4:新スキルとその実験

 夜中に起きたら体が大きくなり過ぎて、もう寝床に体が入らない!

 俺は焦り、なんとかならないのかとアナウンスさんに願ってみた。

 驚くことに、アナウンスさんから返事がこう返ってきた。


<体の縮小・拡大化のスキルを取得しますか?>


(おお、何それ!? 最高じゃん、頼んだよアナウンスさん!)


 アナウンスさんに願ってみるもんだな! これで標準的な小型犬になれるぞ!

 さっそく縮小化を意識して念じてみる。

 体がググっと縮むというか、圧縮され始めた。


(うっ、なにこれ? 思ってたのと違う。ちょっと、いや、かなり苦しい……)


 苦しさを吐き出すように、体を大きくしたり小さくしたりと調整を繰り返す。

 ようやく苦しくない大きさに調整したところで、なんとか寝床にギリギリ入れるサイズに収まった。


(このスキル、たまーに圧縮してる体を解放してやらないと疲れるな……)


 人間でいえば、息を吸ってお腹を凹ませる感覚に近い。

 これはそれをずっと維持してるようなものだ。

 スキルだからいきなり体が大きくなることはないけど、慣れるまではちょっと苦しいかも……


(そういえば、昼間に能力がアンロックされたって、アナウンスさんが言ってたな。確認してみよう)


 俺は前足に視線を合わせて、自身を鑑定してみる。



 名前:アルス(オス)

 犬種:シーズー

 種族:神獣

 状態:成体(まだまだ成長中)

 能力:体力D(S)、知力?(?)、敏捷C(S)

 スキル:鑑定、生活魔法、自動回収、アイテムボックス

 パッシブ:翻訳、縮小・拡大化



 お、名前がちゃんと『アルス』になってる。

 それに加えて、俺の体は成体に成長したようだ。

 能力はこれからも成長するみたいかな?

 翻訳と縮小・拡大化のスキルは予想通り、常時発動のパッシブ扱いだ。


 さて、追加された能力ってのはスキルのことか。

 【自動回収】と【アイテムボックス】の二つ。


 【アイテムボックス】はわかりやすいな。

 おそらく、物を入れておくことができる倉庫のようなスキルだと思う。

 これも定番だけど、内部に時間経過があるかないかで、この【アイテムボックス】の有能さが変わってくる。

 今は試すためのものがないから、実験はまた今度だ。


 問題は【自動回収】か。

 どこまで『自動』なのかによって有能さが変わってくる。

 あとは回収できる距離はどれくらいなのかも調べないとだな。

 たぶん目視できる範囲だとは思うんだけど、これも実験しないとわからないか。


 生き物を入れるのは、どちらのスキルも無理だと思う。

 俺が読んでいた小説の設定では定番だ。

 それに、何でも入れることができたら、この世から生物が消えてしまうしな。

 俺はそんなことしないと思うけど……




 うーん、とにかく試さないとわからないことが多い。

 【自動回収】に関しては、この時間でも静かに試せるかな?

 まずは試しに、鏡台の上に出しっぱなしにされているブラシを回収してみよう。


(【自動回収】さん、よろしく!)


 俺がブラシを見ながら念じてみると、鏡台の上にあったブラシがパッと消える。

 これで【アイテムボックス】の中に回収されたはずだ。


(続けて、【アイテムボックス】さん。中身、見ーせて!)


 ちょっと調子に乗りながら、念じてみる。

 ホログラムみたいなウィンドウが表示され、収納されたブラシがあるのがわかる。

 でも、大量に物を入れてしまったら整理が大変な気がするな。


 カテゴリ分けとかできるかな? ……お、ちゃんと分けて整理整頓できそうだ。

 こういうカテゴリに分けて管理するのって楽しいよな。

 今は作らないけど、今後は必要に応じてカテゴリを作って管理しよう。


(そうだ。ちゃんと取り出せるかも確認しないとな……)


 どこに出すかも指定できるといいんだけど、難しいかな?

