3:お嬢さまに会いました
リリーに運ばれて、お嬢さまの部屋にやってきました。
部屋に入ると、静かにお茶を飲むお人形みたいな女の子がいました。
長い金髪を優雅になびかせて、ルビーのように赤い瞳は意志が強そうだ。
リリーと比べた身長から見て、まだ五、六歳といったところかな?
部屋に入ってきた俺たち、というか俺を見て、お嬢さまは先ほどまでの凛とした雰囲気を捨てて、その顔を幼女らしさ溢れる笑顔に変えた。
この笑顔を見る限り、まだまだ可愛い盛りのお子様のようだな。
「おぉ! そいつは元気になったのか!?」
「フレアお嬢様、落ち着いてください。魔獣が驚いてしまいます。お嬢様に拾われてから、この屋敷で食事と睡眠を十分にとった結果、こんなに大きくなりましたよ」
「見違えるように本当に大きくなったな! 毛並みのふわふわ感がすごいぞ!」
最初の印象とガラッと変わって、なんだか元気いっぱいな幼女だ。
口調はちょっとカタいけど、可愛いからよし!
フレアだったっけ? このお嬢さまがどうやら俺を拾ってくれたらしい。
よし、覚えたての【鑑定】を使ってみるか。将来どんな子になるか気になるしな。
名前:フレア(メス)
年齢:六歳
種族:ヒト族
状態:健康
能力:体力D、知力F、敏捷E
スキル:剣術、体術、直感、幸運
称号:剣の頂に近づける者
待て待て待て待て! 能力は幼女らしさあるけど、なんだこの称号!?
称号:剣の頂に近づける者
力を得てその先に何を求めるか、神に期待される者に送られる称号。
詳細を見ても、ヤバいのが一目でわかる称号だ!
この子、まだ六歳なのに神様に期待されているんですけどぉ!?
俺は驚きで目を見開く。
「たしかに驚かせてしまったか。目がこぼれ落ちそうなくらい見開いてる」
「いえ、この目の大きさはこの魔獣の標準なのでしょう」
「そういえば、何の魔獣か鑑定していなかったな? 【鑑定板】を持ってきてくれ」
「わかりました」
あ、驚いている場合じゃない。なんか不穏な流れになってる。
……俺のことを鑑定するだって!?
ヤバいヤバいヤバい! 神獣だってことが早くもバレてしまうー!
なんとか誤魔化せないのか!?
俺が逃げ道を探そうと慌てていると、力強くお嬢さまに取り押さえられる。
「こら、暴れるんじゃない。何も痛いことはしない。だから、落ち着け」
あ、このなでなでには勝てない……
思考能力を奪われる……いや、いかん! 心を強く持て、俺!
今はなでなでに気を取られている場合じゃない!
せめて、神獣ということだけでも隠さないと……
俺が強く隠したいと願っていると、急に機械質な声が脳内に聞こえた。
<能力を隠蔽しますか?>
おおっ! なんかわからんがYESだ、YES! 急いで急いで!
せめて、神獣ということだけでも隠してくれー!
救いの手を掴んだと思ったら、リリーが何やら水晶でできた板を持ってきた。
間に合わなかったか。さよなら、俺の優雅なペットライフ……
リリーは俺の前足をガッチリと掴み、水晶板に押し付ける。
浮かび上がった文字に二人が驚いているが、どんな結果になったのかわからない。
結果はどうなったの!? 今すぐその文字が読みたい!
そんなことを考えていると、また先ほどの声で脳内にアナウンスされる。
<翻訳、及び言語を習得しますか?>
んん? 翻訳はいいけど、言語って習得したら喋れる犬になっちゃうんじゃない?
さすがにそれはダメだ!
翻訳だけお願いします、アナウンスさん!
俺がそう願うと文字が読めるようになった。
正確には文字を見て、意味がわかるようになったみたいだ。
読めるようになった水晶板には、こう書かれていた。
名前:名無し(オス)
種族:犬
犬種:シーズー
状態:幼体
能力:体力E、知力G、敏捷D
スキル:鑑定、生活魔法
今追加されたばかりの【翻訳】はスキルの欄には書かれていないようだ。
それとも、デフォルトの能力として書かれていないのだろうか?
