いつの間にか異世界で犬になってました ~俺が神獣なのは飼い主には内緒だ~

物部

0:異世界からこんにちは

「ふっ、ふっ、ふっ!」


 屋敷の裏庭で木剣を振るい、短く息を吐く少女。

 鍛錬をしやすいように結ったポニーテールが剣を振るわれるたびに揺れる。

 青空の下で日の光を反射する金の髪は輝き、流れる汗も相まって美しい。

 ルビーのように煌めく赤い瞳は鋭く細められ、架空の敵を見据えているためか、その剣のひと振りひと振りに魂が込められていることがうかがえる。


 俺は日陰でスキルを使い、カメラの位置を調整する。

 鍛錬にまじめに取り組むそんな少女――フレアお嬢さまの姿を地球にいるリスナーたちに向けて配信するためだ。

 なんでそんなことをしているんだって? 俺がお嬢さまの頑張りを誰かに見てほしかったからだよ。


コメント:今日もお嬢様はお美しい。

コメント:でも、この日差しだと日焼けしそう。

コメント:日焼け止め送るから、使ってみてください。まず、肌に合うかを手の甲に少量とって試して、薄く伸ばすように塗ってほしいです。


 俺はリスナーから送られてきた日焼け止めを【アイテムボックス】から取り出し、鮮やかな青い髪が目立つメイドのリリーに受け取ってもらう。


「これはどういった物なのですか?」


 リリーの疑問に答えるのは、配信に送られてくるリスナーたちのコメントだ。

 彼女も俺のスキルにはもう慣れたもので、宙に浮いたホログラムのようなパネルに映されるコメントを見て、日焼け止めがどういう物かを理解する。


「なるほど、これを使えば日焼けを抑えられると。念のため、毒性も確認します」


 リリーさんや? 確認をする割には結構な量を腕に塗っていませんかね?

 俺には無縁のものだし、リスナーから送られてきた物だからいいんだけどさ……あとでお嬢さまに怒られても知らないよ?


「塗り心地はいいですね。ベタつきませんし、違和感もありません。アルスくん、お嬢様を呼んでください」


 俺はリリーに任せろと頷き、お嬢さまに聞こえるように大声で吠える。


「ワフッ! ワフッ! ワフッ!」


コメント:いつも思うけど、シーズーの鳴き声って可愛いよな。

コメント:それな。

コメント:鳴き声が凛々しくないのは見た目がふわもこだから仕方ないよね~。


 ぐぬぬ、人が気にしていることを……

 俺がコメントに気を取られていると、お嬢さまがすぐそばまで来ていた。


「どうした、アルス?」

「フレアお嬢様、アルスくんのスキルからこちらが送られてきました。日焼けを抑えてくれる化粧品だそうです。晒している素肌にだけでも塗りませんか?」

「む……、わかった。だが、前みたいにベタつくのは嫌だぞ……」

「先ほど確認しましたから、それは大丈夫です。まずは少量を試してみましょう」

「んっ、冷た……」


コメント:お嬢様ああああ!

コメント:お声が、艶めかしい……

コメント:まったく、男どもは。そういう私もちょっと興奮したけど……

コメント:そうそう。薄く伸ばしてあげれば、そこまでベタつかないはずです。


 リリーがコメントを見ながら、お嬢さまの腕にジェルタイプの日焼け止めを塗る。

 一部のコメントにリリーは冷ややかな目を向けたけど、その視線でもリスナーが喜んでしまうのでため息を吐いていた。


 そんなやりとりもあったが、リリーが塗り終わりましたよと言って、お嬢さまに日焼け止めの感触を確かめてもらう。

 塗り終わった腕を触ったお嬢さまは、肌のベタつかなさに満足いったようだ。

 その後、一度タオルで顔や首周りの汗を拭いて、顔などにも薄く塗っていく。


「うむ、これはいい! 前の化粧水は気持ち悪かったから、正直不安だった……」

「私がこれはさすがに……って言ったのに、それを使ったのはお嬢様ですよ?」

「仕方ないじゃないか、異世界のものは気になるんだ!」


 あー、あのときのお嬢さまは大変だった。

 ベタつきの気持ち悪さに泣いちゃったもんね。

 リリーの注意を聞かなかった自業自得ってのもあるけどさ……




 さて、もう気づいてはいるだろうが、ここは日本でもないし、地球でもない。

 ここは異世界にあるガルド王国、バッシュ公爵家の裏庭だ。

 王を頂点として、貴族という身分制度がある本物の異世界に俺はいる。


 そして、なぜか俺の姿はシーズーという犬種の犬になっており、フレアお嬢さまのペットとして、現在この大きな屋敷でお世話になっている。


 ――なんで異世界に?

 ――なんで犬なの?

 ――なんでシーズーなの?


 そんな疑問は俺が聞きたいんだが……こんな状況になった説明をするために、まずこの異世界でフレアお嬢さまに拾われた話からするとしよう。


 あれはまだ俺が幼体で、まだ四足歩行にも慣れていない頃だったな……

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