 クッションの上に落ちるようにと、高い位置から取り出すように意識してみる。

 俺の見上げた目線の高さにブラシが現れて、クッションの上にポスンと落ちた。


(おっ、高い位置から取り出せた! これは使い方次第では便利だぞ!)


 たとえば、高い位置から大きな岩を取り出して落下させる。

 ほら、お手軽に純粋な物理攻撃も可能になった。

 攻撃手段もあるサポートペットなんて最高じゃない?


 残すは【自動回収】の『自動』という点についてか。

 これも色々と設定できる気がするんだよな……


 そして、俺は朝まで自身のスキルで実験することを考え続ける。

 結果、翌日は寝不足となり、食事も食べずにずっと眠り続けてしまい、フレアお嬢さまたちに心配をかけてしまった。




 一日中寝て過ごしたせいで、気が緩んだのか体の縮小化も解除されてしまい、リリーに元の大きさをうっかり見せてしまう。

 その大きさにちょっと引かれたけれど、小さくなれるよ!とアピールするように、もう一度体を縮小化してみせたら驚かれてしまった。


 料理長さんがもう体調はいいのかと顔を見に来てくれたのは嬉しかったな。

 俺のスープもリリーの食事と一緒に直接届けてくれたんだ。

 なんて優しいんだろうか、料理長さん大好き!


 食後はリリーに連れられて、フレアお嬢さまのもとに元気な姿を見せに行った。

 お嬢さまに泣いて抱きつかれてしまった。

 ごめん、お嬢さま。俺はもう夜更かしはしないと心に決めた。

 周囲に心配をかけるわけにはいかないし、さすがに幼女の涙は心に刺さるよ……




 そして、今日は心配をかけてしまったフレアお嬢さまの部屋に一日一緒にいることになった。

 大人しくしているようにとリリーには厳命された。

 お嬢さまは嬉しそうに俺をナデナデして、その気持ちよさに俺もついウトウトして寝てしまう。


 ――お嬢さまのナデナデは、神獣をも安眠させるゴッドハンドか!


 ……ポカポカとした日差しが気持ちよかったのもあるんだけどな。

 日の当たる窓辺、ふかふかな寝床のクッション。

 そんな場所で横になって、ポンポンとなでられていたら誰だって寝るって……


 それと、お嬢さまと今日はずっと一緒なので、使用人さんたちの好感度を上げるチャンスも来た!

 とにかく大人しくすることで部屋に来る使用人さんたちに、俺が無害だということをアピールし続けて、信頼を得る作戦だ。

 まあ、ただ寝ていればいいだけだから、作戦と言うほど大がかりなものじゃないんだけどな。


 お嬢さまが勉強中の暇なときは、寝不足になって考えた実験を部屋の中で試す絶好の機会でもある。

 部屋の中をゆっくりと歩き回り、たまにお座りするのをただ繰り返す。

 これに何の意味があるのかって? それはまだ秘密だ。

 フレアお嬢さまの勉強が終わったら、お嬢さまに近づいてご機嫌をとるペットとしての仕事も忘れないぜ!


「あら? なんだかお嬢さまの部屋が綺麗になったような? でも、誰も部屋には入っていないはず……気のせいかしら?」


 ――うん、実験は成功みたいだな。


 俺は家庭教師のその言葉に、密かに笑みを深めた。




 さて、昼食だ。今日も料理長のスープがうまい!

