1:気がついたら、身体が縮んでいた!
睡眠から目覚め始めて、ぼんやりと意識が浮上し始める。
この寝ぼけた状態は何歳になっても心地がいいよな。
睡眠が大事なものだと思い直せる瞬間だ。
昨日は久しぶりにゲームに没頭して、新しいエリアに入ってボスを倒そうと思ったところで眠気が来たから、椅子の上で仮眠しようと眼を閉じたんだっけか?
やっぱり椅子の上で寝るのはよくないな。ちょっと身体を動かすのが億劫だ。
――ん? あ、あれ? なんか身体の感覚がおかしいような?
手を額に持っていこうとして、腕の間接の動きがおかしい。寝違えたか?
って、腕を寝違えるってなんだよ。
それに、顔に触れたら明らかに『モフッ』って感触がしたぞ。
――待て待て待て! これは明らかに異常事態だぞ!
身体の関節というか構造がおかしいと焦る気持ちでいっぱいになり、朧気だった意識がハッキリとし始めて確信する。
どう考えても、人間ではあり得ない関節の曲がり方。
触れた顔の『モフッ』という感触。
心臓の鼓動が早く感じる。
この現状を目を開けてみればわかるけど、目を開くのがものすごく怖い。
(ええい、男は度胸よ!)
男は度胸とは言ったが、実際には『そろ~っ』といった擬音が相応しいほど、ゆっくりとした動作で俺は目を開いた。
目を開いて見た光景の感想は……
まず、明らかに視線が低い。周囲のものが大きく感じて、圧迫感を感じる。
それと、ここはどう見ても俺の部屋じゃない。
机にあった俺のお気に入りのフィギュアが、机というか部屋ごと見当たらない。
あと今更気づいたけど、この部屋うっすらとお花のいい香りがする。
お、おおお、落ち着け、俺! この感覚には覚えがあるぞ!
小学生の頃に、友達の付き合いで女の子の家に行って、その子の部屋に通されたときのあのドキドキとした感覚!
――この胸の高鳴りはそれと一緒だ! ゼミでも習った!(習っていない)
でも、なんでこんなに視線が低いんだ?
あ、俺が寝そべってるのか。急いで起き上がらなきゃ、って立ち上がれねえ!
足がもつれるし、力が入らねえ!
腕も使って必死に立ち上がろうとしても、やはり体の感覚がおかしい。
(ちょっと格好悪いけど、四つん這いになるしかないか……って、おぉん?)
四つん這いの格好がなぜかジャストフィットする。
まるで生まれたときから四足歩行が正しい歩き方といった感覚だ。
だけど、バランスがとりづらい!
いくらなんでも、人間がいきなり四足歩行なんて無理だ!
第一、頭と手足、胴体のバランスがすごく悪い。特に頭と胴体が重すぎる!
力が入らないこの貧弱な手足じゃ、この体を支えることは出来ないぞ!
それから時間をかなりかけて、寝床らしきとこからなんとか抜け出した。
けど、俺の部屋ってこんなに汚かったか?
触れる床から伝わるザラザラとした感触に顔をしかめる。
あー、でももう無理、さっきので疲れた。汚いけど、寝そべってしまおう。
うーん、お腹にも伝わる砂埃の感触が気持ち悪い。
誰だ、俺の部屋をこんなに汚したのは!
(って、そうだ。ここはどこだ?って話だよ!)
とりあえず、寝そべった状態で周囲を確認してみる。
見えるのは古ぼけた木造のベッドと同じく古ぼけた鏡台に、クローゼット?
それと、俺が入っていたであろうクッションなどが詰まっている樹皮で編んだと思われるカゴだ。
いったい、俺はどこに拉致られたんだよ……
扉に鍵穴はあるみたいだけど、あんな古い形式の鍵穴を現代の家に採用するとか、アンティーク好きのお金持ちな家なのかな?
