ヤンデレだらけのクリスマス後編
12月24日 自宅
俺は手持ちの金がなかったのでデート代を姉にせびった。姉は快く財布から10万円を差し出した。
「弟君、デートはいいけれど原宿や渋谷のまちなかはダメよ。危ない人がいっぱい...」
「分かってるよ姉さん。近づかないから...それに俺が竹下通りで甘ったるいクレープを食べるイメージが湧きますかね」
姉は「それもそうね」と微笑を浮かべ、財布をしまった。
--------------
上野公園
光輝とリカは山手線で上野駅につき、上野公園へと足を運んでいた。西洋風の建物が立ち並び、銀杏並木も丸裸となっていた。不忍池の桜も寂しく、ボートが1つ2つ浮かんでいるだけであった。上野の西郷さんも浴衣姿でとても寒そうだ。
ダッフルコートを着たリカは嬉しそうに光輝の腕に掴まって上野公園を闊歩していた。光輝は「渋谷でも良かったんだけどちょっとね」と謝るが、
「ううん。やっぱり上野なんだぁと思ってリカ楽しいよ」
「やっぱり?」
「あー、お兄さん上野っぽい顔をしているから」
光輝とリカは顔を見合わせて笑った。こういうたわいもない会話をして楽しむのがデートの醍醐味というものだろうと光輝は少し考えていた。上野動物園でパンダや象を見て、喫茶店でランチを摂ってから不忍池でボートを漕ぐというデートプランを組み立てていた。陳腐だが、問題ないだろう。そんなことを考えていると片耳から声が聞こえてきた。
「......お兄さん、お兄さんったら」
「あっどうしたの」
「もうお兄さんボーっとして。もしかして.....他の女の事...考えてないよね?」
アニメ声の可愛らしい声から一変し、低い底冷えするような声で聞いてきた。光輝は弁解する。
「まさか。これからリカちゃんをどうもてなそうか考えてたんだよ。そう!上野動物園に行こう。パンダでも見て、ね?」
「そうなの?じゃ~許してあげる。でも、今からリカだけ考えてて?」
リカは光輝の顔を覗き込んで頬をむくれさせた。リカの所作は一つ一つが小動物のようで見ていてとても癒される。リカに歯を見せ、アベックになり歩いていると、
「あ、先輩じゃないっすか」
光輝はとても嫌そうな表情を浮かべると「『面倒な奴にあった』みたいな顔するのはやめてくださいよ先輩」と声を掛けたのは、本多純子・黒髪ショートの黒ぶちメガネの地味女である。
「これがレンタル彼女さんっすか」
「だからレンタル彼女じゃないと...」
「保科先輩がレンタル彼女連れてデートするって」
「知恵伊豆の野郎余計なことを....」
「それにしても先輩.......っダサいっすね」
「上野公園で白衣姿になってるやつにだけは言われたくねぇよ」
本多は大学でも生物学科なのに白衣を着て歩いている変わり者だが、成績は強豪ぞろいの東京大学の中でも優秀な方に位置する。何故か知らないが本多は俺に懐いている。本多と漫才をしていると、裾を引っ張られる。
リカちゃんが鬼の形相でこちらを見ていた。俺は心臓を掴まれるような戦慄を覚えた。
「お兄さん....今リカのことだけ見ててって言ったのに。いうこと聞けないんだ....お仕置き、しないと(ボソッ)」
今一瞬怖ろしいことを言っていた気がするが、聞かなかったことにした。
「お兄さん、この女(ひと)誰ですか?」
「ああ、大学の後輩の本多だよ。変な奴だから関わらないようにしようリカちゃん」
「まぁ酷いっすね。先輩とデートしたこともある仲なのに」
「思い出の捏造やめろ」
「えー両生爬虫類館でデートしたじゃないですか。先輩がどうしても私と行きたいっていうから。」
「爬虫類館に行ったのは研究のためだろ。それにお前が勝手についてきたんだからな!」
本多はやれやれと肩を竦め、「先輩は照れ屋さんっすから」とため息をついた。リカは光輝に声を掛けた。