 フレアお嬢さまの部屋で食べることになったけど、リリーはお嬢さまの給仕もするんだね。

 食事の間はリリーがそばについてくれるので、食後の顔拭きもやってくれるという至れり尽くせりな時間を過ごして、食事に関しては大満足だ。


 ただ、身分制度があるせいか、リリーは一緒には食べない。

 我慢させるのが申し訳ないと感じたけど、この世界ではこれが普通なんだろうな。

 ひとり暮らしをするまでは、家族みんなで仲良く食べる温かい家庭で育った俺としては、少し寂しいものを感じてしまう。




 昼食後もフレアお嬢さまの部屋には家庭教師の先生が、次から次に入れ替わりで入ってきて、貴族の生活も窮屈そうだなと感じる。

 夕食も今日は俺と一緒に過ごしたいと言うので、お嬢さまの部屋で食べることになった。


 夕食後は湯浴みの時間となり、なぜかお嬢さまと一緒にお風呂に入ることに。

 脱衣場から俺はなるべくお嬢さまの方を見ないようにして、お湯にだけ意識を向け続けた。


 お嬢さまが俺を洗うと言い出して、使用人さんを困らせる場面もあったが、問題なく優しく洗ってもらえたのでひと安心だ。

 お湯で体がずぶ濡れになった俺は、犬になったからには一度はやってみたいなという悪戯心がわき始める。


 ――よし、怒られるかもしれないけど、やってみるか。


 腰にグッとひねりを入れて、頭も含めて全身を震わせる。

 ブルブルと体を震わせることで、水分を辺りにまき散らして飛ばす。

 これ、やってみたかったんだよね。あー、水気も飛んでスッキリした!


 フレアお嬢さまの「きゃっ!」という、普段は聞けない可愛い悲鳴も聞けました。

 ご馳走様です、大変耳が幸せでございます。

 「まったく仕方ないな」とお嬢さまに呆れられながらも、楽しそうに笑って許してくれたのでよかったよかった。




 使用人さんに体をタオルで拭いてもらったけど、まだちょっとしっとりと濡れていて気持ち悪い。

 うーん、ドライヤーがあればなぁ……と、考えたところで思いつく。


 ――俺には【生活魔法】があるじゃないか!


 俺はドライヤーをイメージして、魔法で温かい微風を自身に向ける。

 風の発生位置も自由自在に変えられるみたいで、ひとりで全身の毛を乾かした。


(はー、スッキリスッキリ! 魔法は便利でいいね、濡れた毛が完全に乾いたよ。ん? なんか視線を感じるな……)


 魔法で体を乾かしていたのを、ジッとフレアお嬢さまに見られていた。

 お嬢さまは長い金髪をタオルで何度も拭いている様子。

 俺は仕方ないなと思い、ソファを前足で叩いてお嬢さまを誘導する。


 お嬢さまは俺の意図を察して、ソファに座ってくれた。

 座ったお嬢さまの前から、俺はやや温かいと感じる程度の微風を魔法で送る。

 その温風に驚きながらもお嬢さまは「ありがとう」と言って、指で髪をすきながら乾かし始めた。

 髪を乾かすフレアお嬢さまの横顔が気持ちよさそうで、俺もサポートペットらしくなったなと思えて大満足のお風呂だった。




 その日は寝る直前まで抱きつかれて、フレアお嬢さまの話を聞いた。

 家庭教師から習ったこと、本当は体を動かしたいことなど。

 俺は頷いて相槌を打ちながら、お嬢さまの話を聞いてあげる。


 やがて話し疲れたのか、ウトウトし始めるお嬢さま。

 今日の不寝番の使用人さんが「もう寝る時間ですよ」と言って、お嬢さまをベッドに誘導する。


 明日もいい一日になるといいねと思いながら、ベッドに入るまで俺もお嬢さまに付き添う。

 お嬢さまを寝かしつけた使用人さんは俺に向かって、口元で指を立てて静かにしているようにと合図をしてから隣の不寝番用の部屋に戻っていった。


 その仕草からようやく屋敷の使用人さんから信頼を得られそうだと感じた。

 なので、今日はこのまま大人しく寝よう。

 今日の実験結果を試すのは明日からだな。

 屋敷の大掃除を徹底的にやるんだ! もっと屋敷のみんなに認めてもらおう!


 活躍した俺に向かって笑ってくれるフレアお嬢さまの笑顔を想像しながら、俺はベッドの近くで丸まって眠りについた。

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