5:初仕事と性悪女
日の光が眩しく感じ自然と目を覚ます。
ここはどこだろうと思ったけど、昨日はお嬢さまのもとで寝たんだった。
俺が起きるのと同時にフレアお嬢さまも目を覚ましたようだ。
今朝はお嬢さまの部屋で一緒に朝食をとる。
リリーが給仕をしているので、俺は食後の顔拭きもしてもらう。
食事の間、リリーは視線を部屋のあちこちに向けて不思議そうにしている。
「リリー、どうした? 何か気になるのか?」
「あの、なんだか違和感を感じてしまって……」
「違和感?」
「お嬢様の部屋の中が明るく見えるような……でも、いつもと何が違うのかハッキリとわからなくて……」
リリーの言葉にお嬢さまも周囲を見回す。
俺は二人が話している間も自由に部屋の中を歩き回る。
この歩き回るという行為そのものが、疑問を解決すると気づくかな?
「……んん? リリー、アルスの歩いた道を見てみろ。あれが原因かもしれない」
「アルスくんですか? えっと、たしかにアルスくんが歩くと、綺麗に……っ!?」
「恐らくだが、この部屋が明るく感じるのは絨毯が綺麗になって、光を反射しているからだろう」
おおっ!? さすが【直感】スキル持ち。お嬢様には気づかれちゃったかー。
リリーがあり得ないといった顔で呆然としている。
俺はリリーに向かって、ふふん、どうよ! とドヤ顔をしてやった。
お嬢さまはそんな俺に仕事を頼んでくれる。
「アルス、その調子で屋敷の中を歩き回って綺麗にしてくれるか?」
「ワッフ!」
「ふふっ、頼んだぞ? リリーも掃除しながら、アルスについていってやれ。他の使用人たちへのアルスの説明係だな」
俺は任せろと言わんばかりに吠えて、リリーもわかりましたと返礼する。
さーて、お嬢さまからの初仕事だ。頑張るぞ!
今回の種明かしをすれば、手に入れた新たなスキルのおかげだ。
まず【自動回収】のスキルで、周囲の土埃を【アイテムボックス】に回収する。
そして、俺は歩きながら【生活魔法】で【清潔】を使うだけ。
生活魔法も鼻歌感覚で使えるようになったのが、今回一番の活躍を見せている。
おかげでドライヤー魔法なんかもすぐに使えたしな。
そんなわけで、リリーと二人で仲良く屋敷のお掃除です。
一緒にいる俺がウロチョロしているのを咎める使用人さんにはリリーが説明する。
お嬢さまからも許可を得ていると言えば、すぐに納得して去っていってくれるが、リリーが俺も掃除しているということを伝えても疑問を浮かべたままだ。
うーん、こればかりは数日経たないと気がついてもらえないかもな。
まだまだ屋敷は広いから、リリーに合わせて掃除していたら時間がかかりそうだ。
俺はウロチョロと歩き回って掃除。リリーは窓ふきや花瓶のホコリを払う掃除。
って、リリー! ホコリを床に落とすんじゃない!
そんなことするから、この屋敷の絨毯は土とホコリまみれなんだよ!
俺はぷんすかしながら、歩きまわってゴミをアイテムボックスに回収していく。
掃除は順調だけど、この方法にはちょっとした問題がある。
集めた土埃が【アイテムボックス】の『ゴミ』カテゴリに溜まっていくのだ。
これ、屋敷の中を歩き回っているだけでどんどん溜まるんだよ。
(どこにこの大量のゴミを処分しようか……)
少し考えてみたけど、捨てるなら外だよなと当たり前なことに気がつく。
ちょうどそのとき玄関ホールの前だったので、外に出して!とリリーを見ながら扉を前足で叩いてみる。
「どうしたのですか、アルスくん? 掃除は飽きて、外に出たくなったのですか? ……ちょうど私も休憩を挟みたいと思っていたので、いったん外の空気を吸いに行きますか」
「ワッフ!」
よし、俺の意図は伝わっていないけど、外に出ることはできそうだ。
さてさて、どこにゴミを捨てようかな~っと……
でも、このゴミには土が多く含まれてるけど、ホコリも混ざってるんだよな。
(ホコリは焼却処分、土は自然に返すのが一番なんだけど……)
再びうーんと悩んでいると、分別と言えば【アイテムボックス】はカテゴリ分けができるんだよなと思いつく。
よし、やってみよう。試す価値はありそうだ。
(【アイテムボックス】さん、やっておしまい!)
俺は【アイテムボックス】にゴミの仕分けをさせてみた。
アイテムボックスの中で『土』と『ホコリ』というカテゴリが作られる。
そして、ゴミが分けられていく。
(おおっ!? 綺麗に土とホコリが分かれた!)
ん? もしかして、このままカテゴリ分けしておいたら、次からは分別されてゴミを回収できるかも!