とりあえず、【神獣】の項目だけは隠すことに成功したみたいでひと安心だよ……
俺がホッとしていると、フレアお嬢さまにガバッと抱き上げられた。
な、なんだなんだ!? 急にどうしたの!?
「すごいじゃないか、お前! 知力があるぞ! お前には考える力があるんだな!」
「お嬢様? そこではなく、スキルや種族といった部分の方が気になりませんか?」
「そうだな。種族は『犬』? こっちの『犬種』というのは種族名か? ふむふむ、お前はシーズーという種族の魔獣なのだな!」
ええ? この世界、もしかして俺以外に犬が存在しないの?
だから、よくわからない生物ということで、『魔獣』なんて呼んでたのか?
そもそも、魔獣ってなんだよ……
ゲーム的にいえば、たぶんモンスターのことだとは思うけどさ。
「お嬢様、この子は【鑑定】スキルを持っているようです。躾ければ、毒物の有無を判定してくれるかもしれません。生活魔法も状況によっては有用です」
「まあ、今は可愛いだけでいいじゃないか。それ以外はまたあとで考えよう」
あ、このお嬢さまからなんだか残念な香りがする。
もしかして、脳筋さまでいらっしゃいますか?
「むっ、なんだかこいつから馬鹿にされている気がするぞ?」
おっと、このお嬢さまに【直感】スキルがあったのを忘れていた。
いやー、今日もフレアお嬢さまはお美しいですね!
「たしかに。表情からして、なんだか擦り寄る気配を感じますね」
(ギクッ!)
「まあいい。お前は名無しなんだよな? じゃあ、私が名前をつけていいか?」
ワクワクした様子で尋ねるお嬢さま。
あー、今の俺に名前ってないんだよな……
日本にいた頃のことをもう思い出せないから、新しい名前は助かる。
俺は了承するように頷いた。
「そうかそうか。んー……よし、お前の名前はアルスだ! ありふれた名前ではあるが、お前にはピッタリな気がするぞ!」
(アルス、アルス、アルス……よし、覚えた。今日から俺の名前はアルスだ!)
<名づけを確認。個体名『アルス』を登録。能力をアンロックします>
うぉ、またアナウンスさんが何か言ってる。能力のアンロック?
何か能力が追加されたのかな? 夜にでも確認してみよう。
「そうだ、アルス! さっそく魔法を使ってみてくれないか!?」
「お嬢様、部屋の中で魔法は……それに使えるかもわかりませんよ?」
「魔法は想像して、パァー!とやるんだって習ったぞ? だから、簡単なはずだ!」
「はぁ、これは教育係についても奥様に報告案件ですね……」
俺は首を捻りながらも、お嬢さまの説明を考えてみる。
たぶんだけど、あの言い方からして想像力。つまり、イメージが大事なんだろう。
あとはそこに魔力とやらで後押ししてやれば、魔法という結果になるようだ。
うーん、イメージはゲームや漫画で培っているから簡単なんだけど……
こんな部屋の中で火なんか出したくないしな。
同じような理由で、水も床をびしゃびしゃにしてしまうから却下だ。
土や風も加減を間違えると大変なことになりそうだから今回はナシだ。
何か部屋の中で使えそうな魔法か……
俺が首を左右にフラフラと揺らして考えていると、リリーが助言してくれる。
「アルスくん、魔法を使うとしても【生活魔法】ですからね? 【清潔】の魔法みたいな汚れたものを綺麗にする魔法にしてください」
ほおほお、【清潔】とな。
それはよさそうだ! 汚れたもの、汚れたものと周囲を確認してみる。
あ、あの騎士のぬいぐるみ。だいぶ年季が入っているな。
実験台として、あれを綺麗にしてみようか。
ムムッ、綺麗になるイメージ!
ぬいぐるみを洗濯機に入れて、洗剤で汚れを落とし、柔軟剤でふわふわになるイメージ……
あとはこのイメージに魔力という力でゴリ押しするだけ!
