「ぐわああ!!!!!!」
「ぎゃああ!!」
深紅のミノタウロス。初めて見るその異質な魔物に王兵達はまるで歯が立たずに倒れて行く。
「な、なんて強さなんだ……」
兵士長が剣を構えたまま初めて弱音を吐いた。
巨躯なのにそれに見合わぬ素早い動き。周りの巨木を薙ぎ倒すほどの力に、破壊力抜群の古斧。一度兵士長が感じた恐怖が伝染病の様に王兵達に伝わって行く。
「グゴォオオオオオオオ!!!!」
「ぐわあああ!!!」
バルアシア王国が誇る白銀の鎧。辛うじて即死は逃れるものの、ミノタウロスの斧の攻撃を受けた兵士達が次々と倒れて行く。頭から血を流した兵士長がエルティアに向かって言う。
「お、お逃げを、姫様……」
「わ、私は……」
エルティアは震えた。
心からの恐怖を感じた。そして自分に絶望した。
(私はまた何もできぬまま誰かを死なすのか……)
剣を構えたままエルティアが涙する。愚かな自分。無力な自分。軽蔑に値する愚行。そのすべてがエルティアを押し潰す。
「グゴオオオオオオオオ!!!!」
ドオオオオオン!!!
「きゃあああ!!!」
剣を構えたままのエルティアに、深紅のミノタウロスは容赦なく斧を振り回す。剣で防ぎながら直撃を受けたエルティアが、森の中へと吹き飛ばされる。
「グゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
ミノタウロスが狂ったように暴れ出す。その姿は異常。まるで何かに怯えているかのような叫び声。
(動ける!?)
木々の中へと吹き飛ばされたエルティアは自身の体の硬直が解けていることに気付いた。体中の激痛。骨も折れているかもしれない。だがミノタウロスの周りに倒れている王兵達の姿を見て即決する。
「来い、ミノタウロス!! 私はここだ!!!」
エルティアはそう言い放つと剣を収め、森の中を駆け出す。
「グゴオオオオオオオ!!!!」
挑発されたミノタウロスが狂ったような鳴き声を上げエルティアを追いかけ始める。エルティアが取った行動。それは部下を生かす為に自らが囮となる行い。
真面目で正義感の強い彼女の行動。それは普通の魔物であれば最善の選択であったかもしれない。だが相手が悪かった。
「きゃあああ!!!」
巨躯なのに異常に動きが速いミノタウロス。大きな斧で周りの木々を薙ぎ倒しながらエルティアに迫る。
「グゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「きゃっ!!」
限界だった。
全身の激痛。恐怖。感じたことのない威圧。木に躓いて倒れたエルティアは死を覚悟した。
(もういいか……)
エルティアは仰向けになって空を見上げひとり思った。
(飾り姫、異質の自分、役に立たぬ存在……、こんな私で誰かを救えるのならもう十分……)
エルティアの瞳に斧を振り上げた深紅のミノタウロスが映る。あれならひと思いにやってくれるのだろう。
(え? 涙……)
そんなエルティアは目からボロボロと涙が溢れていることに気付いた。
それは恐怖の涙。後悔の涙。まだ生きたいと渇望する涙。
(もし、まだこの先少しでも命が繋がれると言うのならば……)
エルティアが再び空を見上げて思う。
――ひと目勇者様にお会いしたかった
「
ザンザンザンザンザン!!!!!!
「グゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
エルティアは瞬きをするのを忘れてその目の前の光景を見つめた。
あの恐るべき深紅のミノタウロスがまるで赤子の様に突然現れた茶髪の少年によって斬り刻まれていく。同時に起こる炎。肉片と化したミノタウロスがバチバチと音を立てて燃え上がる。
「やっと見つけた!! もう腹ペコだぜ!!」
少年はそう言いながら両手にある剣でミノタウロスの肉片を突き刺しガツガツと食べ始める。そして至福の表情で言う。
「ああ、美味えぇ~、やっぱ牛肉は最高だぜ~」
エルティアは口を開けたまま固まってその少年を見つめた。ようやくその視線に気付いた少年がエルティアに言う。
「な、なんだ、お前!? お前も欲しいのか??」
エルティアが首を大きく左右に振って答える。
「い、いや、要らぬ。それより……」
その言葉より先に少年が言う。
「あ~、美味かった!! じゃあな、俺急ぐんで!!!」
「あ、ちょ、ちょっと待っ……」
少年はエルティアの言葉に耳を貸さずにその場を走り去る。
ボロボロの服。長いボサボサの長髪。王都の精鋭ですら敵わぬ魔物相手に無双する強さ。それはまるで野獣のような男。
「野獣、様……」
エルティアは生まれてから感じたことのない興奮と高揚感に包まれていた。ほんの僅かな間なのだが一緒に居るだけで得られる安心感。安らいだ気持ち。
エルティアは野獣の少年が走り去って行った方向をずっとひとり見つめていた。
「さーて、久しぶりの地上!! 早速街へ行くぞ!!!!」
洞窟から出て来た少年。長い茶髪のでぼろを纏った少年ウィルは、一目散に街を目がけて走り出した。
これが後に勇者と称えられながらも『ヒモ』に憧れる少年ウィルと、そのヒモ主エルティアとの出会いであった。
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