舞葬のアラン
浅瀬あずき
第1話 プロローグ①
雲ひとつなく、残酷なほど綺麗な月明かりが照らしだす弦月の夜。
金属の激突音が崩れた神殿内に響いている。周囲には炎と硝煙が漂う。死体が焦げる異臭が鼻についた。
「くっ……!」
激しい撃ち合いの末、相手の剣先が頬を浅く抉る。血飛沫が床に落ちた。俺は後方に下がって距離を取り、相手を睨みつけ肩で浅い呼吸を繰り返す。
「くっ…、ふははははははっ!!!舞葬の死神と恐れられたお前もこの俺に手も足も出ないか!!」
「......!!」
やつは狂気で歪んだ顔で笑った。俺は自分の情けなさを恥じて強く歯を食いしばる。
くそっ...このざまじゃ国のために命を散らせた仲間達に顔向けできない...!彼らの想いは俺が背負ってる。だから命に代えてでも...こいつだけは絶対に…!
脳裏にかつての仲間たちの顔が浮かぶ。相手を見据えながら、ふらつく脚に力を入れ青眼の構えをとった。
「...なら、宮廷騎士部隊長の名にかけお前の首を取ろう。」
「ふは、ふははっ!!やれるものならやってみろっ!!」
魔力は全て使い果たした。なら俺は、一剣士としてこいつを討ち取る。この一撃に、今まで積み重ねた全てを込める。
重心を前へ乗せる。鋭角に軌道を変えながら足を運び瞬時に距離を詰めた。
「はあぁあぁあぁああぁあああっ!!」
低姿勢で渾身の突きを繰り出した。だがその瞬間、そいつの口元が僅かに緩むのが見えた。まるで初めから俺の動きを知っていたかのように、一切無駄がない動作で半身を翻し躱す。
鋼が腹部にめり込み、息が詰まるほどの激痛が走った。喉から熱い血を吐く。貫かれていたのは俺の方だった。動揺で焦点が定まらない。こんな躱され方は初めてだ…。何が起きたのか理解が追いつかなかった。
「ふっ...驚いた顔をしているな。何が起こったか知りたいか?冥土の土産に教えてやるよ。俺が手にした能力は…。」
そいつは耳元で声を顰め、最後まで聞き絶望する。
なん...だよそれ…。なんだよ、その能力…。どうやって勝つんだよ、そんなの…!
俺の腹から傷を広げるように剣を回して引き抜くと、刃についた血を振り払った。
「……っ!!」
激痛に身体が震え、声にならない声が出た。剣を握る手が緩み、力無く横から倒れ天を仰ぐ。どくどくと脈打つように血が溢れ流れていく。
「…人はみな運命に操られる傀儡なのだ。自由意思でさえ弱者が縋るために作った偶像に過ぎない…。だが、この俺だけは運命を支配できる…!世界を統べるのはこの俺だ!」
俺はその言葉を否定したかった。運命とは、自分の意志で切り開いていくものだと、夢みたいな理想を信じていたかった。
けど、この状況がそんな理想を否定する。現実はいつだって理不尽で、否が応でもそれを突きつけてくる。
腕や足に力を入れ体を必死に起こそうとするが意識を保つので精一杯だ。体の感覚も薄れてきた。
その時、石の床を踏む音が大きくなってくるのが聞こえた。俺は足音の方に視線を動かす。
「ごめんね、アラン。私にはあなたを救えなかった...。」
俺のぼやけた視界には、泣きながら奴を睨みつける彼女の横顔が映った。あぁそうか…もう、それしかないか。
彼女は震える声で魔法の詠唱を唱える。たちまち、地面に神々しい巨大な魔法陣が現れ、やつとルシアは封印の白い光に包まれた。
「なっ…これは?!まさか貴様ら、初めからこれを狙って…!!ふざけるなぁっ!!」
「アラン、あなたの覚悟は決して無駄にしない!この身に変えてもこいつを封じてみせる…!!」
心臓がうるさく高鳴る。徐々に視界が薄暗くなり、光と彼女の姿が同化していく。
なんで…なんでルシアまで…封印されなきゃなんねぇんだよ。俺は唇を噛み締める。
俺にもっと力があれば…倒し切ればこんなことにならずに済んだ。けど、もうこうするしかなかった…!
