第12話 エディス•フラン

ーーー(エディス)


「…なんかあいつやばいぜ」

「逃げるぞ!」


 冷静さを取り戻した若者たちが顔色を変え散っていった。私は呆然とその様子を見ていた。


 おさまった……?

  

 彼は担いだ青年を聖職者に引き渡している。


「かなり興奮してたので気絶させました。後のことはお任せします」

「は、はぁ…」


 聖職者は戸惑いながらも慎重に青年を受け取った。そこに、女の子が駆け寄る。


「ちょ、ちょっと待って! あなた、これからどうするつもり?」

「…俺の勝手だ」

「元のアランは…どうなってもいいの?」

「そう言ったつもりだが」

「...。やっぱり、あなたは危険なやつなんだね」


 彼は突き放すような口調だった。女の子は彼を睨め付け悔しそうに唇を噛む。


「…だったら何だ?」


 彼は挑発的に口の端を上げた。彼女は目を見開いて息を吸い込む。


「この...っ!」

「よせ、リリアン...!」


 静止する男の子をよそに女の子が少年に掴み掛かかる。彼女は歯を食いしばり肩を震わせていた。


 あっ…いけない。彼は争いを止めてくれたから!


 私は咄嗟に声を上げた。


「待って...! でもその人、私を庇ってくれて…」

「えっ...」


 こちらを見て、女の子の襟を掴む手が緩む。


「…庇って飛び込んだのは別の俺だけど」


 彼は掴まれている手を軽く振り解く。


「それでも、あなたはこの場を収めてくれた。本当に、ありがとうございます…!」

「……別に」


 私は感謝を込めて会釈をした。彼はむすっとて目を逸らしている。


「それで…何でお前はそこまでもう一人の自分を嫌う? お前の目的は何なんだ…!」


 男の子が彼に尋ねる。その時、彼の眉根の皺が消え険しさが和らぐ。鋭くもどこか切なそうな目をこちらに向けた。


「…俺はただ、とある約束を果たすため、に…うっ…!」


 彼は急に苦痛に顔を歪ませ、頭を押さえた。彼の膝がガクンと崩れ、ふらつきながらも踏みとどまる。


「くっ…。急に意識が…一気に遠のきそうだ…!」

「な…なんだ、急に…!?」

「何が起こってるの…!?」


 彼は両手で頭を抱え、悶え苦しんだ。額には汗が滲むのが見える。


「くそっ…維持できない。何で…俺は…っ!あぁああっ!!」


 彼は悔しそうに叫び天を仰ぐ。次第に頭を押さえる指の震えが消え硬直した。


 なんなの…一体…。何で急に動きが止まったの…?彼の身に何が…。


 場が凍りつき不気味な静寂が訪れる。だが、その時ー。彼の指が僅かにぴくりと動いた。


「…っ!?」


 ぞくっと背筋に冷たいものが駆け抜ける。数歩後退り、胸のざわつきを抑え込むように息を呑んだ。



ーーー(表アラン)