力んでみたら、身体の中から何かがスルッと抜ける感覚を知覚する。
今のが魔力なのか?
それから二人の驚く声が聞こえた。
集中するあまり、目を閉じていたようなので開けてみると、そこには新品も同然の綺麗な騎士のぬいぐるみがいました。
綺麗になったのに、お嬢さまは叫んでいたけどね。
「ああああ! 歴戦の騎士将軍のぬいぐるみが、見習い騎士のような汚れひとつない騎士になってしまったああああ!」
「これを機に、もう少しぬいぐるみを大事に扱ってあげてくださいね」
ああ、そういうロールプレイしてたのか。
ごめんよ、フレアお嬢さま……
「まあ、いいか。これを機にアルスと遊ぶとしよう。今日で人形遊びは卒業だ!」
あら? 一歩進んで、ちょっとだけ大人になってしまったか。
リリーもこれにはちょっと複雑そうな表情をしていた。
こうやって、幼女も大人になっていくんだなぁ……
俺はしみじみとそんなことを考えるのだった。
それから、お嬢さまに連れられて屋敷の中を案内された。
色々な場所に向かったけど、中でも印象に残ったのは調理場だ。
お昼も過ぎ、賄いも終わってちょっと休憩といった時間に、お嬢さまがお邪魔したことにより、料理長さんが直々に挨拶に出てきてくれた。
「どうしました、フレア様?」
「アルスの案内に屋敷の中を歩き回っているだけだ。中を見てもいいか?」
「えっと、それはちょっと……」
料理長さんが俺をチラリと見て、申し訳なさそうにする。
俺もさすがにダメだと思うので、お嬢さまの足を前足でテシテシと叩いて諌める。
お嬢さまも俺の様子に気づき、料理長に謝罪する。
「すまない、料理長。無理を言った。……アルスは賢いな。調理場に獣が入るわけにはいかないとちゃんと自覚しているんだな」
「ありがとうございます、フレア様。お前もありがとうな。スープは美味しいか?」
「ワッフ!」
料理長に料理の感想を聞かれたので返事をしたのだが、吠えてしまった。
いつも美味いよ!と言うつもりだったんだけどな。
反省、反省っと。
その様子にお嬢さまが少し嫉妬して、料理長さんは嬉しそうだった。
「アルスが初めて鳴いたのが料理長の食事だとは……やるな、料理長」
「いえ、あはは……元気に返事してくれてありがとうな。これからも腕によりをかけて作るからな。もちろん、フレア様たちの料理も、ね?」
「ああ、期待しているぞ!」
うん、お嬢さまも料理長さんもいい笑顔だ。
今日の夕食も楽しみだな!
まだ俺の存在は様子見ということで、今日はここでお嬢さまとはお別れだ。
リリーの部屋に戻り、夕食まで考え事をしながら休憩する。
彼女は彼女でお仕事に行ってしまった。
俺も早く屋敷の中の人たちと、友好的な関係を結んで自由に歩き回りたいな。
日当たり良好な寝床でウトウトしていたら、寝てしまい、あっという間に夕食の時間になった。
その日の夕食は、昨日よりもさらに美味しくなっていたような気がする。
今日は屋敷の中を歩き回ったけど、足の裏に付着する砂埃がひどかったな。
個人的にこれは一番大事な問題だ。
土足文化だから仕方がないかもしれないんだけどさ……
俺は犬で素足だから、どうしても床の汚れが気になるんだよ。
足裏のザラザラとした不快な感覚をどうにかしたいんだけど、名案が浮かばない。
屋敷の中を歩き回って、【清潔】の魔法を使いまくるとか?
うーん、非効率な気がする。
絨毯にも結構土が毛先に絡まっていたし、やるなら徹底的にするべきだし……
どうしたらいいんだろうな、はぁ。
屋敷の土埃をどうするか考えていたら、寝落ちしてしまったようだ。
って、俺の体どこまで成長するの!? もう新しい寝床に体が入らないじゃん!
どうにかならないの、アナウンスさん!とやけくそになって念じてみた。
すると、ちゃんと返事が返ってきた。
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