第11話 裏人格

ーーー・


「痛い目に合いたくなければ大人しく一緒に来なさい。」

「これが我々の最後の警告だ!」


聖職者様達がジリジリと若者達に詰め寄る。


「お前らこそ俺たちに干渉しないと誓え。」

「それ以上近づいたらまた撃つぞ!!これは脅しじゃねぇ!」


その言葉に一瞬ピタッと立ち止まった。前方で威嚇する青年の手は震え、息が荒く酷く興奮しているようだった。


まずい…彼は刺激したら本当に魔法を撃つつもりだ。彼を止めないと!でも、どうやって…?こんな時ディーゼルさんが居てくれたら…!

ディーゼルさんの顔が脳裏に過り、とある日のことを思い出す。



ーー



穏やかな陽光が窓から宿に差し込む。ディーゼルさんは帳簿をつけ、私は開店前の清掃でテーブルを拭いている。


『…エディス、お前は思想に囚われてはならんぞ。思想は必ずしも本質ではないのだ。』


記帳しながら老眼鏡をずらし、私に話しかけた。


『どういうことですか、それ。』

『恐れているのだ…この村はいずれ思想の対立が火種となり、争いが起きるだろう。』

『それは、どうやって止めれば…!』


彼は顔を上げる。窓辺の遠くを見るように目を細めた。


『…正解はそう簡単にわからんさ。だが人は間違えながらも進んでいける...私はそう思うよ。』

『そう、ですか…。』


彼の皺が寄った横顔を陽光が照らす。その表情はどこか寂しげに見えた。



ーー


 

私の顔は歪んでいた。

あの時あなたが言ったことは、本当になった…。


「君達、大人しく杖を下げなさい!出来れば乱暴なことはしたくない!」

「偉そうに…いつまでもお前らが上だと思ってんじゃねえぞっ!!」


間違いながらも…進んでいける…。でもきっと進むためには勇気が必要だ。逃げてるだけじゃ何も変わらない。動かなくちゃ、始まらない。だから私は…!


声を出そうと大きく息を吸い込んだ。だが、吸った息をうまく声に乗せられない。深呼吸すると、必死に乾いた喉から声を絞り出した。


「…あの…!!皆さん、落ち着いてください…!!やめてください、争いなんて…!」


少し前へ踏み出し、震える声を精一杯張り上げた。これしか、私にできることが思いつかなかったから…。


みんなが一斉に私の方を向く。胸がきゅっと締め付けられた。突き刺さるような視線に晒され、身が縮み足がすくむ。


「あっ…!?なんだてめぇ。お前も邪魔しようってのか?」     

「違います…!争いを…やめてほしいだけなんです!お願いします…!」


私は頭を下げた。心臓が大きく高鳴り身体が小刻みに震える。


「ほぅ…いい度胸だなお前…!」

「君、何をしようと...!」

「うるせぇ、俺に指図するな!」


影が近づき足音が大きくなっていく。頭が真っ白になっていく。恐る恐る顔を上げると、1人の青年が血相を変えて目の前に立っていた。


「う…!」


顔を引き攣らせて後ずさる。彼は目を見開くと、拳を振り上げた。咄嗟に体を縮め、目を閉じ顔を背けた。


「待って…!」


その時ふと足音が近づき、風が横切った。


「な、なんだお前は…!」


逸らした顔をゆっくり前へ向けた。目の前には異国風の格好をした少年の背中があった。彼は腕で拳を防御している。


「やめてください…!ま、まずは落ち着いて話を...!」


腕で押し返しながら、息を切らし震える声で少年が言った。


「...お前もか...!ちっ…どいつもこいつも...!」

「違います、俺はただ…!」

「何が違ぇんだよっ!」


青年に彼の話は通じない。青年が頭部を狙い回し蹴りをした。その蹴りは屈んで躱される。青年は続けて荒々しく殴りかかったが、攻撃は尽く躱されていく。私は様子を見ながら少しずつ後退していた。


「おぉっやれやれー!」

「そこだ、そこ!」


若者達は盛り上がっているようだ。


「…あっ、君…!」


聖職者様達は声に出そうとしては飲み込み何か躊躇しているようだった。


…にしてもあの少年、あんなに顔が引き攣ってるのに、どうして無駄のない動きができるんだろう…?防御に徹しているのにまるで戦い慣れているような…。


「くそっ…いい加減くたばれよっ!!」


青年が上擦った声で叫び一旦下がる。懐から隠し持っていたナイフを取り出し、血走った目で少年に切り掛かった。


「あっ……!」


その瞬間、少年の顔が一気に青ざめた。ピタリと硬直し小刻みに震え始める。


急に彼の動きが止まった。ナイフが彼に迫る。このままじゃ…!


「やめてえぇっ!!」


私は鋭く叫んだ。



ーーー・



女の子の悲痛な叫びが響く。だが俺の身体は…動かない…!


