第四話:庭園散策とカスタードプリン

 私が作った菓子は、魔力を持ち主の最大値より、上げる効能があるらしい。

 そういわれても、大体、魔力が何であるかも知らない人間が、どうやって菓子に魔力を云々出来るというのか。


 理由を尋ねる先生に私がそう答えると、先生は魔王様に相談すると叫び、部屋を後にする。

 暫くして戻ってきた先生は中座したことを詫び、何もなかったように授業を再開し始めた。


 ……意味は分からないが、今まで通りなら、いっか。


 私も深く考えず、授業に専念した。



「アンティの葉はこの木と同じ種類なんですよ」


 先生と私は今、魔王城の庭園に出ている。

 なかなかはかどらない生徒のための、緊急措置だ。

 恐らくこの城は山と森に囲まれた場所に作られているのだろう。四方遙か遠くを山が、その手前を無造作に植わっている背の高い木々が眺望出来る。

 それに反して庭園は人工的で、丁寧に刈り込まれた芝生、石造りの縁で囲まれた円形の大きな噴水や、同じ形に刈られた木々が迷路のように植わっていた。

 通路両脇にある、四角く切り揃えられた背の低い木々の葉を撫でながら、先生が私に説明する。

 つるんとした手触りの周りは細かいギザギザがあり、椿の葉に似ている。

 確か元世界の茶葉もツバキ科だった気がする。見た目が似ると味も似るのだろうか。


 私が感心しながらメモを取ると、何処からともなく、微かにバニラの香りが漂ってくる。


 ……バニラ?! いや、バニラの実はそのままでは匂わなかったはず……


 私が思わず匂いのする方へ駆けていくと、ガゼボだかパーゴラだか、壁のない休憩所に蔓を這わせた、バニラの匂いを漂わせる植物が植わっていた。


 バニラって熱帯の植物じゃなかったか? こんな寒い所に出してて大丈夫か?

 ……あ、バニラじゃないんだっけ。


 私は色々混乱しつつ、匂いを発する葉を手に取ってみる。

 完全に、バニラの甘い香りだ。


 確か、バニラはその実を発酵乾燥させることで甘い匂いを出すようになるらしい。

 そのバニラビーンズを、度数の高いお酒に割り入れて置いておくと自家製バニラエッセンスになるのだが、バニラビーンズ状態にする発酵乾燥が特殊そうで、作れる気がしない。というか分からない。

 しかし、この葉はもう匂いが出ている。


 ……ということは、このままバニラビーンズの代わりになるのでは?


「いい香りだろう」


 私がバニラに思いを馳せていると、徐に魔王様が近付き、バニラの香りを放つ葉に手を伸ばす。

 どうやら執務室の窓から先生と庭園を散策している姿が見えたらしく、わざわざ説明しに来てくださったそうだ。


 ……結構暇ですね、魔王様。


「昔、別の大陸で偶然見つけた珍しい植物だ。気に入ってここに植えさせた」

「いい香りですよね。ちょっと葉っぱを食べてみてもいいですか?」

「構わんが、かなり苦いぞ」


 既に経験済みの魔王様は味を思い出したのか、眉を顰めながら答える。


 ……うん、甘党は食べてみたくなる香りですよね。


 私もバニラエッセンスを舐めた記憶を思い出し、同じように眉を顰めた。


「……一応、念の為……」


 私は恐る恐る葉を千切って、口に運ぶ。

 甘い香りに似合わず凄まじい苦みが口の中を一気に襲い掛かる。大暴れだ。


「……いや、予想の範囲内ですぜ……」

「しかし……菓子には使えないだろう」


 冷や汗を流し、呼吸を荒くしながら口元を腕で拭き取る私に、魔王様は悲しそうに葉を撫でながら呟く。

 いや、だから範囲内ですって。


「確かに味は使えませんよ。でも香りは使いたいですね。上手くいくか分かりませんが」


 ニヤリ、と漢らしく微笑む私。

 その私の態度に、魔王様は期待に満ちた笑みを浮かべた。


「すいません、先生……!」

「しょうがないですね。魔王様も期待なさってますし。明日の午前、その分延長しますよ」


 私の言葉に、先生は苦笑しつつも許可をくれる。

 明日の延長はキツいが、有り難い。

 授業を強制終了してもらい、私はバニラもどきの葉を数枚手にして厨房へと移動した。


「アルコールが強くて、癖のないお酒はありますか?」

「あるにはありますが……お酒は十五才からですよ?!」


 私は厨房に入るなりシロップおじさんに尋ねると、シロップおじさんは驚愕して私を刮目する。


 ……十五からいいのなら、私も飲めるじゃないか。

 いや、お酒は二十歳になってから、ですよねー。


「年齢は達してますが、飲むんじゃありませんので」

「……え?! あ、ああ、それなら……?」


 シロップおじさんは再び仰天し、何だか複雑な表情で厨房の奥から酒瓶を持ってくる。

 十五才に動転したのか、飲むためじゃないことに愕然としたのか分からないが、まあいい。

 私は有り難くその酒を受け取ると、小さめのコルクの栓が付いた瓶を開け、その中に酒を入れる。

 そこに洗って拭いたバニラもどきの葉を千切ちぎり入れて栓をした。

 それを調理台の下に保管する。

 三ヶ月置けば使えるようになる……はずだ。

 乾燥させてからのほうが良かっただろうか? それも試してみるか。

 葉をそのまま菓子に使うとしたら、どうすれば……?


 私は葉を乾煎りし、それを擂り鉢で擂り潰す。

 潰すことで香りが強くなった気がする。

 これなら、少量でもいけるんじゃないだろうか?

 牛乳を少し鍋に入れてバニラもどきの粉を混ぜ、沸かして飲んでみる。

 柔らかな、甘いバニラの香りが牛乳の甘さと合わさり、体に安らぎを感じる。


 うん、なかなかいい感じだ。


 鍋に水と砂糖を入れ、煮詰める。

 良い色になったら熱湯を加えると、カラメルの出来上がりだ。

 それを冷まして器に少しずつ入れる。

 ボウルに卵と砂糖、バニラもどきの粉を少し入れ、よく混ぜて牛乳を入れる。

 この牛乳液を、漉し器で漉す。

 その液をそっと器に入れ、蒸し上がったら冷蔵庫で冷やすと、プリンの完成だ。……夕飯前だが。


 プリンをスプーンで掬い、口に入れる。

 甘い香りと牛乳のコク、卵のまろやかさが、砂糖の甘味を交えながら口の中で溶けていく。

 甘味の中に微かな苦みを感じるカラメルが、全体の柔らかさに筋を通し、コクを深めている。

 甘い香りが若干弱い気もするが、及第点じゃないだろうか。

 乾煎りでこうなら、やはり乾燥してから擂り潰すのが一番いいかもしれない。


 厨房が広く、ここが自分の専用区域とはいえ、夕食の準備に人が行き交って調理が始まっている。

 私は忙しい時間に邪魔をしてしまったことを詫び、厨房を後にした。


 プリンは当然、食後だ。……私は食べたけどね、味見だからね。


「何か出来たか?!」


 厨房を出た途端、コンセルさんが駆け寄ってくる。

 私が厨房に入ると、コンセルさんはいつも通り出入り口からずっとこちらを窺っていた。

 監視なのか、菓子が食べたいのか分からないが、少なくとも現在は後者なのだろう。

 瞳をキラキラと輝かせ、期待に満ちた目で見つめてくる。


 ……さっき菓子の時間にあれだけ食べた上に、もうすぐ夕食なのにな。


「……夕食後のおまけ程度ですが」

「おお! 夕食の後に甘いものって何かいいな! 今と夕食後の両方はどうだ?!」

「……いや、そんなに作ってないので」


 今のはあくまで実験だ。

 勢い余ってプリンを作ったけれど、何かを作るつもりではなかった。

 今はまだ食べられないと分かったコンセルさんは肩を落とし、長い溜息を吐いた。


「……私の分は、倍量あるだろうな?」


 コンセルさんと話をしていると、魔王様も期待の眼差しでこちらに寄ってくる。


 ……もう、魔王城じゃなくて甘味城にしたらどうかな?

 魔王様も『甘味王様』とか。うん。『魔王様』より似合うと思う。


「……倍? ……どうでしょうか?」

「……む? ……私の木を使っただろうが」

「是非コンセルさんと奪い合ってください」


 木で恩を売るよりも、命の恩人だったり匿ってくれていたりともっと凄いことを色々やってくれているのに、などと思いつつ、面白そうなので戦闘を促し、その場を後にする。

 背後からは、魔王様の怒鳴り声とコンセルさんの悲鳴に似た叫声が響き渡っていた。



 そして夕食後、甘味王様は無事に倍量のプリンをゲットし、嬉しそうに頬を染めながらプリンを飲むように食べ進めていく。

 コンセルさんは、一つのプリンを大事そうに少しずつ口に入れていた。


「甘いアフにこの甘い香りってこんなに合うんだな! 凄く美味いよ!」


 アフというのは卵のことだ。

 コンセルさんは柔らかい笑みを浮かべ、私に話し掛ける。


「気を抜くと一気に食べたくなるのが残念だよなー。次はもっと沢山作ってほしいッッ!」

「そうですね。まあ、十五時半の菓子の時間にでも」


 夕飯後だというのに、コンセルさんは食欲旺盛だ。

 また今度作ることを約束し、コンセルさんに笑みを返す。

 その時、魔王様が私の心臓をえぐる会心の一撃を放った。


「もっと香りを強く出来ないのか? これにはもっと香りが強い方が合うのではないか?」


 正直、私も気になっていたところだ。流石は甘味王様である。

 だが現段階では、これ以上の香りを出せる自信がない。

 葉が乾燥し、それを擂り潰して使えばもっと香りが強くなるかもしれないが、今はまだ出来ない。

 他の試作も考えてはいるがあまり大差無さそうで、植物に精通した人ならもっと良いアイディアが浮かぶんじゃないかなどと思ってしまう。

 つまり、今の私にはこれが精一杯だ。

 人間、一番気にしていることを指摘されると、それがどんなに正論でも、寧ろ正論であるほどムカつくわけで……。


「……コンセルさん、魔王様の二個目、奪っちゃいなさい」

「ラジャー!」

「?!! わ、私は思ったことを……! や、やめろ! 私の分を取るな!!」


 コンセルさんは私の命を了承し、あるじのプリンを強奪しようと奮闘する。


「気に入らないなら是非自分が食べたいです。何の問題もないじゃないですか」

「大いにある!! 私も気に入っている!! ほんの少し気になって口から出ただけだ!!」


 コンセルさんの、プリンに伸ばされた手を阻止しようと、魔王様は左手でコンセルさんの近付く顔を押し返し、右手で腕を掴んで、プリンから離そうと引っ張っている。

 コンセルさんは押さえられた顔面を気にせず、体中をプリンに近付けようとしていた。

 子供の喧嘩にしか見えない。


 そもそも、コンセルさんに命じたことも『無理いうな』というツッコミがくると思っていた。

 真面目に取り合うと思わなかった私が悪いのか?

 これ以上続けさせて、あまりアドバイスをくれなくなっても困るしな。


「……コンセルさん、食べかけでよかったら、これどうぞ」

「え?! いいのか?!」


 私は味見で一個食べたし、夕飯もガッツリ頂いたので、もうお腹一杯だ。

 私が半分残っていたプリンをコンセルさんに差し出すと、コンセルさんはそれを拝むように受け取り、瞳を輝かせて頬張り始める。

 魔王様はこっちのプリンまで欲しかったのか、一瞬苦虫を噛み潰したような顔になるが直ぐに表情を整え、再び己のプリンを口に運び始めた。


 ……次回は、三倍以上は作らないと。

 その時は魔王様に、香りも納得させてやる!


 私はプリンを頬張る二人の顔を見ながら、バニラの葉の加工法を検討しつつ紅茶をすすった。

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