「お兄さん、その爬虫類のところ行こーよ」
「いや、リカこいつの言うことは気にしなくても...」
「行くの。ね?」
リカは「ね」を強調して組んでいる腕を強く締めた。
「じゃあ、もう行くからまた大学でな本多」
「はい。また」
本多は光輝と女が見えなくなるまで後ろ姿を見つめ、こういった。
「私は寛容なので一回の浮気くらいは大目に見るっすよ...」
--------------
上野動物園
上野動物園は日本で初めて出来た動物園であり、ジャイアントパンダの他に世界の珍獣や希少動物が飼育されている。券売場でチケットを購入すると、入ってすぐにパンダがお出迎えをしてくれる。俺は研究のため何度も足を運んでいるのでもはや見飽きて素通りするのだが、今日はリカちゃんとのデート。足を止め、アクリル板の向こうのパンダを覗き込む。
パンダはお尻を向け、座っていた。
「わぁパンダ~」
「リカちゃん、パンダの尻尾って何色だと思う?」
光輝はリカに問題を出すと、リカは顎に手をやり必死に考えていた。するとパンダが動き出し、尻尾が露わとなった。
「あ、白なんだ!」
「うん。パンダというのは耳と手足の部分しか黒い部分がないんだよ」
「お兄さんすご~い!物知り」
リカは手を叩いて喜ぶ。光輝はまんざらでもなさそうな笑みをこぼす。
その後、象や鳥類を見た後、動物園内にある両生爬虫類館にやってきた。俺はあまり乗り気ではなかった。本多の奴余計なことを言ったものでリカちゃんは何が何でも行くといって聞かなかった。
「リカちゃん、無理はしなくていいよ」
「入るの!」
光輝たちは爬虫類館の中に入っていった。入り口のすぐそばにはオオサンショウウオがご挨拶をしていた。リカちゃん、「気持ち悪い」とかいうのかな..気持ち悪いというのは爬虫類ファンにとって一番心にくる言葉だ。爬虫類が嫌いな人を連れていくのは趣味ではない。
リカはオオサンショウウオをじっくりを見た後、口を開いた。
「目がとってもかわいいね!」
光輝は「そうだろう!いや良かったよ。」と安堵した様子で話していた。その後もワニやトカゲ、カメレオンなどを見て回った。光輝はまるで飼育員のようにリカに説明をして、リカはそれに「へぇ」「すごいね!」とお世辞でない相槌を打っていた。
--------------
喫茶店にて
「楽しかったねお兄さん♪」
「うん喜んでくれたなら嬉しいよ」
上野動物園を出て、光輝は上野駅のガード下にあるオムライスの美味しい喫茶店にリカを連れてきた。73点の女ではなくリカであればもっと高いお店を予約してもよかったと後悔したが、食べたいものはあるかと聞くとリカちゃんが
「お兄さんがよく行ってるお店に行ってみたいな~」
と返したのでいつも動物園の帰りによるこの喫茶店にした。レンタル彼女というのはいい店に行かないと文句を言うものだと思っていたが、とてもいい子だ。
「お兄さんはこのお店よく来るの?」
「うん。月に3日くらいは」
「そうなんだ~......チェックリストに入れておかなくちゃ(ボソッ)」
「ん?何か言ったかい?」
「な、なんでもないよ~それより何にしようかな~」
リカは額に冷や汗をかきながらメニューに目を通していた。
向こうから店員さんが水を持ってきた。
「いらっしゃいませーって先生!?」
店員は俺が家庭教師をしている教え子の内藤だった。女子高生でいつも俺のことをからかってくる嫌な生徒である。長い髪を後ろに留め、制服帽を被っていた。内藤は驚きの顔から再び作り笑いに変えて、
「先生、彼女いたんだ。へぇ童貞っぽいからいないと思ってた」
「どいつもこいつも俺を何だと思ってるんだ」
「お兄さん、この女(ひと)誰?」「家庭教師のバイト先の教え子」
「こんにちは。彼女さん、内藤由佳ですっ」
「リカでーす♪お兄さんの彼女です」
二人はニコニコと目を合わせていた。
