くくり

「もしもし、え?今日は帰らない!?何よそれ!そういうことは早くいってよね!もう...夕食頑張って作ったのに...ってなんでもないわよっ!山城さんに迷惑かけちゃだめだからね。」

 

宏人がここ数週間頑張っていたので、飲んだ後でも食べられるような酔い覚ましの料理を作ったのに...でも、山城さんが飲み会に行くなんて...しかも朝まで飲み明かすと宏人は言っていたような気がする。麻知ちゃんがそんなことを許すわけないと思うんだけどな..もしかして会社の女の人と!?いや、そんなことゼッタイないし..宏人はあんなだけどそういうことはしない人だって知っている。でも、あの山城さんと一緒に朝まで飲み明かすことの方がよっぽど想像できない。

 そうだ!麻知ちゃんに電話してみよう!もし本当なら山城さんには申し訳ないけど....仕方ないよね!よし、麻知ちゃんに電話してみよう。

透が電話をかけるが、なかなか繋がらない。

あれ?出ない...麻知ちゃんいつもはどんなに忙しくても出てくれるのに。おかしいな...

 透は麻知のことが心配になったのと、もし山城がいなければ寂しがっていると思い一緒にいてあげようと山城宅に向かった。しかし、来てみれば明かりのひとつもないのでやはり野口の言ったことは嘘だったのではないかと透は焦りを感じた。

 

「と、とりあえず訪ねてみようかな...」

 

ピンポーン

 

ガチャ..

 

「あなた!おか....透ちゃん..」


扉が開くと麻知が笑顔で迎えるが、透だと分かると一気に元気がなくなっていくのがわかった。

 

「麻知ちゃん。ごめんね夜分遅くに。聞きたいことがあって来たんだけどその感じだとやっぱり帰ってきてないんだね。」

 

「...やっぱり滉一は私のことが嫌いになって出ていったんだ...」

 

「何言ってるの麻知ちゃん!?とりあえず、ここで話すのもあれだし上がらせてもらっていいかな?」

 

麻知ちゃんは歩くのもままならなかった。私が介抱してなんとかリビングに上がらせてもらった。山城さんが朝まで帰らないといい、麻知ちゃんがいつもの麻知ちゃんじゃないことといい、何かありそうだ。

 

「あのさ、麻知ちゃん。答えたくないならいいんだけどさ....旦那さんと何かあったの?」

 

「..今日の朝....見ちゃったの」

 

「何を見たの?」

 

「あの女...滉一の前に付き合っていた女の手紙...滉一大事そうにお菓子の缶箱に入れてて...今日私がそれを見たのを知ったらすごい剣幕で...出て行っちゃって..」

 

「ごめんね。辛いこと聞いちゃって...」

 

麻知ちゃんは泣いていた。それもそうだろう。山城さんは普段から温和な人だし怒るなんて本当に珍しいことだ。しかし、麻知ちゃんの気持ちはどうだろうか。麻知ちゃんよりその女の人が大事だと取られてもおかしくない。怒るのはあんまりではないだろうか。麻知ちゃんは見るからに今回の件で憔悴しきっている。

 

「麻知ちゃん!...私たちも呑もっ」

 

************

 

「なるほどな」

 

山城は野口に今朝のことをすべて話した。そして、今になって湧き上がる後悔とどうすればよいかという先行き不透明な気持ちを打ち明けた。

 

「山城も今でいう...あれだ!ツンデレだな。好きなら奥さんみたいに素直に好きっていえばいいじゃないか。そうすれば今回みたいにならなかったんじゃないか?」

 

「麻知が素直?そんなはず..」

 

「山城」

 

山城の言葉を遮るように野口が口を開いた。

 

「いつも冷めた夫婦だといっているが、それは大きな勘違いだぞ。」

 

「え?」

 

「女性の方から引いていくということはないよ。俺もそうだ。こう、年がたつと好きなんだけど大人にならないとと離れてしまうんだよ。透がいろいろ努力しているのも分かっている...今日も何か用意してくれていたんだろうが...でも昔のようにするのが気恥ずかしいというか...あれなんだよな..山城のやったことは決して正しくないが、でもわかるよ。焦ったり罪悪感をもつのも」

 

「...なぁ野口」

 

「なんだ」

 

「俺、麻知に何かしてあげられているだろうか。麻知を本当に幸せにできているんだろうか..」

 

「..奥さんの幸せは山城がいるだけ..それだけだと思うぞ。」

 

「...そうか。」

 

「始発で一回帰りたいが、山城はどうする?」

 

「一緒に行こう」

 

***********

 

「ったく、こっちが珍しく頑張ったのに宏人のバカ...ってごめんね。なんか私ばっかり話してて。麻知ちゃんも何か旦那さんのこと言いなよ。好きだって言っても愚痴くらいあるでしょ?」

 

透たちはというと、ビールやつまむものなどをテーブルに並べ昼間に会う時よりも少し毒のあることを話していた。正確には透だけが一方的に話している状態である。麻知は座ったまま黙りこくっている。

 

「麻知ちゃんも飲みなよ。どうせ今日は帰ってこないんだしさ。明日になれば帰ってくるよ」

 

「...っ」

 

手をゆらゆらとなびかせながら透が促すと、麻知は手で机を叩き立ち上がった

 

「いい加減にしてよ!そんな呑気にいられるわけないじゃん!だってあんな滉一はじめて見た...それにあんなもの見ちゃったら私...私どうしたらいいかわからないよ!滉一のこと信じてるけど...それでもやっぱりどこか信じられない気持ちがあって...もう帰ってこないんじゃ...って...」

 

麻知は泣き崩れ床へ座り込んだ。透は一瞬驚いたが、麻知が泣き崩れると歩みより麻知の近くへ寄った。

 

「私も同じだよ。今日来たのってね、麻知ちゃんのことが心配だったのもそうなんだけど..宏人...主人が今日は山城さんと朝まで飲み明かすっていうからなんかそれが信じられなくて確かめたくて来たの。この気持ちって麻知ちゃんほどではないけど同じだと思うんだ..やっぱり女の子はいくつになっても一度好きになった人は一生愛しているし、嫉妬しちゃう。だからね、麻知ちゃんは間違ってないよ。麻知ちゃんはもっとわがままになっていいと思うよ。献身的で私の憧れでもある麻知ちゃんにはこんなことで悩んでもらいたくないんだ。だからさ..今日は全部忘れてさ、旦那さんのこと聞かせてよ」

 

透はそういい笑いかけると、麻知は顔を上げ一度だけこく、とうなずいた。

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