ナイフを見た瞬間、俺の脳裏に鮮烈な記憶が蘇る…盗賊に腕を貫かれたあの日が。その時の空気、音、痛みさえも生々しく伴って。


「うおぉおおっ!!」


青年が上からナイフを振り下ろす。心臓が大きく跳ね上がった。息が詰まり、俺は大きく目を見開く。そこから、突然目の前が真っ暗になり意識が途絶えた。

 


ーーー・

 


急に水をかけられたかのように意識が鮮明になった。瞳を開けると、夢のようにぼやけていた視界が色彩を取り戻す。一気に身体の感覚が蘇った。


目の前にナイフが迫っている…俺は反射的に状況に反応する。紙一重でナイフを躱すと青年の腕を掴んだ。


「な、なんだ…っ?!急に目の色が…。」


そのまま腕を持って引き寄せ、襟を掴み背負って投た。青年は背中から倒れる。すぐにナイフを持つ手を踏みつけた。


「ぐあぁああっ…!!」


カランと音を立ててナイフが手から転がる。俺は横たわる彼に左手を突き出し魔力を込めた。思い切り睨みつける。


「…余計な動きをするなよ。それ以上怪我したくないならな。」

「くっ、この野郎調子に…ひ、ひいっ…!」


彼は言いかけて怯んだ。俺は眉を寄せたまま踏みつけている足を退ける。その場を離れ歩き始めた。


これで大人しくなればいいが。後は何とかしてくれよな…。


俺を怯えた目で見る女の子を一瞥し、横を通り過ぎた。


「ちょ、ちょっと君…!待ちなさい!!」

「…なんでしょう。」


1人の聖職者が俺を呼び止めた。立ち止まり少し振り向く。


「君の目的は、一体なんなんだ?急に女の子を庇って飛び出したかと思えばすぐに立ち去ろうとする。君の行動がよくわからない…!」

「自分の身を守っただけです。これ以上この件に関わるつもりはありません。」

「…そ、それは一体どういうことだっ!」


歩きだしたところをまた呼び止められ少し眉を顰めた。


「…俺はこの村の住人じゃない。村の事情に口出しする立場ではないんです。ですが…。」


青年が半身を起こし、俺に向かってナイフを投げたのが視界の端で見えた。俺は大腿ホルスターから短剣を抜き手先で回し握り直す。そのナイフを短剣で弾いた。


「ばっ…嘘だろ…?何だ、何なんだよおまえは…!」


青年は額から冷や汗を流し、怯えた表情でこちらを見ていた。


「そうも言ってられないようですね。こうなると多少干渉せざるを得ないな。」

「君…今度は何を…!」


俺はその青年の元へ踏み込み、瞬時に距離を詰めた。彼は腰を落としたまま歪んだ顔で俺を見た。そんな彼を俺は見下ろす。周囲の緊張した視線を背中で感じた。


「やめろ…くるなぁっ!おまえが悪いんだ、邪魔をしようとするから!部外者のくせに...!俺から自由を奪うなぁあぁっ!!」


取り乱したように叫ぶ。俺は一つため息をつく。経験上、こういう過剰な被害者意識を持つやつは攻撃的になりやすい。だから…。


「少し大人しくしてろ。」

「がっ.......!」


青年の顎を蹴り上げた。彼は仰け反って倒れ、意識を失う。ざわざわと周りが騒いだ。俺は倒れた彼を肩に担ぎ聖職者に引き渡そうと歩く。その時ー。


「あ、アラン...!お前...!どうしたんだ、その担いでる彼は…。」

「一体何が…。あなた、その赤い色の目…!!」


男の子と女の子が広場に駆けつけ俺に話しかけた。曖昧な記憶だが、確かルーカスとリリアンだったかな。


「あぁ…俺は君達が知ってる俺じゃない。」

「やっぱり…!あなたはもう1人の…!」 

「もう1人…?ふっ…笑わせるなよ。むしろ俺が主人格だってのに。」

「何だと…?それはどういうことだ。」


ルーカスが語気を強めて俺を睨む。俺は少し目を逸らし淡々と答えた。


「そのままの意味だ。元々はこの俺の人格だけだった…何故か今は裏人格になっているが。」

「なん…だと…。」


ずっと考えていたが…おそらく記憶喪失によって新たな人格が生まれたのだろう。記憶がない人格は俺に代わり表人格となった。記憶を持つ俺はというと消えずに残り、深層意識に身を潜めることになる。

 

「もう1人の俺に感情的な負荷がかかると出て来れるようだな。互いの意思とは関係なく…。」

「そんな…。じゃあ元のアランは一体どうなってるの?」


リリアンは不安げに眉を下げて俺を見た。頭に熱いものが沸き上がり、眉がぴくりと動いた。


「さあな、それは俺にもわからない。…だが、朧げに見えていたもう一人の俺は酷く脆弱な甘ったれで、吐き気すら覚えるほどだ。だから…。」


言いかけて軽く俯いた。


こんなざまじゃ…やつを倒し、ルシアを救うことはできない。だから…。


「このまま俺の意識が支配するのが良いかもな。」


ゆっくりと顔を上げ、強気に笑って見せた。

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