 ...あれ、俺は…?何をして…。


「…い、今指動かなかった…?」

「動いたな…」


 数回瞬きをすると、ぼやけた景色が色づき鮮明になる。視界にはくすんだ水色の空に黄色に輝く雲が浮かんでいた。俺はゆっくりと腕を下ろし前を見据えた。


「ひ、ひぃいぃっ!!」

「おぉぉおっ!?」

「ひゃああっ!!」

「うわぁあぁっ?!」


 その瞬間、リリアンとルーカス、そしておさげの女の子がビクッとして勢いよく後ずさった。俺もその反応に驚いて、瞬きしながら後ずさる。


「リ、リリアン…ルーカス…。なんだよ…っ!」

「目が、朱色になってる…。」

「人格が戻ったのか?」


 彼らは戸惑いの色を浮かべながら、まじまじと俺を見つめた。


「あぁ…俺だけど。そうか、あの時…!」


 顎に指を当て思い出す。リリアンとルーカスが恐る恐る近づいてきた。俺は呟きながら記憶を整理する。


「ナイフを見て真っ白になって…意識が遠のき…そうだ、その後だ…!」


 あいつが代わりにやったんだ。暴力で解決したくはなかったのに…。一応、それで争いは収まったようだけど。


 俺は眉を寄せて口を固く締めた。


「ほ、本当に戻ったんだよね?いつものアランだよね…?」


 不安そうなリリアンの声にはっとして俺は顔を上げる。


「…あ、あぁ…戻ったよ。いつもの俺だ」


 そう言って微笑むと、リリアンとルーカスも安心したように微笑んだ。


「…っ! よかったぁ〜戻って。もし戻らなかったらどうしようかと…」

「そうだな、冷や冷やしたな。あのままだったらアランのこと置いて行ったかも」

「本当にね。あれと一緒に行動するのはちょっと…」


 少し下がりながら2人はじとーっとした目でこちらを見た。


「え、えぇ…っ! ダメだよちゃんと連れてってくれないと!」

「お前それ言える立場かよ」

「いや、だから俺じゃねえし!」

「ふふふっ…やっぱりいつものアランだ」


 2人は楽しそうに笑い、俺もつられて笑みを浮かべた。だが、ふと視界の奥で女の子がこちらを見つめているのが見えた。目が合うと彼女は気まずそうに視線を逸らす。


 あ、そうだ…俺はあの子を庇って飛び出して行ったんだ。あの時はただ、夢中で…。


「そうだ…君…」

「え…?」


 彼女の方へ歩み寄る。少しだけ、どこか構えているような感じがした。


「あの…途中からそんなに記憶ないんだけど、怪我とか大丈夫だった…?」

「あ…はい、おかげさまで…。それと、その…喋ると余計に、さっきとかなり違いますね。驚きました…!」

「あ、あぁー…。そうなんだ、ごめん」


 俺は苦笑いした。相当態度悪かったみだな…もう1人の俺。そりゃ身構えるよな。あいつは本当に何考えてるんだろう…。


「いえ、そんなつもりじゃ…。むしろ、助けてもらったのはこっちですし」

「…そっか。とりあえず、怪我がないならよかったよ」


 彼女は慌てた様子で訂正した。その様子を見て少し安堵し息を吐いた。


「それじゃ...気をつけて」

「あ、待って...!」


 立ち去ろうとすると、彼女がすぐに呼び止めた。


「え…」


 振り向いて固まる。彼女は口を結んで一呼吸置いた。


「あの...皆さん、旅の方ですよね?私はエディス・フランと申します。一つ提案があるのですが...」


 そう言って、エディスと名乗った女の子が俺たちを見渡す。服の裾をきゅっと掴み、少し緊張した様子だった。


「私、宿で働いてるものなんです。その…もしよかったら…ご利用いかがでしょうか?」


 俺は左右に目を泳がせ、最後にルーカスの方を向いた。


「…どうする?」

「いいんじゃねぇか? 宿を探す手間が省けるし」

「そっか」

「ちなみに、宿代は特別高額だったりはしないよね…?」


 リリアンがずいっと前へ出て、笑みを浮かべながらエディスに聞いた。


「も、もちろんですよっ? 料金はこの村の相場ですので、そこをはご安心を…っ!」

「じゃ~決定!案内してもらおう? いいよね、2人とも!」


 慌てて訂正するエディスを遮り、リリアンが俺たちの方をくるっと向いた。


「「あ、あぁ…。」」


 呆気に取られルーカスと同時に返事する。リリアンは目を輝かせてエディスの方を向き、彼女の手を取った。


「エディスちゃんだっけ? 同い年くらいなのにしっかりしててすごいね。私リリアン、仲良くして!」

「は、はい…!」

「緊張しないで。そうだ、仲間も紹介するね」 


 リリアンは穏やかに微笑み、エディスから手を離す。身振り手振りで俺とルーカスを紹介し始めた。


「左から金髪の彼がルーカス、茶髪の彼がアランっていうの。私たちは旅をしてるんだ」 

「ルーカスだ、よろしく」

「…俺は、アラン。よろしく」


 ルーカスが卒なく挨拶をしたので、俺もそれに合わせて挨拶をする。エディスは俺たちの顔を交互に見て微笑んだ。


「リリアンさん、ルーカスさん、そしてアランですね。よろしくお願いします。それでは、早速…」


 彼女は手を後ろで組み、赤毛のおさげを揺らしながら背中を見せた。顔だけこちらの方に向ける。


「せっかくですので、宿に行くまで村の名所も少しご案内しますね」

「へぇ〜…」

「いいねそれ、楽しみ…!」

「ふふふ…よかった」


 好奇心を寄せる2人の反応に笑うと、エディスはふと視線を逸らした。一瞬、何かを思い詰めたような影がよぎる。


 ん…なんだ、今の曇った表情。気のせい…?


「では…ついてきてください」


 彼女は眉を下げて微笑むと、前を向いて歩き出す。俺たちも一つ頷き、歩き出した。

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