いや、お金持ちの家にしては床が汚いから違うか。
それに想像していた女の子の部屋って印象でもない。
でも、このうっすら香る花の匂いは女の子の部屋って感じるんだけどなあ?
今はどうすることもできないと俺は一度諦めることにした。
窓の外を見ると夕暮れの空が見える。
色々あったけど、昼過ぎまで寝ていたことになるのかな。
疲れていたとしても、いくらなんでも寝すぎじゃない?
そんなことをつらつらと考えていたら、遠くから足音が聞こえてきた。
しばらく聞こえた足音は、部屋の前で止まり扉が開く。
わぁーお!? 綺麗な子!
コスプレでしか見ないような真っ青な髪色をしたメイドさんが部屋に入ってきた。
背の高さから推測するに、年齢は中学生くらいか?
肩までの長さの髪が、個人的にはグッドだ!
その日本人じゃありえない鮮やかな緑の目もカラコンなのかな?
俺は色々とその子に聞こうとしてみたけど、言葉が発せないことに気がつく。
口から漏れるのは「ハッハッハ」という呼吸音のみ。
しかも、自然とちょっと舌が出てしまうというおまけ付き。
これは俺でも気持ち悪いって言っちゃうかもだ。
自ら傷つきにいくとか、俺はいつからそんな変態さんになったのかな……?
軽く妄想で傷ついた俺の前に女の子がしゃがんでくる。
って、でかいなこの子!?
何が?って、そりゃお前さんあれだよ……
身長に決まってんだろうが! 怖い怖い怖い怖い!
ここまでくると、もはや巨人じゃん!?
わわっ、軽々と持ち上げられた!?
平均的な成人男性の体重はあるはずの俺を持ち上げたよ、この子!
どんな怪力だよ!
そんな女の子に驚き、俺は恐怖で震えているのに、彼女はふんわりと笑い、
「おはようございます……にはもう遅いかな? もう元気になりましたか、可愛い魔獣さん?」
――可愛い、魔獣、さん?
何を言ってるんだ、この子?
魔獣ってなんだ? 可愛いってなんだよ!?
俺は人間だ! 拉致られて、身体がおかしいんだ! 助けてくれ!
彼女に必死に現状を訴えてみたが、口から出るのは呼吸音のみで言葉にならない。
まさか、俺は薬でも盛られたのか!?
「念のために、テイマーの方が使う魔獣用の薬を使いましたが、元気になったみたいでよかったです。起きたのであれば、これから夕食をお持ちしますね」
やっぱり薬を使ったんだ!?
って、テイマー? 魔獣用? 本当にこの子は何を言っているんだ?
まるで現実に、ゲームでしか聞かないような職業が本当に存在するみたいに……
先ほどの寝床と思われるクッションが置かれたカゴの中に、女の子は俺を優しく入れた。
(いったい何が起こっているんだ……?)
不安に駆られて、女の子にすがろうとしても「ちょっと待っててくださいね」と言い残して、部屋を出ていってしまう。
それからすぐに女の子がワゴンを押して戻ってきた。
何かのスープかな? すごくいい匂いがする。
その美味しそうな匂いに俺のお腹がきゅるると可愛く鳴ってしまう。
女の子がその音を聞いて、クスクスと可愛く笑った。
彼女は再び俺を抱えて、「食事の前に軽く体をブラッシングしておきましょうか」と言って、ワゴンと一緒に持ってきたブラシを手に取った。
部屋にある鏡台の前に俺たちは移動して、鏡に映った自身の姿に俺は驚愕する。
(どこからどう見ても、犬ですやん。しかも、ふわもこな毛玉ですやん……)
不健康な生活が悪かったのかなあ? 気が付いたら犬になってました。
犬種はちょっとまだわかんないです。たぶん、マルチーズかシーズーです。
いやまあ、さっきから目に入るモフモフには目をつぶっていたよ?
でもさ、なにがどうしてこうなったんだよ……
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