今まで責務を全うして、必死に戦って生きてきたのに。生まれた時から決められていた、国と民を守る責務を背負って...。なのに一体どこから、何を間違ったっていうんだ...!
いや......こいつの言うようにこれが運命なのだろう。どう足掻いても、結局人は運命に踊らされているのか。そして俺は運命の筋書き通りここで死ぬ…全く馬鹿げてる。
なら俺は…運命とやらを呪ってやるよ。
意識は静寂の闇に包まれる。もはや感覚は何もない。徐々に思考が鈍る中で、深い後悔と憎悪、悲しみは最後まで煮えたぎるように残っていた。
ーーー
なんだ、これ…。
とある日の光景が、頭の中に見えてくる。
「ねぇ、アラン。戦争っていつ終わるのかな。」
地面が熱気だつほどクソ暑い真昼間の街の中で、俺とルシアが歩いてる。
俺はルシアが買い物した紙袋を何個か持たされ両手に抱えながら歩いていたが、唐突にルシアに話しかけられた。
「どうだかな…もしかしたら一生終わらないかもな。けど、俺たちはこれからも国のために戦い続ける…それだけだ。」
「...わかってる。でも、いつか戦争が終わったらいいなって、思ったんだよね。そのために、私たちにできることを見つけたいなって。」
「......そうだな。」
俺たちにできること、ね。俺たちは国に雇われて、戦争に駆り出されるだけのただの戦士だ。
できることなんて、せいぜい戦うことだけ。そう簡単に戦争が終わるのなら、もうとっくに誰かが終わらせてる。
...と、俺は思ってしまうが、ルシアのそう言う前向きなところは、俺も少しは見習うべきだろうか。
「うおらっ!」
考え込んでいたときに不意を突かれ、俺のおでこにルシアがデコピンを繰り出してきた。
「いった!なにすんだよ!」
「いつまでも辛気臭い顔してんなーって思って。アランってさ、いっつもここにこう眉寄せてなんか考えてるよねー。たまには笑ったら?」
「別にいいだろ。...そう言うなら何か笑えるような一発芸でもやってみろよ。」
俺は試すように言ってみる。まあ、こんな無茶振りできるわけないっしょ。
「ふっ...その挑発、受けて立つわ。あなたのその発言、後悔させてあげる...!それではルシアいきます!国王が立ちながら居眠りしてる時の物真似!」
すると、ルシアはふと立ち止まり、腕を組んで項垂れ、かくかくと船を漕ぐ動作をしてみせた。
「ぶっ…くくく。やばい、似てる。悔しいけど面白い…。」
悔しいので俺は手で口元を覆い、少し下を向いて堪えながら笑った。
「ふふふ、面白いでしょ?この私を挑発するなんて100年早いわ。…ていうかこっち見ろ!」
「うおぁぁやめろって!やばい落ちる落ちる!」
ルシアが俺の肩を持って揺らすので、俺は荷物が落ちないように必死でバランスを取った。
そんな俺をみて、ルシアは満足そうに笑って、前に再び歩き出す。
「アラン...あのさ!」
「今度はなんだよ...。」
「.........ううん、なんでもない!」
少し何か含みがあるような複雑な表情をした後、ルシアは幸せそうな満面の笑みを見せた。
ルシアのキラキラと光る長い銀髪が風に揺れる。透き通るような水色の瞳は、俺の汚い感情を包み込んでくれるようだと感じた。
そんなルシアの顔を見て、俺はなんだか、胸の奥が少し痛むような感じがした。
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