「リカさん気を付けた方がいいですよ。先生、たまに私の胸をチラチラ見ますから。」
「見てねえわ」
「お兄さん?」
「リカ、本当に違うから!」
「それで注文はどうしますか?」
内藤は手にペンを持ち、伝票の準備をしていた。
「じゃあ、ブレンドコーヒーとオムライスで。リカは?」
「カフェオレとオムライスでお願いします♪」
内藤はかしこまりました。といってキッチンへと消えていった。その後、リカは光輝にあーんとオムライスを差し出して食べさせていた。由佳は接客をしながらその様子を忌々しく見ていた。
「何....あの淫売。先生は私のモノなのに」
--------------
渋谷駅
気が付けば夕方になっていた。午後はボートを漕いだり、美術館で映画のポスターの企画展があったのでそれを鑑賞して時間を過ごしていた。6時間、一日の4分の1であるがこの短い時間の間本当の彼女のように感じてしまっていた。
しかし、約束の5時となりその幻想は音を立てて崩れてゆく。お金を支払うという行為は俺を現実へと覚醒させていく。
「今日はとても楽しかったよ。これ、多いけど帰りのタクシー代にでも使ってよ」
光輝は財布から5万円を出した。本来は4万円程度だが、気持ちいいデートが出来たお礼だ。しかし、リカはお金を突き返した。
「ダメだよ?またそのお金でリカを指名して欲しいな~それとも...今ここで持ち帰りする?」
リカは上目遣いでコートをひらひらさせる。リカの唇が潤み、ラメの入ったピンクの口紅が艶めかしかった。光輝は生唾を飲んだが、首をぶんぶんと振り、
「それはできないよ。他の人に申し訳ないし。それじゃ、ありがとうね」
光輝は5万円をリカに握らせて改札へと走っていった。リカは「またね。お兄さん」と叫び、光輝は振り向かず手をあげて返事をした。
改札口には姉とサヨちゃんが立っていた。
「あれ、姉さんサヨちゃんどうしたの仲良く二人で」
「え、えーと。お姉ちゃんの彼氏急に具合が悪くなっちゃって」
「う、うん。私も彼氏が急に用事ができたって...」
二人はバツが悪そうに頬を掻いていた。
「今日は二人とも遅くなると思ってたから一人でクリスマスになるかと..」
「「そんなことするわけないよ(じゃない)!」」
「そ、そう....」
俺はてっきり聖夜を彼氏と過ごすと思い込んでいたが、夕方で解散するつもりだったのか。なんともプラトニックな姉妹だ。貞操観念が高すぎるのも考え物だな。
「じゃあ、どうする。どこか食べに行く?まだ姉さんに貰った小遣いはたんまりあるし」
光輝は財布を取り出してポンッと叩いた。しかし、二人は家でクリスマスパーティーをしたいと言い出したのでまっすぐ家に帰り、毎年同様ケンタッキーとケーキを買い、そしてワインやお酒を腹に詰め込んだ。俺はだいぶ酔いが回り、もう寝るよと二人に伝えた。
--------------
自室
間もなく性の6時間という奴か。知恵伊豆達は今頃ホテルで男女のまぐわいを始めようとしているのだろう。いたずらに今から電話でもしてやろうか。情事の途中に電話がかかってくるときっと知恵伊豆は間抜けな顔をするだろうな。光輝は電話帳から知恵伊豆の番号を出し、通話ボタンを押そうとしたが、やめた。
俺はふと今日出会った大久保理香のことを思い出した。
『それとも...今ここで持ち帰りする?』
あの時OKしてれば俺も....なんて馬鹿なのだろう。あの時見栄を張らずにお持ち帰りをすれば俺の恋路ももっと明るかったのではないだろうか。
俺はスマホを投げ、ベッドに横たわる。
「あー、俺も女の体を知りてぇよ....」
そんな声が自室に虚しく響く。
「「「「「「(いいよ。教えてあげるね)」」」」」」
聖夜は始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます