8:誘拐騒動は異世界のテンプレ?

 本日晴天なり! 絶好の視察日和がやってきた!

 フレアお嬢さまも狙われているということを忘れて、今日は買い物を楽しむつもりの様子だ。

 護衛の数も多いから、何があっても平気だろうと俺も安心している。


 リリーも久々に街に出るらしい。

 必要なものがない限り、休みでも滅多に外出しないもんな。

 よし、今日はみんなで楽しむぞ!


 ただ、護衛がたくさんついているため、市場みたいな人がごった返す場所にはいけないみたいだ。

 それでも、道の広い中央通りの商店には足を運べた。




 大きめの雑貨店でフレアお嬢さまとリリーが仲睦まじく、女性同士の「あれが可愛い」「こっちも可愛い」という会話を聞いて、買い物をしている姿を見ているのは……

 正直、飽きた!


 なあなあ、何か美味いもの食べに行こうぜ!

 護衛の人たちもちょっと退屈そうにしているぞ?

 俺は護衛の人に構ってもらおうと、足に縋り付いてみたが……

 自分たちは職務中だから遊べないだって? ちょっとだけ、ちょっとだけだから!


 そんな俺を見て、護衛の人たちは目線で会話して、俺を抱えたかと思ったら、


「フレアお嬢さま、この子も混ざりたいみたいですよ?」

「む? ありがとう、戻っていいぞ。よし、アルス。お前にも何か買ってやろう!」

「お嬢様、こちらの匂い袋なんてどうです? いい香りですよ」

「たしかに落ち着くいい香りだ。アルスもどうだ?」


 あ、こいつら。俺を売りやがった! ちくしょう、邪魔者扱いしやがって!

 どうせ俺はただの犬ですよーだ!

 匂い袋はいい香りがしたよ。ラベンダーに近い香りだった。

 でも、今は花より団子な気分なんだ! 何か食べに行こうよ!


「お嬢様、アルスくんにもそうですが、護衛の方たちに片手間に食べられるような物も購入しませんか?」

「さすがリリーだ。アルスと護衛たちの食事も考えねばな!」

「人数もいますから、班分けして休憩をとってもらいましょう」

「でしたら、あまり護衛を減らしたくありません。なので、少人数で休憩をとらせます。リリー殿、我々にも配慮いただき感謝します」


 リリーが護衛の人たちから感謝の視線を受けて、顔を赤くしている。可愛い。

 ていうか、俺との扱いの差!

 お前ら、二度とモフモフさせてやらないからな!


 ――こうして、護衛たちは交代で休憩をとっていった。


「お茶をどうぞ~」

「これはどうも。気を遣わせて済まない」

「いえいえ、これも仕事ですから~」


(あら? あんな子、うちで雇っていたかしら?)


「では、ごゆっくり~」


 フレアを狙う者たちがすでに動き始めていることにも気づかずに……




 リリーが護衛たちにひと口でつまめる食事を渡して、店員がお茶を出す。

 俺はリリーから腹持ちのよさそうな蒸かした芋をもらった。

 芋を食べている俺に目を付けた店員がお嬢さまに近づく。


 「そんなに可愛い魔獣なら魔獣にもオシャレはどうですか」と言い出して、店員が商品をプレゼンし始める。

 その勢いのあるプレゼンに負けて、お嬢さまが首にかけるポーチを俺に買ってくれた。


 店員はニコニコとしたまま、このポーチがいかに優れているかを語りだす。

 話を聞くに、革製で丈夫に作られており、なんと魔石のついた魔道具らしい。

 魔道具だから自動でサイズ調整されて、首回りにジャストフィットするのだ。


 さらに、たとえポーチを落として失くしたとしても、対となる魔石のもとに戻ってくる機能もついており……って、何この万能ポーチ!?

 高いんじゃない? 大丈夫!?


 お嬢さまは俺に似合っていると言って、ご機嫌で値段を気にしていない。

 ……まあ、似合っているならいいか!

 ポーチの機能を聞いて、リリーは何か考えているみたいだけど、どうしたんだろ?


 それからリリーは、お嬢さまに筆記具も購入するように勧めた。

 そして、それを俺のポーチの中に入れる。

 俺とお嬢さまはよく分からないまま、リリーに従っていたが、ちゃんと説明してくれた。


 もしもお嬢さまに何かあった場合に、筆記具を使ってメモをこのポーチに入れる。

 その後、ポーチをどこか遠くに投げて、持ち主の手の届く範囲から離す。

 そうすることで、対となる魔石のもとにポーチが届く。

 これを緊急連絡に使ってくださいとリリーが説明してくれる。


 俺はすでに警戒を解いているのに、リリーはまだ警戒しているようだ。

 さすがリリーだ。さすリリ!


 ちなみに、持ち主の手の届く範囲という指定は、持ち主の血液を含めた魔石が、持ち主からある程度離れたと判定することで発動するらしい。

 なので、俺の血液を魔石に登録してある。


 お嬢さまもリリーの説明で、そういう使い方もできるのかと感心していた。

 リリーのそういう気配りというか、緊急時の対処法を思いつく柔軟な発想力は、俺も身につけたいところだな。




 他にもオススメ商品がないかお嬢さまが聞こうとしたとき、お嬢さまが周囲の違和感に気づく。


「護衛の数が減っていないか?」

「それが……」


 話を聞くと、どうやらみんな腹を下してトイレに行っているようだ。

 だけど、護衛がこんなに減るほど、一斉にトイレに行くのだろうか?


 ――何かおかしいぞ? みんな大丈夫?


 さらに、このタイミングで「おかあさーん!」と泣き叫ぶ少年が出てきた。

 お嬢さまが目配せをして、リリーが話を聞きに行った。


「どうしたの、ボク?」

「おかあさーん!」


 リリーが優しく声をかけても、泣きわめくだけの少年。

 危険が迫っているかもしれないというのに、泣き声がうるさくて集中できない。

 仕方ない、俺のモフモフで黙らせるかと少年のもとに向かう。


 俺が少年に近づくと、少年にガバッと抱きつかれた。

 しかも、そのまま近くで泣かれるものだから、うるさくてたまらない。

 にしても、この子ちょっと力強くない……?

 それから次々に店内で問題が発生する。


「あっ、ワタクシのカバンが!? 誰か、そいつを捕まえて!」

「お客様、それは商品じゃありませんよ!? 待ってください、持ち出さないで!」

「なんだ、アンタは!?」

「あぁん? やろうってのか、おい!」


 もう店内がごっちゃごちゃの騒ぎだよ!

 店員があっちに行き、こっちに行きと走り回るせいで、お嬢さまたちも身動きが取れなくなっていた。

 最後にはダメ押しするかのように……


「店長、調理場から火が!」

「ええ!? 皆さん、急いで店から退避してください!」


 こんなときに火事とか、マジか!?

 あと店長さん、こういうときは慌てさせちゃダメだって習わなかったのかよ!?

 って、そもそもこんなに不幸が重なるわけねーだろ!

 どう考えても敵が仕掛けてきたに決まってる! みんな、気をつけてくれ!


 俺は辺りを見回す。

 護衛たちは少ないながらも、お嬢さまを守りながら外に向かっているのが見えた。

 リリーはお嬢さまのもとに向かおうとしたが、人ごみに流されていく。

 仕方なく俺は少年を外に連れていこうと思ったけど、すでに少年はいなかった。


(あ、あれ? あの子はどこに行った? ……くそっ、あの子も敵かよ!?)


 敵は何重にも罠を張っている。これはかなり計画的だ。

 本当にあの女が関わっているのかと考えてしまう程、まずい状況だぞ!




 ふぅ、外にようやく出れたけど、お嬢さまはどこだ!?

 風に乗ってふわりと香る花の匂いがした。

 そちらを見ると、護衛に守られているお嬢さまの姿が見えた。

 そばにはリリーもちゃんといるようだ。


 そこへ、遠くからかなりの速度で馬車が走ってくる。

 先ほどの男の子が馬車に轢かれそうになっているが、あの子は敵側だからあのままでもきっと大丈夫のはずだ。


「うぅっ、おかぁ、さん……」


 あの子の顔が恐怖に染まり、覚悟を決めたように目を瞑った。

 その姿に、俺はマジか!?と悪態をつく。


「危ない!」

「危ないのはお嬢さまの方です!」

「えぇい、放せ!」


 助けようと前に出るお嬢さまを護衛が止めてくれた。

 お嬢さまの代わりに、リリーがギリギリで馬車から男の子を助ける。


「大丈夫!?」

「びぇぇぇん!」


 助けられた男の子は涙を流してって、もはやギャン泣きじゃん……

 あの子は無関係か、脅されてたかだな。


 馬車はその場で急停止して、リリーたちとお嬢さまたちを分断した。

 お嬢さまはまだ護衛のそばにいるから大丈夫だと思ったが……


「急げ、さっさとズラかるぞ」


 馬車から出てきた屈強な男たち。

 公爵家の護衛たちなら、そんな奴らにも簡単に対処できるはずだった。

 腹痛さえなければ……


「くっ、腹が……」

「どきな!」

「ぐはっ……!」


(くそっ、間に合うか!?)


 倒されていく護衛を見て、俺は急いでお嬢さまのもとに走り寄る。

 だが、予想されていたのか、俺は簡単に捕まってしまい、麻袋のようなものに入れられて身動きが取れなくなってしまう。


「へへっ、いい土産になるな……」

「おい、急げ。こちらも確保した」


(お嬢さまも捕まってしまったか、無念……でも、俺も馬車に入れられたみたいだ。これなら、お嬢さまのそばにいることができる。まだ諦めるなよ、俺!)


 すぐに扉が閉まる音が聞こえ、馬車が動き出した。

 騒がしかった周囲の音も遠ざかっていく。

 揺れる馬車の中、俺は袋に入れられたままこの後どう動くかを考え続けた。


 ――お嬢さまが楽しみにしていた買い物を邪魔しやがって! 許さないからな!


 俺は怒り過ぎると冷静になるみたいだな。

 連絡手段はある。現在地を知らせる手段もある。

 問題はお嬢さまの存在だ。

 お嬢さまを守りながら戦うという選択肢は、俺では力不足だから選べない。


 それにお嬢さまに戦う手段があっても、戦わせていいものかと悩んでしまう。

 まだ六歳の女の子だぞ?

 そんな幼い子に、体格差が倍以上の大人と実戦形式で戦えなんて……


 アンタはこの状況で悩まずに戦えと言えるか?

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