そこに気づくとは、俺は天才か!? あとで試してみよう!
ゴミの分別に喜んでいると、リリーの方から叱るような声が聞こえた。
「あなた! 堂々とサボりとはいい度胸ね! 侍女長に報告しますよ!」
「いえ、私は少し休憩をと思って……」
「まあ! 言い訳までするなんて! ……ん、なにこの毛むくじゃら?」
「あっ、その子はお嬢さまの――」
なんか神経質そうなメイドさんだなぁ。
その縦ロールな髪型は仕事の邪魔にならない?
リリーに強く当たるってことは、仕事上の先輩なんだろうけど……
って、このメイド! 今、俺を蹴り上げようとしなかったか!?
「ッチ! 魔獣のくせに避けるだなんて、生意気ですわね……」
「なっ、何をしてるんですか! カタリナさん!」
「ふん、わたくしが直々にこの魔獣を躾けてあげようとしてるだけですわ」
「だ、ダメです! きゃっ!」
「お退きなさい? こんな鈍くさそうな魔獣は魔石を抜いて、毛皮を渡せば、お嬢様だってお喜びになることでしょう。アハハ!」
こいつ、中々に性格悪いな……さて、どうしてくれようか?
先輩だから高圧的な態度をリリーにとるのはいいが、許されるのは態度までだ。
暴力はいかんな、暴力は。
それと、お嬢さまと過ごした時間はまだ少ないが……
――お前みたいな性悪な考えを、お嬢さまに押し付けるなよ?
お前が考えたことを、もし実際に行えば、お嬢さまは確実に泣き崩れるぞ。
それくらい俺はお嬢さまに愛されている自信がある。
こいつをどうしてやろうかと考えていたが、いい作戦を思いついた。
死にはしないだろうが、ちょっとした火傷くらいは負うかもな。
俺はカタリナとかいう性悪女と向かい合い、スキルと魔法の準備をする。
「へえ、いい度胸ね。わたくしに歯向かう気? お前みたいな鈍くさそうな魔獣に、何ができるって言うの? アハハ!」
カタリナに冷めた目を向け、俺はスキルを発動する。
(【アイテムボックス】さん、この女に集めたホコリをぶちまけて!)
突然目の前に、ぶわっとホコリが現れる。
思ったよりも量があるなと思いながら、ホコリまみれになったカタリナを見る。
「きゃっ、ゴホッゴホッ! これは、なに? ホコリ?」
カタリナがホコリまみれになって、咳き込む。
うーん、あんまりホコリがあると火傷じゃすまないかもしれないな。
俺はカタリナに向かってドライヤー魔法を使って、ホコリを軽く払ってやる。
もちろん凍えるくらいの冷風で、だ。
「なに、急に! さ、寒い!」
よし、ある程度ホコリは取れたみたいだな。
髪にはホコリが絡みついてるようだし、このまま作戦は続行っと。
ライターで火をつけるイメージで魔法を使う。
どんなことが起こるかはわかるが、どのくらいの被害になるかはわからんな。
まあいいか。リリーに働いた暴力とお嬢さまを泣かせようとした罪は重い。
性悪女よ、【生活魔法】と【アイテムボックス】を使った俺の最大火力をくらえ!
「ワッフ(着火)!」
「きゃああああ!」
細かいホコリが着火剤となり、小さな火でもあっという間に燃え盛る。
悲鳴が聞こえるが、火はすぐに消えると思う。
この程度じゃ大した火傷は負わないだろうが……
――そのホコリが絡みついた髪は、果たして無事でいられるかな?
火が燃え盛った後に現れたカタリナの姿はボロボロだ。
服はあちこちに穴が開き、髪の毛はチリチリに。
ケガをさせるのが目的じゃないから、火傷がないのには俺もひと安心だ。
哀れな格好になったカタリナは「覚えてなさいよ!」と、三下の捨て台詞を残して去っていった。
カタリナを見送ったあと、後ろからぎゅっと抱きしめるのはリリーだろうか?
ちょっと震えてるな。うーん、今の俺は犬だから許されるよな?
これは断じてセクハラではない!
そう決意して、俺はリリーに向き直り、その頬をペロッと舐める。
「ひゃっ! あ、アルスくん!?」
「ワッフ(元気出せ)!」
「励ましてくれてるの?」
「ワッフ!」
「ふふっ、ありがとう。……だけど、まずはここを掃除しないとね?」
あっ、しまった。
アイテムボックスの中のホコリを全部ぶちまけたから、思った以上に周囲にホコリが散らばってる。
(えー、これ全部集めんの……?)
俺が嫌そうな顔でリリーを見ると、「私も手伝うから、がんばろ?」と年相応な笑顔を見せてくれた。
その笑顔にちょっとドキリとしてしまったのは内緒だ。
……仕方ないか。自分でやったことだし、ちゃんと掃除しますかねっと。
――報酬はリリーから貰ったばかりだからな。
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